第35狐 「文化祭は大わらわ」 その1

木興爺きこじい。文化祭とは何じゃ?」


おひいお姫様。『文化祭』でございまするか? はて……」


「やはり知らぬのか? 木興爺、文化祭とはのう。何やら楽しい見世物を地域の人に見て貰う学校行事の事なのじゃ」


「何と見世物を披露するなど……。よもや左様な低俗な行事に参加される訳ではございませんでしょうな」


「何を言っておる。生徒は全員参加じゃ!」


「何と! おひい様なりませぬ……」


 爽やかな朝日に包まれる稲荷神社。

 今朝も相変わらずの問答が始まっております。

 知れば止めると分かっていても話す美狐様と、止まらぬと分かっていてもいさめる木興様。

 そうと分かれば微笑ましい光景でございます。


「おお、美狐様おはよう。ふわぁぁぁ」


「おはようなのじゃ……これ紅! 胸をしまわぬか! 万が一、航太殿が訪ねて来られたらどうするつもりじゃ!」


「この姿でハートを鷲掴みじゃな」


「なっ……許さぬぞ! それに背中の翼もしまっておれ!」


 そもそも変化族の中では最も人族に近い姿をしている紅天狗族の紅様。

 朝は寝乱れたままで歩き回られるので、なかなか困ったものでございます。


「あら、美狐様に皆さま。おはようございます」


「おお、静殿! 今日も泊まられたのか?」


「ええ。今しばらくは気狐きこの皆様へのお礼も兼ねてお勤めをさせて頂きますわ。朝ごはんが出来ておりますわよ」


「静殿の作ったご飯は美味しいからのう。皆大喜びじゃ」


「ありがとうございます。今度航太殿をお招きしようかしら……」


「な、何じゃと……」


 遊園地騒動の日から神社で寝泊まりしている静様。

 お化け屋敷の再建作業で出払っていた気狐達は既に戻って来ておりますが、静様はそのまま滞在されているのです。

 皆がいる神社の方が隠神刑部いぬがみぎょうぶ家の別荘よりも楽しい様で、帰るご様子は御座いません。

 その静様がエプロン姿のままで美狐様に意味深な微笑みを向けておいでです。

 朝から妙な恋の火花を散らすのは止めて頂きたい所でございますが……。


「ほらほら紅さん。その様な姿を見せていては減りますわよ」


 静様は紅様の傍に行かれると、可愛らしい柄の長襦袢ながじゅばんの開いた襟元をグッとお締めになりました。


「ぐえっ……。減るもんか! 航太殿の私への興味が増すだけじゃ!」


 襟元を強めに締められて苦しそうな紅様でございましたが、負けじと言い返します。


「いいえ、品位が減りますわよ!」


 静様がりんとした立ち振舞で紅様の奔放な姿をたしなめます。

 横で発言を聞いている美狐様も大きく頷かれました。

 ですが紅様をたしなめている静様の姿は、とっても可愛らしいエプロンワンピースと言われる格好でございます。

 もし朝から航太殿が境内に現れたら、このお姿で会うおつもりなのでしょう。

 静様もなかなかの策士でございます……。


「そうじゃ! 紅の色仕掛けは卑怯じゃぞ!」


「フンっ! 艶やかで魅力的なだけだ! 美狐様は、学校に行く本来の姿に早く変化へんげしなよ」


「こっちが本来の姿じゃ! いや、この巫女の姿も抑え気味の変化じゃ!」


「……」


「……」


 紅様も静様も人族に変化された美狐様の本当のお姿を思い出して言葉が詰まります。

 月明かりの下、月光の妖精で有られる銀狐ぎんこ様が美しく舞い踊られる中で青き光に照らされる美狐様の見目麗しさは、見るもの全てから言葉を失わせてしまう程でございます。

