第6話
「ねえ、見た?」
「ええ、見たわ」
「私も見たわ!」
女房たちは、こそこそと話に興じている。通り掛かった相良の君は、「何のこと?」と会話に混ざる。
「まさか、鬼を見たなんて言うわけないわよね?」
神妙な顔つきの相良の君に、女房の一人が「違うわよ」と楽しそうに言う。
「陰陽師の話よ!」
「陰陽師?」
相良の君は素っ頓狂な声を出し、「今夜来るって聞いていたわね」と頷く。
「見たってことは、もう来られたのかしら? その方がどうかしたの?」
「そうなのよ! 私、お見かけしたのだけど、とても美しい男性だったのよ。溜息が出そうだわ」
興奮気味の女房達に対し、相良の君は淡々とした様子で、「へえ、そうなの」と答える。すると、女房の一人が、相良の君へ言う。
「へえって、あっさりしたものねえ。興味がないの?」
「相良の君には、例の昔馴染みがいらっしゃるからでしょう」
「確かにそうよねえ。けれど、あの陰陽師もとても美しいわ」
相良の君は言った。
「昔馴染みなんてどうでもいいけれど、とにかく、陰陽師には本当に鬼がいるのか、確かめて欲しいわ。これ以上恐ろしいことなんて、起きて欲しくないもの」
「もう大丈夫よ。あの人なら、きっと全て上手くやってくれるはずよ」
女房たちは、根拠のない自信を持って、楽観視していた。
「だったらいいけど……」
「もっと前向きに考えましょうよ。ねえ?」
「うん、そうね……」
相良の君の表情は暗い。
女房の一人が、気遣うように声をかけた。
「何だか、最近元気ないわね? 具合でも悪いの?」
「そんなの当然よ。こんな状況で、私たちみたいに元気な方がおかしいわ。恐ろしい事件が起きて、相良の君は心を痛めているのよ」
「顔が青白いわ。早くお休みになった方がいいんじゃない?」
周りから気遣う声が飛び交う。相良の君は頷いた。
「そうね。私、そろそろ失礼するわ。おやすみなさい」
女房たちは、相良の君を見送る。思い悩むような背中を見ると、顔を見合わせて「大丈夫かしら」と口々に呟いた。
一人になった相良の君は、周りを見渡して誰もいないことを確認すると、溜息を吐いた。
「大丈夫よ。そんなこと、あるわけがないんだから」
ぶつぶつ、と一人呟く。
「私は……どうすればいいのかしら…………」
思い悩むように、相良の君は空を見上げた。すでに、月がぽっかりと浮かんでいた。不気味さを思わせる月の光に、相良の君は身震いをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます