第8話
「来たんですか」
若い武士は、背中を向けたまま、追いかけてきた武士に対してそう言った。
「まあな」
そこでやっと、若い武士は振り向いた。
「気持ちは分かりますよ。だけど、私に付いて来たところで何かが進展するとは思えませんけど」
「どうせ、今日は大人しくしているんだ。付いて来られるとまずかったか?」
「いいえ? こそこそ悪だくみをする予定はありません。私は、清廉潔白な人間でありたいと願っているので。ただ、人間誰しも、一人になりたい時があるでしょう。私は、今がそれなんですよ。こう見えて、人に囲まれているのはあまり得意ではないので」
「す、すまない」
「少しならいいですけど」
若い武士は、そう言って歩き出した。
「それで、あなたはどう考えているんですか」
「どう?」
「男を見たのはあなたしかいないんです。あなたの証言が最も重要視されるべきですよね。陰陽師の言葉や私の意見はこの際なかったことにして、あなた自身の考えを聞かせて下さい」
「俺は……」
武士は言い淀んだ。そして、口を噤んだ。沈黙。さわさわ、と木が風で揺れている。武士は、口を開かなかった。
若い武士は嘆息した。
「気持ちは分かりますよ。気晴らしでもしてきたらどうです? あそこは息が詰まるでしょう?」
「そう、だな……」
「では、ここからは別行動ということで」
若い武士は手を振った。背中を見せようとするところを、武士が引き留める。
「待て。一人で女の身体を探しに行く気じゃないだろうな? まだ陰陽師の儀式は終わっていないんだぞ」
「終わっている必要がありますか? 話は聞いたんです。あとは探すだけでしょう」
「そうかもしれないが……」
武士は、小走りで若い武士に追いつくと、隣に立った。
「なあ、怒らないで聞いて欲しいんだが」
「何です?」
「お前は、違うんだよな?」
「はい?」
若い武士は立ち止まった。そして、訝し気な表情で見上げている。
武士は言った。
「謎の男、じゃないんだな?」
若い武士は、表情を変えた。
「俺は、人の顔を覚えるのが得意ではない。あれほど美しい瞳を持つ男なぞ、そうそうおらんと思うと……」
ぴんと、空気が張り詰める。鋭い瞳に、武士は一歩後ろへ下がった。
「――――つまりあなたは、私が人殺しだと、そう思うんですね?」
「い、いや、そういうわけでは」
「そうですか」
「いや、他に疑える奴も全くいなくて」
「ああ、そうですか」
若い武士は早足で歩いて行く。武士もそれに付いて行くが、やがて若い武士の足が止まった。
「殺されたくなければ、付いて来ないで下さい」
若い武士の表情は、鋭いものだった。
武士は、ぎくりと足を止めた。そうしている間に、若い武士は歩いて行く。
「おい!」
若い武士の姿は、怒りの気配のみを残し、すぐに見えなくなった。
武士は嘆息し、頭をかいた。
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