第二十四話 朝とポニテ


「ん、ん……」


 自然と目が覚める。


 起き上がろうと思ったのだが、足先が外気に触れた途端に寒さを感じすぐに布団の中にひっこめた。


 朝寒いと、布団から出れない。誰しもが布団に恋焦がれる時期がやってきたんだと実感する。


 ささやかな抵抗として布団でゴロゴロして、完全に意識が鮮明になったところでしぶしぶベットから抜け出した。


――トントン。


 部屋を出ると、リビングから実に朝らしい音が響いてくる。


 それにほんのりいい匂いもしてきた。


 リビングに出てみると、そこにはキッチンで料理をしている広瀬の姿があった。


「あっおはよ、透」


「おはよ、広瀬。今日は一段と早いな」


「それはこっちのセリフよ」


 確かに今日は昨日寝たのが早かったという事もあって起床時刻がいつもに比べて早い。


「まぁ目が覚めてな。広瀬は……朝飯の準備か?」


「そうよ」


 調理をしながらそう答える広瀬は、今日は珍しく長い髪を一つに束ねていて、動くたびにぴょこぴょこと揺れている。


 おまけにフリフリのエプロンを制服の上から着用していて、まぁなんというか……いや、言わないでおこう。


「それにしたって、いつもより早いような……」


「今日は、まぁ……ね」


 広瀬の視線の先には、三つのお弁当箱があった。


「もしかして……昼飯の弁当も?」


「ま、まぁね」


「それでこんな朝早くから……すげぇな」


「こ、これくらい普通よ!」


「そうか? でもすげぇよ。正直、めちゃくちゃありがたい」


「っ……! ほ、褒め過ぎよ!」


 唇を尖らせる広瀬だったが、頬がほんのり赤い、どうやら照れ隠しのようで、「全く……」と呆れたようにため息をつくが、どこか表情は柔らかかった。


「おはよー……って、みんな早いねぇー」


 早坂が眠そうに目を擦る。


 おまけに寝癖がところどころできていて、実は朝が弱い早坂のおちゃめな姿に、広瀬と二人でクスリと笑った。





 その日の昼休み。


「いただきまーす」


「いただきます」


 伊織と机を合わせて教室で弁当を広げる。


 いつもは購買のパンなので、珍しい光景に伊織がニヤリと何かを察したように口角を上げた。


「……随分愛情のこもってそうな弁当だねぇ」


「うるさい」


「ははっ、俺の言葉には一切の愛情が感じられないのは残念だ」


「誰が男の友達に対するツッコみに愛情を込めんだよ」


 伊織のからかいを適当にあしらいながら、ウィンナーを口に運ぶ。


 弁当でウィンナー、それもタコ型はかなりの王道。うむ、やはり美味い。


「それにしても、よくできてるね。かなり手が込んでそうだ」


「だよな」


「きっとこれを作った人は、かなり早起きして作ったんだろうね?」


「……だろうな」


 広瀬の起きた時間は聞いていないが、このクオリティだと間違いなく早起きに違いない。


 本当に、感謝しかないな……。


 ちらりと功労者の方を見てみると、クラスメイト数人と机を合わせて、俺たち同様ランチタイムを始めるところだった。


 まだ転校してから日が浅いっていうのに、もうすでにクラスで中心人物。さすがとしか言いようがないな。


「で、味はどうなんだい?」


「そりゃ、めちゃくちゃ美味いよ」


「ふぅーん。ちなみに、隠し味の愛情は感じてる?」


「お前しつこいな」


「感じてる?」


「……うっせ、察しろ」


 会話を終わらせるために箸を口に次々運ぶ。


 そんな俺の姿を見て満足げに微笑んだ伊織は、ようやく昼食をとり始めた。


 どこか視線を感じて、視線の下を辿る。


「(……まっ、いいか)」


 広瀬の方から視線を感じたのだが、広瀬は楽しそうに友達と談笑している最中だった。


 だが、長い髪からひょこっと見える耳は真っ赤で、まぁなんとも分かりやすい奴だなぁと思いながら、またおかずを口に運んだ。


 ……これ、弁当屋できるレベルで美味いわ。

 

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