「もっと大切にすればよかったのに」

小清水和泉編

第1話 昔の夢


 何かの音が聞こえて、ぼんやりとしていた意識が覚醒していく。


 顔のすぐ近くでけたたましい音を出しているものが何かはすぐに分かった。


 鳴り響くアラームを止めるためにスマホに手を伸ばす。


 音を止めて、うっすらと目を開けると、窓からは爽やかな朝の陽ざしが差し込んできていた。


 いい天気だ。だけど、起きたばかりの僕の気分は悪い夢のせいで最悪だった。


 全身の寝汗が酷く身体がダルい、コンディションはすこぶる悪く、目覚めはどう強がってもいいとは言えなかった。


 こんなにも目覚めが悪いのは、当然悪夢のせいで、それは僕のトラウマの出来事だから当然の事だった。


 今日の夢、あれは、小さい頃にあった出来事。


 小学生に入りたての頃だったと思う。


 怪我をして泣いていた女の子がいた。たまたまそこに通りかかった僕は、一人で泣いていた彼女の手当をして、お話をして慰めた。


 努力の甲斐あって泣いていた女の子も笑ってくれて、僕にはそれがとても嬉しかった。


 それから、その女の子とは仲良くなって、一緒に遊ぶことも多くなり、お互いの家に行ったりするくらいに親密になれた。


 だけど、男女で仲良くしていた僕たちは、そのことで当時のクラスの中心的なグループの人達からに揶揄われることになってしまった。


『うわぁ~お前ら付き合ってんの? いつも二人でいるよな?』

『お似合いだなぁ! ひゅーひゅー!』

『キスしてみろよ! はいキース! キース!』


 今考えたら仕方ないことだとは思う。あの年頃だったらよくあることだ。


 けれど、その時の僕たちには到底耐えられる事ではなかった。少し一緒にいるだけで、周りは意味もなくはやし立ててくる。


 小学生の僕はそんな状況に耐えられず、すぐに止めてもらうように言おうと思った。けれど……



『はぁ~!? そんなわけないでしょ! なんで私がこんなのと付き合わなきゃいけないのよ! やめてよね!』



 女の子はすぐに僕を拒絶して離れて行った。


 今考えれば確かにその方が早い。もし僕が反発していたら、揶揄ってきていた人達はもっと盛り上がっていたことだろう。


 つまり彼女は賢い選択をした。したとは思うけど、当時の僕はとても悲しかった。


 せっかく仲良くなれた友達を失くしてしまったのだから……。



 正確に全てを覚えているわけじゃないけどそんな感じだ。


 今でもたまに夢で見るくらいには、結構なトラウマになっているんだと思う。


 あれ以来、目立っていて騒がしいというか、活発というか、そういう人たちを見ると、揶揄われたことを思い出してしまうから苦手になってしまった。


 重い身体を引きずってシャワーを浴びに行く。


 無心で熱いシャワーを浴びているうちに、重苦しく感じていた身体のダルさも少しずつ取れてきた。


 もう昔のことなんだ。今でも気にしているのは事実なんだけど、それでもあの人に出会ってからは、あまり気にしなくていいんだと思えるようになった。


 僕の憧れの人。羽月湊はづきみなと先輩。うちの学校の生徒会長だ。


 湊先輩とは中学に入ってから出会った。


 初めて見たのは生徒会としてキビキビと現場を指揮している姿だった。


 真面目そうで、とても誠実そうで、何よりも安心できそうなそんな人だった。


 先輩に憧れて僕は生徒会に入ることにした。実際に話してみると湊先輩は想像通りの人で、他人を揶揄うようなことは決してしない人だった。


 湊先輩は気さくで、優しく仕事を教えてくれ、とても仲良くしてくれた。


 そんな先輩と生徒会で一緒に働くうちに僕はどんどん湊先輩に憧れていった。この人と一緒にいれる日々が楽しくてしかたなかった。


 その頃にはもう、たくさんの人と普通に話もできるようになった。


 高校も湊先輩を追いかけて同じ学校にした。中学と同じく生徒会にも入った。


 湊先輩は中学の時から変わってはおらず、気さくだが、真面目で誠実な先輩のままだった。それがたまらなく嬉しかったことを今でも覚えている。


 湊先輩の事を考えていると、起きた時に感じていた気分の重さもすっかりと晴れていた。


 昔は学校が苦手だった時期もあった。けど、今は学校が楽しくて仕方ない。


 それがどうしてか中学の時は気が付かなかったけど、今の僕にはわかる。



 僕は、湊先輩の事が好きなんだ。



 だからこんなにも毎日が輝いていて楽しく、先輩と一緒に学校生活を送れることに喜びを感じている。


 そして僕には、今考えていることがあった。


 覚悟が決まったら、僕は先輩に告白するつもりだ。結果がどうなるか考えるのは怖いけれど、それでもこの気持ちに嘘はつけそうにない。


「よし!」


 すっかりと悪い夢のことを切り替えた僕は、今日も張り切って学校に向かう準備を始めた。

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