第7話
「真? どうしたの? さっきから元気ないけど」
部活後の帰り道。
隣で歩いていたなっちゃんに顔を覗き込まれる。
僕にとっては小さい頃から面倒を見てくれるお姉ちゃんのような存在で、それは今も変わらない。
もちろん見た目はあの頃から成長して変わり、大人っぽくなっているけれど、なっちゃんの根本的な部分は昔からまったく変わっていないような気がする。
変わってしまった栞と、変わらないなっちゃん。
二人は一体何が違ったのだろう。
「なっちゃんってさ、どうして僕の面倒を見てくれるの?」
「なによ急に」
質問に質問で返すと、なっちゃんは怪訝な顔をした。
「いや、僕って友達いないし、栞にすらその、お財布としか見られなくなってきてるかもしれないし、そんななのに、なっちゃんは昔から優しいから、どうしてかなぁって、ふと思って」
「…………それは、真は、私にとって」
そこまで言って、なっちゃんは歩みを止めた。
少し進んだ所で僕も足を止めて振り返る。
夕日に照らされているせいか、なっちゃんの頬が赤く染まっているように見えた。
「……弟みたいなものだからよ」
「お、弟、なの?」
なんとも面倒見のいいなっちゃんらしいと思える答えだった。
幼馴染のお姉ちゃんから本当の家族のように思ってもらえていたなんて、そんな事を聞いてしまうとなんだか嬉しくなってくる。
「年下で家も近かったもんね。それでかぁ」
「それだけじゃないわよ。覚えてる? 昔私の家族が大変だった頃の事」
「……うん。あの頃はあまり理解してなかったけど、覚えてるよ」
僕となっちゃんが出会った時の事だ。
あれは小学生の頃の事。
初めて会った時、なっちゃんは近所の公園で泣いていた。
今じゃそんな姿は想像も出来ないけれど、あの時は本当に悲しそうにしていて、僕は思わず声をかけた。それが僕となっちゃんの出会い。
『どうしたの? 僕のハンカチ使って』
『……家に帰りたくない』
よっぽどまいっていたのだろう。なっちゃんは泣きながら家に帰りたくない理由を僕に話し始めた。
端的にまとめれば、両親が喧嘩しているから、というのがなっちゃんが聞かせてくれた理由だった。
幼かったあの頃の僕はなっちゃんの話しを聞いて、単にお父さんとお母さんが家で喧嘩をしていて気まずいからだと解釈していた。
今考えればそれはただの喧嘩なわけがなく、事態はもっと深刻だったのだけれど……。
「あの頃が今までの人生で最悪な時だったな。家にいたくないから夜遅くまで公園にいたもん。毎日ね。それで、ある日真が来て、それから一緒にいてくれるようになった」
なっちゃんの話を聞いて、僕は放っておけなかった。
どうしてかと言われたら、親の関係で苦しい想いをしていた栞の事を知っていたからだ。
なっちゃんも栞と同じように苦しんでいるのだと思った。だから少しでも何かしてあげたくて、それから毎日なっちゃんのいる公園に足を運んでは、一緒に遊ぼうと誘ったのだ。
「夜遅くまで二人で遊んでさぁ楽しかったよね。初めはさ、冗談じゃなく、助けに来てくれた王子様かと思ったんだよ。でも実際の真はどんくさくて、見てるうちになんだか私が面倒を見てあげなきゃいけないと思ったわけ」
「うッ……まぁ昔も今も頼りないのは事実ですけどね」
「ふふ、ごめんって……まぁ真と出会ったおかげで、今の自分があるから、本当に感謝してるんだよ。だから、頼りない真の事はこれからもずっと私が面倒を見てあげます」
「あはは、はは、嬉しいような、悲しいような」
僕の行動がどれくらいなっちゃんの助けになれたのかは分からない。
栞の事も紹介したりして、少しずつ元気になってくれたなっちゃんは、今ではこうして昔の事を乗り越えている。
なっちゃんが元気になった事は純粋に嬉しいし、幼い頃の行動のおかげで今でも気にかけてくれているのなら、僕も少しは役に立てたのかもしれないと思えた。
これからも僕の面倒を見ると宣言したなっちゃんは優しい微笑みを向けてくれていたけれど、急に何かを思いついたような顔になり、とある事を提案してきた。
「ねぇ真、明日二人で遊びに行かない?」
「明日? 随分急だね」
今日は金曜日。明日は学校がないけれど、なっちゃんからこんな風に誘われるのは初めてだった。
「もちろん何も予定がなければだけど」
「予定は、全然ないから余裕だよ」
友達がいない僕に予定なんてあるわけもなく、自虐的な思考に少し悲しくなる。
けれどそれでなっちゃんと遊べるのなら、予定がないのも悪くないと思えた。
「じゃあ明日はデートだから、楽しみにしてなさい」
「えぇえ? で、デートなの?」
「何よ? 私とじゃ嫌なわけ?」
「いや、全然そんなじゃないけど、でもデートって」
「安心しなさい。真がデートなんてした事ないの知ってるから、明日の事は全部私に任せない。朝から迎えに行ってあげるわよ」
「た、頼もしいです」
「ふふ、ホント、真は私がいないとダメなんだから」
「あはは、手厳しいね」
情けない自分を笑いながら僕はなっちゃんを見て驚いた。
きっと一緒になって笑っていると思っていたのに、なっちゃんは真剣な眼差しをこちらに向けていたからだ。
「でも、真はそれでいいの。そのままの真でいいの……私がずっと、面倒見てあげるから」
心臓が大きくはねた。
その反動でハッとする。気が付くと僕たちは近所の見慣れた道にいた。
僕たちの家への分かれ道。
なっちゃんは手を振って自分の家の方に歩いて行く。
最後に言われた言葉がなんとなく頭に残ったまま、僕はなっちゃんの背中が見えなくなるまでその場で見送った。
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