第2狐 「こむぎ」

「こむぎ、おいでー!」


 手を広げると真っ白で尻尾がモフモフのワンコが飛びついて来る。

 抱き締めると顔をペロペロ舐めてくるから、好きなだけ舐めさせてあげるのだ。


「こむぎは本当に可愛いな!」


「ケンケンケン!」


「元気になって良かったよ」


「ケンケン!」


 この可愛いワンコは、実はこの前の大雨の日に近所の道端に転がっていたんだ。

 怪我をして泥まみれの状態だったけれど、まだ息をしていたから、急いで家に抱いて帰って、汚れを落として傷に薬を塗ってあげたんだ。

 部屋で添い寝をしながら様子を見ていたら、数日で元気になってくれた。

 お風呂で綺麗に洗ってあげると、真っ白で尻尾がモフモフの可愛いワンコだったよ。

 子どもの頃に「ムギ」という名前の真っ白な大きな犬を飼っていたから、その「ムギ」のちっちゃい版で「こむぎ」って呼ぶことにしたんだ。


「さあ、今日も寝よっか!」


 布団を敷いて横になると、直ぐに潜り込んで来て寄り添ってくれる。

 フワフワのモフモフが気持ち良くて、俺は直ぐに眠ってしまう。

 でも、朝になると居なくなっていて、いつの間にか神社に帰っているんだ。

 何故神社なのかと言うと、こむぎは怪我がえて元気になると、部屋を出てトコトコと何処どこかに歩き始めたから、心配で付いて行くと、お隣の神社の階段を上り始めたんだ。


 お隣と言っても、自宅も神社も小高い丘の上にあるから、結構歩かないといけない。

 この神社の場所には、昔から朽ち果てたおやしろがあって、不気味で誰も寄り付かない場所だったのだけれど、最近お社や鳥居とりいが建て直されて、いつの間にか立派な稲荷いなり神社になっていたんだ。

 赤い鳥居をくぐりながら、丘の上まで続く階段を上ると、立派な神社が建っていた。

 境内けいだいには綺麗な巫女さんが沢山いて、何故か皆からお礼を言われたんだ。

 不思議に思っていると、こむぎと入れ替わりに、奥からとんでもなく綺麗な巫女さんが出て来て、丁寧にお礼を言われた。

 こむぎは神社で飼われているワンコだったらしい。


 それから毎晩、こむぎは家に遊びに来るようになったんだ。

 だから、毎日抱きしめてモフモフを楽しませて貰っている。


「お、こむぎ! また遊びに来たのか」


「ケンケンケン!」


「こむぎー。俺ね、来月から高校に行くんだよ」


「ケン!」


「どんな生活が始まるのか分からないけど、何だか楽しみだよ」


「ケンケン!」


「さあ、今日も寝よっか! おいでー」


 ────


「木興爺、高校とは何じゃ?」


おひいお姫様、高校とは人族の未熟者が学ぶための場所にございます」


「ほう。わらわも行けるか?」


「はて? 天孫の皇女であらせられる美狐様が、立ち入る様な場所ではございませぬ」


「されど航太殿が行くと言われておるゆえ、妾も行こうと思うぞ」


「また航太殿でございまするか……」


「木興爺。妾は彼が居らねば死んでおったのやも知れぬのだぞ」


「その事は木興爺痛恨つうこんきわみでございまする。まさか遠呂智おろち族どもが、かように早く手を出して来ようとは思ってもおらなんだ」


「なればこそ、おそばにおりたいのじゃ」


「何故ゆえに」


「妾を救った航太殿の命を狙うやも知れぬのでな」


「されど……」


 美狐様が毎日通われるゆえ、結界を航太殿の家にまで広げねばならんかった。

 神社を建て直したばかりの忙しい時に、気狐きこ達が総出で取り掛かり、三日三晩かかってしもうた。

 全く忌々いまいましい人族じゃ。


 されど、あのように嬉しそうにされておる美狐様を見ると、年頃になられた事が嬉しくもある。

 じゃが、天孫の皇女様が人族の高校に行くなど前代未聞じゃ。

 それに人族ごときに美狐様を添わせるなど、言語道断。

 果たしてどうすれば良いじゃろうか……なかなか妙案みょうあんが浮かばぬわい……。



 今宵のお話しはここまでにしようかの。

 今日も見目麗しき、おひい様でござった。

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