第7話 代償
次の日の放課後。
いつもなら生徒会の集まりに飛んでくるはずの和泉が、今日に限っていつまで待ってもやって来なかった。
初めは何か用事が出来たのかと思った。
普段から真面目な和泉は生徒会の役員という肩書もあり、先生方からの受けがいい。
素直でいい子なぶん先生方もいろいろと頼みやすいのか、和泉は普段からよくいろいろな事を頼まれていた。
真面目な和泉が先生からの頼みを断れるとも思えないし、ましてサボりだなんて事は絶対にあり得ないと言い切れる。
だからきっと今日もそうなのだろう。待っていればそのうち慌ててやってきて、いつもの笑顔を私に向けてくれる。そう思っていた。
けれど、結局その日は最後まで和泉が来ることはなかった。
いつも慕って付いて来てくれ、自主的にいろいろと手伝いもしてくれる和泉がいない生徒会はなんとも寂しくて、それ以上に物足りなさを感じた。
和泉がいないだけで、普段普通にしていた事すら何故か億劫に感じる。
『凄いですね湊先輩!』
『僕もお手伝いします先輩!』
いつもなら頑張ったらすぐに和泉が褒めてくれたし、私が大変そうなら進んで手伝ってくれていた。
それが今日はない。和泉の言葉がないだけで、私はいっきにダメ人間になった気分だった。
和泉のいない生徒会は大きな喪失感を私に与えてきて、それだけ和泉が私にとってなくてはならない存在なのだと実感するのに充分な威力があった。
生徒会が終わったあと、和泉のことが気になった私は、帰り際に職員室に寄って関係のある先生に和泉のことを聞いてみることにした。
「え、体調不良ですか?」
「そうなんだよ。今日会議だったか、生徒会に伝えてなくてすまんな」
「いえ、そういうことなら、失礼します」
どうやら和泉は、今日は学校を休んでいたようだ。
それなら会議に来れないのも納得だった。
自惚れかもしれないけれど、あの和泉が、私のいる生徒会をサボるとは思えない。
けれどはっきりとした理由を聞くまではやっぱり不安で、体調が悪い和泉には悪いけれど私はホッとしていた。
もし不真面目なやからにそそのかされて、良くない遊びに誘われていたら……なんて、そんな事を少しだけ考えてしまっていたからだ。
そんな私の不安は当然のように杞憂だったけれど、サボりでなく安心のような、体調は心配のような、なんとも言えない気持ちになった。
先生の話によるとそんなに酷いわけではないらしい。
それならすぐ元気になって戻ってきてくれるだろう。
それでもやっぱり体調は心配で、電話でもいいから和泉に直接具合を聞きたくなった。
職員室から出てすぐにスマホを取り出す。
すぐに電話をかけようとして、私はなんとか思いとどまった。
和泉がもし寝ていたら起こしてしまうかもしれないと思ったからだ。
スマホを見つめたまま考えに考えて、結局は電話は止めておくことにした。
『お大事にね』
本当は声が聞きたかったけれど、和泉の事を考えて短めのメッセージを送るだけにとどめた。
メッセージの返事は来なかった。普段ならすぐに返って来るから、やっぱり和泉は寝ているのだろう。私は我慢した自分を褒めてあげようと思った。
今日は和泉がいないだけで、あるべきものがない物足りなさを感じて落ち着かなかったけれど、和泉の体調が回復するまでの辛抱だ。
すぐにいつも通り和泉のいる日常が戻って来る。
その時の私は、そう楽観的に考えていた……。
「え!? 和泉が生徒会を辞める!? なんでですか!?」
翌日。私は職員室で思わず大声を出してしまった。
でも、それも仕方ない、目の前の先生が意味の分からないことを言うせいだ。
「お、落ち着きなさい羽月。声が大きいよ」
「私は落ち着いています。それより、さっきの話はどういう事なんですか」
「いや、今朝本人から話があってな、体調面も考慮してこれ以上は、と」
「昨日休んだことと何か関係があるんですか?」
「あぁ、最近体調が良くないそうだ。無理もさせられないし、後任を探すことになったんだが……」
その辺りからもう私は先生の話しを聞いていなかった。
踵を返し職員室を後にする。後ろで先生がなにか言っているのが聞こえたけれど無視した。
これ以上あの先生と話していても無意味だと思ったから。
なんで和泉の後任を探しているんだろう。
和泉の代わりなんていないのに……。
私はそのままの足で和泉の教室に向かった。
「和泉! いる!?」
勢いよく教室に入り呼びかける。
教室にいた後輩たちから驚きの視線を向けられても気にしない。注目されるのはこれでも慣れているから。
教室を見渡せば、目当ての人物はすぐに見つかった。
和泉は普通に教室にいて、見つけた時はいつもと変わらないように見えた。
それなのに、私と目が合った和泉は――
――何故か怯えたような表情になった。
意味が分からなかった。
今までだったら私を見つけると太陽のように明るい笑顔で和泉の方から寄ってきたのに、今の和泉は怯えたように身体を震わせてまったく動こうとしない。
なんで?
どうして?
考えても分かる訳もなく、私は自ら和泉の元に詰め寄った。
「和泉! 先生から聞いたよ、生徒会辞めるってどういうこと?」
「あ、それは、その……」
「冗談だよね? あの先生は本気にしてたから早く嘘だって伝えないと」
「え? いや、冗談じゃ……」
「あいつもう和泉の後任探してるから急がないと、ほら一緒に行ってやめさせよ」
「あ、せ、先輩!?」
私は一行に立ち上がらない和泉にしびれを切らして、和泉の腕を掴んで強引にでも連れて行こうとした、
ところで、急に誰かに腕を払われた。
「は?」
「失礼ですけど先輩、和泉が怖がってるんで止めてください」
そう言って私の手を払い、和泉と私の間に割って入ってきたのは派手な外見の女生徒だった。
私とは違う。姫野のようなタイプの女だ。
校則を守ろうとせず、男に可愛く見られたいからと、オシャレをして髪もそめて、まさに私の嫌いなタイプだ。
どうせただの目立ちたがりなのだろう。関係ないくせに私と和泉の邪魔はしないでほしかった。
「私は生徒会長の羽月。知ってるよね? あなたの名前は?」
「梓沢です」
「そう、梓沢さん。私は今生徒会関係の話で和泉に用があるの、関係のないあなたは邪魔しないでくれる?」
「関係ありますよ」
「は? 何言ってるの? 貴女は生徒会の役員じゃないでしょ」
「そうですよ。けど私は和泉の友達なんで、和泉が嫌がってることは止めます。それに、和泉はもう生徒会を辞めることになってますよ。知らないですか?」
「それは何かの間違いなの。今からそれを正しに行くから邪魔をしないでと言っているの、わかる? それに和泉が嫌がってるわけないでしょ」
「……会長は和泉のことちゃんと見てないんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、私は自分でも頭に血が上る感覚がわかった。
「ふざけた事言わないで、私たちは中学からずっと一緒なのよ。和泉のことは私が誰より知ってるの。何も関係ないくせに出しゃばらないで!」
「今の和泉を見てもそんなこと本気で言えますか?」
それまで私から和泉を隠すように立っていた梓沢が身体をずらした。
陰に隠されていた和泉と目が合う。
「え、和泉?」
あれほど私を慕っていた和泉の目には、明らかな怯えと、拒絶の色が浮かんでいた。
その瞳を見た時、私の中で何かが壊れたような、そんな感覚がした。
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