第12話

「お嬢様、ガーランド邸に到着しました。」


 ローサの声に気を引き締める。久しぶりの我が家だわ。ジョシュア様と玄関に入ると玄関で待っていてくれたのはお父様の執事だけだった。私達はすぐにお父様の執務室へと入る。


「お父様、お久しぶりです。トレニア、只今戻りましたわ。こちらの方がライト侯爵家子息のジョシュア様です」


ジョシュア様が一歩前に出て父に挨拶をする。


「ライト侯爵嫡男ジョシュア・ライトです。トレニア嬢とはクラスで普段から親しくさせて貰っています。先日トレニア嬢にプロポーズさせて頂きました。ガーランド侯爵様に婚約のお願いをしに今日は寄らせて頂きました」


父は悩むまでも無いと言いたげに即答で了承した。私とジョシュア様との婚約期間は学院卒業までの残り1年半程。卒業したら婚姻する事となりそう。


本当に、嬉しい。


私は今までで一番幸せかも知れないわ。


 父とも話を終えてジョシュア様と執務室を出て玄関へ向かう。すると、後ろから


「お姉様!」


と声が聞こえて振り向くと妹のソニアが駆け寄ってこようとしてジョシュア様の目の前で足を取られ、ジョシュア様に抱きつく形となった。


潤んだ瞳でジョシュア様を見るソニア。


ジョシュア様は目を見開き驚き、ソニアをじっと見つめている。


… あぁ。人が恋に落ちるってこういう事なのね。


ストンと何か私の中で理解してしまった。 


信じたくない。


違うと言って欲しい。


けれど、ずっと2人とも見つめ合っているもの。後ろから見ていた父は口を開く事は無かったが何かを感じとっている様子。


「ジョシュア様、いつまで妹を抱いているのですか?」


私は堪らずに声を掛ける。


「あ、あぁ。そうだね。君が妹のソニア?お転婆なのはいいけれど気をつけるんだよ?」


そう言ってソニアを抱き止めた手を離す。


「お姉様の知り合い?お名前は何と言うのですか?素敵な方。私と今からお茶をしませんか?」


ソニアもジョシュア様の事が気に入ったようでここぞとばかりに質問し、私からジョシュア様を離そうとしているわ。


「ソニア、止めて。彼は私の婚約者のジョシュア様よ。貴方にはアレキサンダー様と言う婚約者がいるでしょう?婚約者が居るのにお茶に誘うのはいけない事よ」


「お姉様ばかりずるいわ!私だってジョシュア様とお茶くらいしたいわ」


妹の我儘に頭が痛くなる。


「ジョシュア様、行きましょう?私は寮に戻りますわ」 


「… あぁ。そうだね。ではソニア嬢」


 私はジョシュア様と馬車に乗り込んだはいいが馬車内は沈黙に包まれていた。ジョシュア様は窓の外に視線を向けたまま何かを考えこんでいる。


やはり、ジョシュア様はソニアに恋してしまったのね。


信じたくない。


また裏切られるのかと忘れかけていた黒い感情が噴き出し始める。


苦しい。




 私達は無言のまま寮に到着し、ぎこちない笑顔でジョシュア様にお礼を言って部屋に戻った。邸を出てからの2人の雰囲気を感じ取ったローサは心配そうにしている。


「お嬢様、邸で何かあったのですか?」


「… ローサ、ジョシュア様との婚約はきっと無くなるわ。さっきね、お父様の執務室へ婚約の報告をしに行ったの。お父様は喜んで了承してくれたわ。そこまでは良かったの。でもね、ソニアが、ソニアがジョシュア様に抱きついたの。


人が恋に落ちる瞬間って見ていてわかるものなのね。ソニアに声を掛けてからのジョシュア様は考え込んで私には目も合わせず、口も開かなかったの」


苦しい。見たくなかった。


ローサは私を強く抱きしめて泣いてくれている。私の心が痛くて苦しいって叫んでいる。


嘘だと思う、思いたい。





 その晩から3日程私は熱を上げ寝込んだ。ローサは付きっきりで看病してくれたの。ようやく熱も下がり、心の痛みも蓋をしてなんとか心を保つ事が出来たと思う。


明日から学院が始まる。熱も下がって良かったわ。なんとか学院へは行けそう。


「ローサ、学院は明日から始まるわ。ローサは邸へ戻って頂戴」


「お嬢様、私はずっとお嬢様の側にお仕えします」


「ローサ、有難う。貴女だけよ?そう言って私を大切にしてくれる人は。家族以上の家族だと思うわ。… お願いがあるの。邸に戻ってソニアの事を見てて欲しいの。何かあったら教えて欲しい。貴女しか頼る事が出来ないの」


ローサは辛そうにしながらも頷いた。私は自分からローサに告げたけれど、やはり苦しくてローサを抱きしめて泣いて泣いて声を上げて泣いた。


目を擦るとダメですよ!と最後に注意してローサは邸へと戻って行った。

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