 あのお姿を見せられたら変化族で敵う者などおりません。


「美狐様は『チート』じゃ……」


 紅様が憎まれ口を叩いて部屋を出て行かれました。静様も頷きながら部屋を後にされます。


「チートとは何じゃ? 木興爺。チートとは何じゃ?」


「ち、チートでございまするか。はて……? 咲よ!」


 今日も賑やかな稲荷神社でございます。


 ――――


「ではこのクラスの出し物は、第一候補が『お化け屋敷』、第二候補が『メイド喫茶』、第三候補は『クレープ屋』という事で決定です」


 私は何故かクラスの文化祭実行委員にされてしまい、紛糾する“出し物”候補の選定が大変でございました。

 当初は圧倒的に『メイド喫茶』が優位でしたが、メイド服姿を想像された美狐様が大反対をされて保留に。

 なかなか話がまとまらず、お昼休み後に話し合いを再開という事になっていたのでした。


 白馬君と航太殿が学食に行っている間に変化族女子で集まり、お弁当を食べながら話し合いです。


「皆、わらわから良い提案が有るのじゃ!」


「何だよ美狐様。メイド喫茶を反対するなら何か凄い案が有るんだよな!」


「そうですわ。せっかく可愛らしいメイド服姿を……ねえ!」


 不純な目的が見え隠れしている紅様と静様の事は置いておいて、皆の視線が美狐様に集まります。


「最近理由は良く分からないのじゃが、気狐達が『お化け屋敷』の建築に携わる事があってのう。気狐達にちょっと協力して貰えれば、本格的な『お化け屋敷』の出し物が出来るのでは無いかと思うてのう!」


 気狐達が建築に携わった理由は変化女子全員が良く知っておりますが、敢えて何も言いません。


「何かと“問題クラス”と言われている、わらわ達のクラスじゃが。文化祭の出し物で『一番良かった』という評価を貰えれば、先生方から目の敵にされる事も無くなるやも知れぬ」


「なるほど……。だけど先生からの評判とかどうでも良く無いか?」


「待て待て。今のは建前じゃ」


「……」


 美狐様がおかっぱ頭のヘンテコな眼鏡の奥で不敵に笑っておいででした。

 大丈夫でしょうか。


「何といっても『お化け屋敷』なのじゃ。多少の妖術を使って人を脅かしても問題ない。それに脅かす場所で一緒の係になった者は、暗所でずっと傍に居られるのじゃぞ……」


「脅かし放題か! それは楽しそうだな! 超艶やかなお化けになって……その姿を……」


「まあ、素敵ですわ。暗所でしっぽりと……」


「真夏の肝試しの様だわね! 何が起こるのかドキドキする。もしかして白馬君と航太君が……うふふ」


「キャー! “恋のお化け屋敷”再びっキュ♡」


 みな目指すものが微妙に違う気もしますが異存は無い様です。

 しかし、遊園地での”しでかし”を利用するという美狐様の思考も中々のものでございますが、可愛らしい容姿を競うような物よりも、人族を脅かす出し物の方が楽しいと言うのは確かでございます。


「それじゃあ第一候補は『お化け屋敷』で良いニャね!」


「「「「はーい!」」」」


 私を手伝ってくれている華ちゃんが変化女子達の多数決を取り、このクラスの文化祭での出し物の第一候補は『お化け屋敷』に決まったのでした。




 そしてその翌日の放課後。各クラスの実行委員が集まる『文化祭実行委員会』で、全てのクラスの出し物が決定したのです。

 クラスの大半の者は帰宅済みでしたが、いつもの女性陣はみんな報告を待ってくれていました。


「皆さん。私達のクラスの出し物が決定しました! 第一候補だった『お化け屋敷』です!」


「おおー! 流石は咲ちゃん。キッチリ仕事してくるな!」


 壇上で報告する私に皆から歓声が上がります。

 ですが、報告はこれだけではありません。


「なのですが……」


 急に声のトーンが変わった為に皆が会話を止めます。


「もうひとクラス『お化け屋敷』が第一希望のクラスがあって。実行委員会と先生方との話し合いの結果……」


 これから飛び交うであろう文句の言葉を覚悟して結果を報告します。


「お隣の蛇蛇美達のクラスと合同で『お化け屋敷』をする事になりました」


 教室内が静まり返り、みんな私の言葉の意味を確かめ合うかの様にキョロキョロと視線を交わしています。

 そんな中、美狐様がスッと起ち上がられました。


「咲よ。敵対する遠呂智おろち族の者達と合同じゃと? そんな事が……」


 美狐様が何か言おうとした途端、教室の扉が勢いよく開きました。


「ちょっとー! あんた達と合同で『お化け屋敷』ってどういうことよ!」




 今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。





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いつも読んで頂きありがとうございます。


新たなお話のスタートです!


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これからも『ミコミコ』を可愛がって下さる様、宜しくお願い致します。



磨糠 羽丹王(まぬか はにお)

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