第40狐 「文化祭は大わらわ」 その6

 快晴の青空が広がる爽やかな秋の一日。人族ではこのような日の事を『最高の文化祭日和びより』と言うそうでございます。このくだりは良く使う気が致しますが、人族とはその様なものなのでございましょう。


 そんな爽やかな風が吹くなか、午前中はお化け屋敷への来場者も多く、皆楽しくお化けを演じて過ごしておりました。

 ところが、時刻がお昼どきに差し掛かると、引っ切り無しに来ていた客足がピタリと止んだのです。


 馬の被り物をした白馬君が、気を利かせて直ぐに状況を確認しに行きましたが、首を傾げながら帰って来ました。


「……特に……他は……変わりない」


 白馬君のくぐもった声が聞こえた時でした。白馬君の首がポロリと落ちたのです。


「ひぃっ!」


「やられたか!」


 馬の被り物を脱いだ白馬君が、皆の変な反応に驚いていました。

 一方、被り物の下から現れた白馬君の凛々しい顔に、蛇蛇美達からは黄色い声が上がります。

 ですが、この周りの反応には理由がございました。

 白馬君は気を配り過ぎて気が付いて居ないのかも知れませんが、実は客足が途絶えた頃から、この大教室はただならぬ妖気に包まれていたのです。


 快晴の空には、いつの間にか雨雲が掛かり、何とも重苦しい雰囲気になって来ました。

 変化族のだれもが、この異様な雰囲気に神経を尖らせています。

 これ程の妖気が漂うと、流石に人族も近づかなくなる様で、客足が途絶えたのはこれが原因だったのです。これは一体何事でしょうか。

 その時でした。


「こ、航太殿。どうなされた!」


 美狐様の慌てた声を聞き、美狐様のブースへと急いで駆けつけました。

 そこには床に伏せて気を失っている航太殿の姿が。


「航太殿! 航太殿!」


 航太殿に覆いかぶさり、柔らかな光に包まれている美狐様。航太殿を強い妖気から守っている様でございます。どうやら、航太殿は強い妖気に当てられ気を失われたご様子。


 美狐様は航太殿の頭を膝の上へと運び、優しくお撫でになられています。

 そして、何とそのお姿は人に変化された時の本当のお姿になられておいででした。

 『人間界にかくも美しき容姿の者は二人としておりますまい』と言われる程の、あの美しいお姿でございます。

 暗幕の隙間から差し込む光が、まるで障子窓より入る青き月光の様に見え、美狐様の麗しきお姿を浮かび上がらせていました。


「航太殿……」


「う……うーん」


 愛し気に航太殿を撫でられる美しき美狐様のお姿に、周りの者は声すら発する事が出来ません。


「航太殿……」


「う……。あれ、貴方は……綺麗な……」


 航太殿が意識を取り戻されたのか、うっすらと目を開けられ、眩しそうに美狐様をご覧になられています。

 美狐様は航太殿の頭を抱きかかえられ、そっと手をかざされました。

 何をされたのか分かりませんが、航太殿の目が再び閉じられます。


「美狐じゃ。わらわは美狐じゃ。航太殿。この美狐の本当の姿をゆめゆめ忘れないで下さいませ。美狐は貴方を絶対に他の者には渡しませぬ……」


 美狐様はそう語り掛けながら、航太殿の頬にそっと口づけをされました。

 何と美しいお姿でしょうか。私も気が遠くなる思いでございます。

 そんな美狐様と航太殿の傍に紅様と静様が歩み寄られました。そして、美狐様の肩に手を掛けられたのです。


「美狐! お前ズルいな!」


「美狐様。そのお姿になられる必要はございましたか?」


「はて、何の事じゃ?」


「美狐様! 航太殿の意識にその姿を刷り込んだだろう!」


「そのお姿は反則でございます」


「ほっほっほ。時々、こうしてわらわの愛を感じて貰わねばのう。ほれ、この様に愛し気にわらわの胸で眠っておられるわ」


 美狐様が凛とした表情をしながらも、少々勝ち誇った様な顔をされておいででした。

 まさか、このように差し迫った状況の中で、瞬時に悪知恵を働かせるとは……。

 流石は美狐様と言う所でございましょうか。


「まあ、冗談はここまでじゃ。白馬よ!」


「はい!」


 美狐様に呼ばれて、白馬君が慌てて暗幕の中に入って来ました。


鳥雄とりおと共に航太殿を安全な場所へと連れて行ってはくれぬか。しばらく戻って来てはならぬ。万が一の時は、他の人族も連れて校外へと逃げるのじゃぞ」


「は、はい……」


 静様は航太殿の手を両手で握られ、紅様は胸に抱きすくめられています。

 そして、美狐様は今一度抱きかかえられて、優しく頬ずりをされておいででした。

 この凶悪な妖気が迫るなか、如何なる決心で御座いましょうか。


 ――――


 白馬君と鳥雄君に両肩を抱えられて、気を失ったまま廊下の先へと航太殿が消えて行くのを見送ると、美狐様は白狐のお姿に変化されました。

 そのお姿は、普段の可愛らしいモフモフなお姿ではなく、しなやかに引き締まった体躯たいくに、目の淵と頬に赤く鋭いくま取りが現れ、幾重にも広がった尾の先も赤く染まっています。

 我が一族の最高位である天狐てんこのお姿になられた美狐様を、七色の美しい妖気が包み込んでいました。


 その脇に、黒いくま取りが美しい、ほとばしる様な妖気をまと隠神刑部いぬがみぎょうぶ家最強の化け狸の静様。

 妖艶な姿に黒き羽を大きく開かれた紅烏天狗べにからすてんぐの紅様がお立ちになられています。

 お三方とも凛々しきお姿でございます。

 我々気狐きこ達も、妖力に応じた狐の姿へと戻り。私の横にはヒリヒリとする様な強い妖気を纏った、美しい三毛の妖猫ようびょうが姿を現しました。


「桃子よ。他の変化族の者を連れて避難せよ。怪我などされては、親御様に申し訳が立たぬ」


「はーい。では、みんな桃子と一緒にクレープでも食べに行くっキュ♡」


 美狐様の指示で他の変化族の者達が教室を後にします。殆どが変化種族の皇子皇女やご子息ご息女ばかり。その者達を守る為の美狐様の配慮でございます。


「あら、私は結構強いわよ」


 全身に炎を纏った火鼠ひねずみの陽子ちゃんが私達の輪に加わりました。

 でも、艶やかで楽し気な踊りを舞っています。この辺のノリは、やはり南国女子といった所でございましょうか……。




 こちらの異変に気が付いた蛇蛇美達が、大蛇や毒蛇の姿に変化して出て来ました。

 教室内の緊張感が急激に高まります。


「あんた達。その姿は何のつもり? お化け屋敷対戦で負けそうだからって、ここで妖術合戦でもやるつもりなの。だったら受けて立とうじゃない」


「それはこっちの台詞じゃ! 強い妖気を振りまきおって。最近何やら変だと思っておったが、何か企んでおったのじゃな」


「何の話? それはこっちの台詞よ。この妖気はあんた達の方じゃないの? 卑怯なけもの変化族!」


「何じゃと!」


「何よ!」


 その時でした。凄まじい妖気が襲い掛かり、皆床に這いつくばった状態に陥り、誰も身動きが取れなくなったのです。

 いえ、美狐様達はかろうじて立ち姿を保っておいででした。流石でございます。


「おのれ……」


 美狐様が鋭く睨む先。蛇蛇美達の背後に、その凄まじい妖気の主が現れました。


「その姿……大山楝蛇おおやまかがちか……」




 今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。

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