第三十話 好きという感情


――ゴトン。


 鈍い音を立てて出てきた温かいココア。


 それを透は手に取ると、


「ほいっ」


 突然ベンチに座る私に向かって投げてきたもんだから、慌ててなんとかキャッチした。


 何よこれ、という視線を透に向ける。


「やるよ、それ」


「…………あ、ありがと」


 妙に気恥ずかしかったが、それを隠すように髪の毛を手ですいて、ココアを握る。


 すごくすごく、あったかい。


 透が続けて缶コーヒーを購入すると、私の横に座ってきた。


 思わずドキリとする。


 確かに、透が私の近くに座ったことに、ドキリとした面もある。


 でもそれ以上に、透と私がこのベンチで座っているという事。


 それに私は……いや、気にするのはやめよう。


 何でもない顔をしてる透から、深い意味がないことは見て取れるし。


 どうせ透は、何も知らないのだろうから。


 そう結論を腹に落としていると、透は私を一瞥して、プシュッ、とプルタブを起こし、一口。


「で、なんで俺をストーキングしてたんだ?」


「べ、別に深い意味はないわよ」


「ふぅーん、そうか」


「……何よ」


「いや、なんかすげぇ恥ずかしそうだなって」


「そ、そりゃそうよ! 尾行してたのがバレたんだから」


「まっ、それもそうか」


 小さく笑う透に、私は再びモヤっとする。


 何にも変なところはない。普段通りの私の大好きな透だ。


 だけど、私は確かにちょっとおかしな透をここ最近感じていて。それに私は、頭を悩ませていて……。


 わ、私らしくないってわかっているけど、でもやはり悩まずにはいられない。


 とてもとても、もどかしい。


「寒いな」


「そ、そうね」


 透が分厚い雲に覆われた空を見上げる。


 一体今、透は何を考えているんだろう。


 じっと透の横顔を見るけれど、その答えはわかるはずもなく。


 好きな人の考えていることの全てを分かりたいだなんて、なんて重い女の子になってしまったんだろうか。


 でも、やっぱり思わずにはいられない。


 透の考えていることが分かりたい。透に私の考えていることを知ってほしい。


 そんなわがままな感情の中に、ぷかっと浮かび上がった、目を背けてきた一つの仮説。


 ――ねぇ、透。もしかして……



「なぁ、なんでさっきから俺のこと、じっと見てんだよ」



「……へ?」


「…………お前大丈夫か?」


 透に顔を覗き込まれて、ようやく我に返る。


 気づかぬうちに、私は透のことが見えなくなるくらい、ボーっとしてしまったみたいだ。


「だ、大丈夫よ!」


「…………」


 じっと訝し気な視線を向けられ、思わず視線を逸らす。


 すると横から、はぁとため息が聞こえてきた。


「お前最近さ、ボーっとすること多くないか?」


「っ……⁈」


 よりにもよって、そう思っていた本人に言われるなんて……!!


 私は今までのモヤモヤをついでに晴らすみたいに、立ち上がった。


「そ、それは透の方でしょ⁈」


「は、はぁ? 俺ボーっとなんてしてないだろ?」


「いやしてるわ! 恋する乙女くらい心ここにあらず、みたいな顔してるわよ最近!」


「してねぇから! ってか恋する乙女じゃねぇから!」


「嘘よ!!」


「嘘じゃないから!」


「うそ!」


「違う!!」


「と、透のばか!!!」


「ただの悪口やめろ!!」


 あぁ、なんだか色々と悩んでたのが馬鹿らしくなってきた。


 本来の私は、私が知ってる私はこうなのだ。


 もう悩むのなんてやめよう。


 というか、透が何を思っていようが、そんなのどうでもいい。


 透がたとえ友梨に揺れていたとしても、どうでもいい。


 そんなの、私にこれっぽちも関係ないのだから。


「あぁもう! 透のばか!!!」


「に、二回も言うなよ!」


「もう、ばかばかばかばか!!!! ばかよ透は!」


 透に精いっぱいの八つ当たりをして、私は透からもらったココアを一気に飲み干した。


 もう悩むことなんてしない。


 私は私で、ありのままの私で、純粋に透を好きでいよう。


 ばか、と言われ過ぎて困惑している透を見て、私はクスッと笑う。


「私、教室戻るわね」


「お、おう」


 心がすっきりしたからか、いつも以上に心が躍っている気がする。


 だから私は教室に戻る前に、透に言ってやることにした。


「あっ、そういえば」


「な、何だよ」



「――このベンチ、カップルの聖地らしいわよ」



「え、え⁈」


 見た目はただのベンチなのに、慌ててベンチから立ってキョロキョロする透を見て、また笑顔が零れた。


 やっぱり私は、透が好き。


 どんな悩みや迷いも、この気持ちがあればきっと解決できそうな、そんな気がした。


「じゃあまたあとで、透っ♡」


 めちゃくちゃ動揺している透にそう言い放って、私はその場を後にした。





    ***





『――このベンチ、カップルの聖地らしいわよ』


 その言葉と、あのニッと無邪気に笑った広瀬の顔が、頭から離れない。


 それと同時に、感じるのは、冷めそうにない熱。


「マジでどうしちまったんだ、俺は……」


 再びベンチに座って、寒空を見上げながら、俺はため息をつくのだった。



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