第23話

 少年武官は、中将へ向かって刀を振り下ろす。鋭い音が響いた。二人は睨み合う。

「こんなことをして、全てを知られてもいいのか」

「はい。覚悟は出来ています」

「両親に顔向けが出来ないぞ?」

 刀を跳ね飛ばされ、それを追いかけた先で中将の一閃が頭のすぐ上を掠めていった。少年武官は転がりながら刀を握り、そのまま中将の胸元を目掛けて振り下ろす。

「このままでは、生きた心地がしないので」

「生きた心地だと? ふん、たわけたことを。足を愛でている時間こそが、私が生を唯一実感できる幸福なのだ」

 中将は刀を交わし、後ろへ飛びのく。

「こんな馬鹿をするから、お前はここで死ぬことになるのだ。大人しく私のものになっていればいいものの」

 中将は、少年武官をねっとりとした視線で見つめた。少年武官は、唇を噛み締める。

「正直、あなたが女を殺した現場に遭遇しなければ、と何度も思いました」

「ほう?」

「あるいは、自分がもっと強ければ、こんなことにはならずに済んだはずです」

「そうだ。お前は弱い」

 少年武官はぐっと手に力を籠める。

「知っています、そんなことは!」

 少年武官の斬り込みを、中将は即座に交わした。

「私が強ければ、中将様に脅されず足を差し出すこともなく、清廉潔白な気持ちで今もいたことでしょう。しかし、時間は巻き戻りません。両親がいる手前、殺されるという選択も出来ません。結局私には、何も選べなかったのです」

「そしてやけくそになり、こんなことをしでかしたのか」

「こんなこと、誰にも知られてはならないと思っていましたが、すでに全てを知っている方がいる。理由はこれだけで十分でしょう」

「知っているだと?」

 中将は動きを止める。

「どこのどいつだ? そいつも殺してやろう」

「話す道理はありません」

 中将は鼻を鳴らす。

「いつもの気弱なお前はどこへ消えた? まるで血気盛んな野良猫のようだ」

「私は人間です。そして、あなたには死んでいただく」

 少年武官は、中将を強く睨み付けた。中将は、ふんと笑った。

「顔と足だけは傷つけずに殺してやろう。腐るまで、十分に堪能してやるからな」

 斬り合いが始まった。少年武官の額には、汗が浮かんでいる。

 現状、少年武官が不利な体勢を取っている。ぜいぜいと肩で息をする様子を見て、中将は「お前は弱い」と呟いた。脇腹からは血が流れている。しかし、少年武官は痛みなど感じていない顔で、着物を血で濡らしていた。

 相良の君は、そろそろと床を這うように移動している。この混乱の中、気づく者はいない。

 少年武官はちらと盗み見て、すぐに中将に斬りかかる。しかし交わされ、中将の剣は少年武官の胸を掠めた。

「ぐっ……!」

 胸を押さえ、後ろへ転がる。血が滲み始めた。

 すると中将は汗を拭い、少年武官に背を向ける。その目的を知り、少年武官は「待て!」と声を上げる。

「何を逃げる?」

「ひっ」

 相良の君は声を上げた。足首を掴むのは、中将である。

「殺されたいのなら早く言えば良い。足は腐るまで堪能してやる」

「止めろ!」 

 少年武官は叫ぶ。

 相良の君は必死で抵抗するが、あっという間に中将の元へ引き寄せられる。そして、首を押さえつけられた。

「うっ」

 相良の君は苦し気な声を出す。

 切っ先が相良の君の喉に近づく。相良の君は、中将を強く睨みつけた。

「何か言い残すか?」

 相良の君は、少年武官を目の端に映すと、「いいえ」と言う。そして目を閉じた。気丈な様子であるが、その身体は震えている。

 中将は鼻で笑うと、その白く細い首に刀を突き立てようと振り上げた。

「待て!」

 その時である。

 天井から、大量の足が降ってきた。

 足、足、足、足。

 足足足足

 足足足足

 足足足足

 足足足足

 死死死死。

 べちゃべちゃと振って来ては、全てを血で濡らしていく。

「何だ、これ……」

 少年武官は、状況が飲み込めずに降って来る足を眺めるばかりだ。少年武官の身体にぶち当たるいくつもの足は、生気を失い真っ白になって赤い血を降らす。

 積み重なる足は、しだいに人を飲み込んでいった。若い武士が殺した男も、傷を負わされた男も、みな姿を消していく。視界には、足が並ぶばかりである。

 少年武官は、血まみれの顔で天井を見上げていた。

「何が起こっている……?」

 若い武士は足の波を泳ぎ、外に出ようと戸口へ向かっていた。少年武官はそれに気付くと、挟まれていた手を何とか動かして声を上げた。

「大丈夫ですか!」

「大丈夫ではないですよ、この状況! 早く出ましょう!」

「でも、他の人たちが……!」

 すると、戸口からも足が入り込んできた。若い武士は押し戻され、身動き出来ずにもがいている。

「こんなの、どうすれば」

 少年武官が呟くと、どこかから声が聞こえた。

 死にたくない。

 どうして。

 痛い。

 止めて。

 苦しい。

 死にたくない。

 この声は、殺された人間たちの叫びである。地獄の底からの声に、少年武官は静かに目を閉じた。

「ごめんなさい……」

 あら良い男。

 素敵な殿方。

 あなたも道連れ。

 あなたも道連れ。

 あなたも道連れ。

 あなたも道連れ。

 視界いっぱいに、足、足、足、足。呼吸が出来ず、少年武官は飲み込まれた。飲み込まれながら、「こんな地獄があるものか!」と若い武士の叫び声が聞こえた。

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