第6話 再来! 巨人おじさん二匹①
助けてもらったのですから、ロゼ君にお礼を言わなければ。うぅ、気まずい……どのように切り出したらいいでしょう、無難にお礼の言葉だけで、いいでしょうか。ロゼ君、怒ってますかね、先ほどから無言で先を歩いているんです。小柄な背中を眺めるだけでは、何をお考えかわかりません。
「さっき逃げるように、言いませんデシタカ?」
もたもたしてたら、ロゼ君のほうから振り向きました。ラズ君そっくりのお顔立ちに、ブロンドの髪の結い方まで、ぜんぶ一緒。振り向かれた際、ラズ君に発見されたときみたいにドキリとしたのは内緒です。
「あ、あの、すみません! 逃げようと思ったんですが、扉が閉まっていて、開けられなかったんです」
「扉?」
「ミミックの姿では、ドアノブまで手が届かなくて。扉を引き開ける力も、無くて……」
我ながらなんと弱々しい言い訳なんでしょう。本当に私って赤ちゃんなんだって思い知らされました。
ロゼ君は「あ」と紫色の目を丸くして、その後、視線を右往左往。
「アー、エー……ラズに襲われていたようデスカ、お顔に傷一つ付いてイマセンネ。さすがはミミック、赤ちゃんでも頑丈デス!」
え、お世辞? 気まずくなったからって、ごまかすような笑顔で、お世辞を?
非を認めないのは、子供っぽいですよー。あ、子供なのか。
「それにしても、どうして聖女に擬態しているのデスカ? 彼女は没後三百年は経過シテイマス。ラズが気づくのも時間の問題デスヨ」
「擬態するつもりなんて、無かったんです。気づいたら、こうなってて……でも、よく私がさっきのミミックだってわかりましたね」
「ハイ。この屋敷内で歩行可能な存在は、僕とラズしかいなかった、それなのに、亡くなった聖女そっくりの女性が、いきなり出現しましたカラ。世間知らずなミミックの赤ん坊が、慣れない擬態に挑んだのだと思いマシタ」
こうして話している間にも、廊下にずらりと飾られた絵画の中の男性に、目で追われています。どっちが作品か、わかりませんね。
「お名前ハ?」
名前を聞かれるとは思ってなくて、少し躊躇しました。
「私は……なんでしょう、なんと名乗れば……」
もう人じゃなくなってしまいましたし、日本で使っていた名前は、ミミックには似合わないでしょうか。考え込む私に、ロゼ君が不思議そうな顔で振り向いたまま、歩いています。
「生まれてから、どの程度経過シマシタカ?」
「あ……そのー、私はたぶん、昨日、生まれたんだと思います……」
ですよね、たぶん……。あー、鳥の雛のように、生まれてすぐ視界に入った動くモノを親だと思う習性がなくて、良かったですよ。あの悪党二人が親だなんて、前世よりひどいです。
「生まれて間もないのに、言葉が流暢ナンデスネ。抑揚も自然で、羨ましいデス」
「へ? あ、どうも」
「僕との会話にも、きちんと受け答えができてイマス。ゼロ歳ミミックには、思えマセン」
ロゼ君がくるりと体を半回転、後ろ歩きで私と向き合いました。大真面目な顔で私を観察しています。前世の記憶を持っているとはいえ、生まれたてミミックが擬態して歩いているのが、すごく珍しいんでしょうね。私もそう思います。
「あのー、ロゼ君、本当に私をお客人として、どこかに案内するんですか?」
「イイエ。今度こそ扉の外まで案内シマスカラ、どうか捕まらないよう、逃げてクダサイ。それと、くれぐれも僕たちがここにいることは、他言無用でお願いシマス」
扉のそばに駆け寄って、開けてくれたロゼ君は、私に向かって一礼しました。
「僕とラズは、誰にも捕まりたくないんデス、誰にも……」
そう小さく繰り返す声が、聞こえました。
誰にも知られないように、普通のふりをしながら、子供だけで必死に家事をして、ようやっと生活している……もしも、もしもですよ、彼らが大人と一緒に暮らせない理由があって、ずっとこの変なお屋敷に隠れて、二人だけで生きているのだとしたら。ご飯の材料にも困っている彼らが、このまま誰にも、助けてもらえなかったら……。
ですが、私は人間ではなくミミック。しかも赤ちゃんです。私が助けに入ったところで、ご飯を食べる口が増えるだけ。
私は一人、外に出ました。裸足で、誰かが描いたかのような土を踏みながら。胸には迷いが渦巻いていました。それでも別れは、笑顔でしたい派です。
「逃がしてくれて、ありがとうございます、ロゼ君。約束、守りますね」
「ハイ。ミミックさんもお元気で」
困った人を見守るような苦笑を残し、ロゼ君は、ぱたん、と扉を閉じました。ロゼ君とは、話が通じそうな雰囲気だったのが、私に変な名残惜しさを生み出したのでしょう。不安を分かち合ってくれそうな相手に、後ろ髪惹かれるのは自然なことです。
私はー、何をしているんでしょうね。とっとと移動すればいいんですよ、こんな所。だって私は、殺されかかったんですから。食べられかけたんですから。
だから彼らを助ける必要も理由も、ないはずなんですよ。
どうしてまだ、ここにいるのでしょうか。
赤ちゃんの私の擬態は、長くは保たず、もとの小さな体に戻ってしまいました。そして、勝手口に飾られた蹄鉄を眺めていました。
だんだんと、眠たくなってきました。まだ赤ちゃんだからでしょう、強烈な睡魔に、大きな口を開けて大あくび一つ。本格的に何もできなくなったんだなぁって感じで、自分自身に失望しながら、とぼとぼと歩いていきました。
歩いたって、行き場などありません。この森はどうにも、食用となる物を恵んではくれません。私は、どうなるのでしょうか。
あのぶっ飛び双子くんたちも、どうなってしまうんでしょう……。
餓死してしまうんでしょうか。私には、本当に関係のないことなんでしょうか。
ふと目覚めると、花畑の中でした。信じがたいことに、私はこんな所で意識を手放していたのです。全ては歩幅の小さな赤ちゃんミミックとして生まれたせい。生まれてから一睡もせず、必死に歩き続けた私はこんな所で気絶したのです。
「よーし、これだけ集めれば大丈夫だろ!」
この元気な声は、ラズ君です……。すぐそばにロゼ君もいるのが見えますね。ラズ君と全く同じ動きで、太い花束をぎっしりと掴んで立っています。
私はそれを、微動だにせず見上げていました。少しでも動くと気づかれます。彼らは、小さな足が土を踏みしめる些細な音にすら、気が付いてしまうんです。
「それにしても、ミミックも聖女様も逃げちゃってさー、がっかりだよ。あーあ~、肉、食べたかったなー」
「今まで通り、屋敷に侵入した人間が罠にかかるのを待ちマショウ」
「この森、兎とか鳥も寄りつかないしなー……そうするかぁ」
本当ですよ、この森に何も食べられる物がないのは、まいりました。
「ラズは、どうして聖女様を食べようとしたんデスカ?」
「だって聖女様はさー、奇跡を起こす人だったんだろー? だから、腹が減ってる俺達の前に来てくれたんだと思ったんだ」
「食べられるために、来てくれたと思ったんデスカ」
「うん、そう。でも硬かったし、逃げちゃったんなら、違ったんだな。いったい俺達にどんな奇跡をくれようとしたんだろう」
ラズ君は持っている花束に、顔半分をつっこみました。
「ごめんな、ロゼ」
「気にしないでクダサイ、ラズ。僕も聖女様を逃がしてしまいマシタ。僕のほうこそ、ごめんナサイデス」
聖女が、奇跡を与える存在……?
だから私を食べようと……共感は全くできませんが、襲ってきた理由は一応あったのですね。もし絵画の少女に擬態していなかったら、ラズ君の反応はまた違っていたのでしょう。
双子たちが屋敷のほうへ、遠ざかっていきます。お花を食べるほど飢えている子供たちが、遠くなっていきます。
……。
私も、もう行きませんと……ん? どこからかガサガサと草木を鳴らす何物かの気配が。
「くっそーあのミミックめ! 俺の結婚指輪どこやったんだ」
あれは!! 私を捕えようとしていた巨人二匹! うわ、お顔が痣だらけのでこぼこ、口の端なんか切れてますよ、なんで一緒にいられるんでしょうね……。
「もう帰ろうぜ~。どうせあの指輪だって、盗んだもんだろ~」
「そうだけど、母ちゃんとお揃いになるように盗ってきたもんなんだよ!」
うわぁ、盗んだ物で永遠の愛を誓ったんですか……。しかしながら、こんな奥地まで探しに来るだなんて、大事にしていたんですね。同情しませんが。
荒い足音と、遠慮のない大声での会話は、気配に敏感な双子をびっくり眼で振り向かせていました。
「なんだぁありゃあ!! 綺麗なガキだな!」
「うわ、同じ顔が並んでる!」
おじさんたちもびっくりです。
すぐに態勢を整えたのは、指輪おじさんでした。放送禁止レベルのお下品な顔で笑っています。
「ミミックも指輪も逃げちまったが、あいつらを売りゃあ充分な金が手に入る! ガキ集めにゃツテがあるんだ、とっ捕まえるぞ!」
「や、やだよ、怖いよ」
「お前、双子も知らないのかよ! 女の腹から、稀にそっくりな顔した子供が産まれるんだよ!」
もたもたする相方を蹴り飛ばし、腰に下げたでかいダガーを抜き払って、花畑に突撃しました。その刃物の、なんと汚いこと! 錆びてるし、何か付着しています。まさかソレでお料理でも!?
「わああああ! 肉だー!」
「お肉デスー!」
なんて悲鳴を上げながら、双子がダッシュで屋敷の玄関扉へと走っていきます。足が速いですね、って玄関を閉めなさいよ! ほら~、刃物持った巨人が入っていっちゃいました! ラズ君は強い子ですが、だ、大丈夫なんでしょうか!?
「はーあ、もうついていけねーよぉ……」
取り残された巨人おじさんは、ぐったりと座り込んで、何やら背中のリュックから、大きな布包みを取り出してほどき始めました。中から、油まみれの紙に包まれた、雑なサンドイッチが出てきました。
え? ここでお弁当を? 相方が働いているのに。
わあ、美味しそうなパストラミがはみ出ています。これを食べたら、私はもう一度大きな姿に、擬態できるでしょうか。
できなきゃ困ります。だってミミックの歩幅では、屋敷まで走るのに時間がかかり過ぎます。
まだまだ睡眠時間が足りなくて、頭ががんがんしますが、二度寝している暇はありません。ラズ君とロゼ君が、暴漢に追われてるんですから!
すっかり油断しているおじさんの背後にまわって――
「グギャギャギャー!!!」
「うぉわああ!!」
驚かしついでに飛びかかって、サンドイッチに嚙みつきました。四角い歯型にくりぬかれ、哀れ残ったのはパンの耳だけ!
「ああああ! 俺の昼飯ぃいい!!!」
涙目で叫ぶおじさんを尻目に、私は花畑の中に隠れました。擬態って、どうするんでしたっけ? 初めて成功したときは、なんか気づいたらそうなってたんですよね。
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