第3話


 あの日以来、美央と岩田は毎日一緒にお昼休みを過ごしていた。


 僕の誘いを断る時、美央は今日はと言っていたけれど、それから毎日になるなんて話が違う。しかも二人が一緒にいるようになったのは昼休みだけに留まらなかった。


 他の休み時間も当然のように仲良くしている美央と岩田。二人だけの空気を醸し出していて、間に入れない。


 それなりにあった僕と美央の時間は、一気にゼロになっていた。


 高校生になってからは、僕だって美央と一緒に登校や下校をする事なんてあまりなくなっていたというのに、最近の美央は岩田と一緒に下校までしている。


 学校で見る二人の姿も、前より親密な感じに見えるのは僕の気のせいにしたいのに、クラスメイトたちも二人の関係を噂していて、気のせいだという事にも出来ない。


 美央から恋愛対象として見られなくても、一番近い所にいるのは自分だと、それだけは自信を持っていられたのに、今ではそんな自信も砕け散った。


 僕は今までの立ち位置ですら守る事は出来なかった。


 当然なのかもしれない。自分が恋愛対象として見られていないと知った時、あの時諦めてしまった時点で、こうなる事は決まっていたような気がしてくる。


 自分がもう、美央にとって特別な存在ではなくなってきていると実感すると、さらに焦りのような気持ちが湧き上がってきた。


 もう遅すぎるというのに、止めて置けばいいのに、僕は居ても立っても居られなくなって、美央と岩田が帰る後を付いて行くことにした。


 自分でも何でそんな行動に出たのかは正直分からない。


 焦燥感とやるせなさに突き動かされた結果、偶然目に入った二人の後ろ姿に付いて行っただけ……。


 よくない事だって分かってるし、碌な目に遭わなそうな事も何となく予想出来ているのに、それでも僕は二人の後を付いて行った。


 たぶん、少しでも希望に縋りつきたかったのだと思う。


 そんな事あるはずがないのに、和気あいあいと歩いている二人が、何事もなくさようならと別れて帰る。そういう姿を見て安心したかったのかもしれない。


 ただ、現実というのは必ずしも望んだとおりになってはくれない。


 何故か帰り道とはまったく違う方向に、岩田を連れて歩いて行く美央。


 もう止めて置けばいいのに、僕も付いて行くのを止められない。


 学校から充分離れた所にある大き目の公園までやってきた二人は、そこでどちらからともなく手を繋ぎ合った。


 指をしっかりと絡ませ合う。特別な繋ぎ方。


 それを見た段階で、もう答えは出たようなものだった。


 お互いの手を握りしめた二人は公園に入って行く。僕は……それでも付いて行った。自分でも、どれだけ未練がましいのかと思うけれど、それでも二人の関係を否定する何かを見つけたくて、そして僕は、見た。



 木陰にあるベンチに座る二人。


 岩田を見る美央の表情は恍惚としていて、僕は一度もそんな表情で見られた事なんてないと思った。


 岩田に寄りかかるように身を寄せている美央。


 二人の間に漂う空気が、僕にとってはよくない色を帯び始める。


 見つめ合う二人の顔がだんだんと近づいてくところで、やっと目を背ける事ができた……なんて事はなく、僕は最後まで二人から目を離す事が出来なかった。


 僕がその場を離れる事ができたのは数分後、何度目かの二人の接触が終わった後。


 静かにその場を離れる。きっとまだ二人の行為は続いているのだろう。


 俯きながら歩く、家に帰るまでの間、いや帰ってからも、口から糸を引いて目を潤ませている美央の表情が頭から離れなかった。



 その日の夜の事。美央からかかってきた電話で、僕は二人が付き合い始めた事を直接聞かされた。


『正樹ってね、あんなに背が高くてカッコいいのに、なんか抜けててほっとけないんだ』


当然ながらもう名前で呼び合う仲らしい。付き合う事になったのだから当たり前なのだけど、そんな些細な言葉にも引っかかりを覚えてしまう。


『なんか私が付いててあげなきゃいけないっていう気がしてさ、ほら、私って昔からそういう性格だったでしょ?』


もちろん知ってる。昔同じような事を僕に言ってくれてたから。


『まだ出会って三か月くらいしか経ってないけど、こんなに相性いい人なんて初めて会ったよね、初めて運命って感じしたわ~』


まだ出会って数か月の岩田と、もう十年以上一緒に過ごして来た僕。いったい何が違ったんだろうか。


 岩田はどこか抜けていて、ほっとけなくて、面倒を見てあげたくなるらしい。


 僕も昔、美央から面倒を見てあげると言われた事がある。


 本当に、なんで僕じゃなかったんだろう……。


 僕と岩田、内面的には同じような印象を持たれていたのに、違いが出るとしたら、後はもう外見的なものなのかもしれない。


 見た目じゃ僕には勝ち目なんてない。身長だって圧倒的に負けている。根本的にどうしようもない差があって、僕は単に美央の要求する基準を満たせていなかったのかもしれない。


 一緒に過ごして来た日々の重みなんてまるでないかのように、美央はまだ知り合って数か月のろくに知りもしない岩田を好きになった。


『これから正樹と一緒に過ごしてさ、いろんな所を知っていきたいんだ。こんなに毎日が楽しみなの初めてで、すごいわくわくしてるの』


 僕の事は沢山知っているはずなのに、貴方には良いところなんて一つもありませんと言われているような気分になった。


『急にごめんね、惚気話なんて他に聞いてくれそうな人思い浮かばなくてさ』

「……これくらい、聞いてくれる人はいっぱいいたんじゃないの?」

『そんな事ないって、女の子にこんな話をしたらどうなるか……よくて学校中に広まるか、悪ければ嫌味な女だって悪い噂流されちゃうよ』

「女子ってそんなに殺伐としてるんだね」

『まぁ、人にもよるけどね。女なんて内心何を考えてるか分からないし、その点幸斗なら安心安全ってね! 持つべきものはやっぱり幼馴染だよねぇ』

「……まるで都合のいい……だね」

『え? なんて言ったの? 聞こえなかった』

「役に立てたならよかったよ、って言ったの!」

『おぉ、ホントありがと~! これからもちょくちょく話聞いてよ、私付き合ったりするの初めてだからさ、頼りにしてるからね!』


僕の返事を聞いて、美央は上機嫌で電話を切った。


 無機質な音がしたままのスマホが手の中から滑り落ちていく、僕は全身から力が抜けるような気がしてベットに倒れ込んだ。

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