第9話

 保養地へ向かう当日の朝、ジョシュア様が迎えに来てくれた。


「トレニア嬢、おはよう。ようやく一緒に過ごせる時間が取れた。さぁ、馬車に乗って」


私はジョシュア様のエスコートで馬車に乗り込む。ジョシュア様の向かいに座り、ローサは私の隣に座った。馬車はジョシュア様の領地へと向かって走り出す。


王都や自分の領地の外に出た事が無いため嬉しくて外の景色を眺めているとジョシュア様が不思議そうに聞いてきた。


「トレニア嬢、そんなに外が珍しいのかい?」


「はしゃいでしまってごめんなさい。私、領地の視察以外で王都の外に出た事がありませんの。とても嬉しくて」


「そっか。嬉しい気持ちはわかるけど、まだまだ目的地まで遠いし、無理しないんだよ。君の家は今まで旅行に行った事は無かったのかい?」


「姉は王子と視察を兼ねた旅行に行ってたわ。妹は小さいうちにと母と父が色々と連れて行っていたようです。私はずっと領地で1人でしたから。残念令嬢だから仕方がないわよね」


私は軽い冗談で言ったつもりだったけれど、それを聞いたジョシュア様が黙ってしまったわ。従者の方も驚いている。ローサに至っては私の事を思って目に涙を溜めている。しまったわ。


「ごめんなさいね。驚かせるような事を言ってしまったわ。私は全然気にしていないし、その分今は自由にさせて貰っているから大丈夫なの」


ジョシュア様はホッとした顔をしている。気を遣わせてしまったわ。その後は雑談をしながら目的地まで楽しく過ごす事が出来た。


 ジョシュア様とゆっくり話が出来てお互い人となりが分かったように思うわ。いつもご令嬢方に囲まれているジョシュア様は軽い人なのかと思っていたけれど、とても紳士的で落ち着いている方なのね。


その見た目との差でご令嬢方は堕ちてしまうのかしら?ジョシュア様って良い人なの。モテるのが分かる気がするわ。


「トレニア嬢、荷物はここの従者に運ばせるから侍女さんと部屋へどうぞ。夕食は一緒に摂ろう」


「ジョシュア様、私を連れてきてくれて有難う御座います。夕食を楽しみにしていますね」


 昼過ぎに目的地まで到着した私達は夕食までの間ゆっくり部屋で寛ぐ事にした。流石に連日の長時間の馬車移動は疲れたわ。


「ローサも疲れたでしょう。私も少し休むからローサも今の間は休んでおいて」


私はそう言ってローサを下げてから湯浴みの準備をし、ベッドに転がる。私が案内された部屋は飾り気は無いものの家具の一つ一つが上品で素晴らしい。


今まで過ごした事のない経験からか、旅特有の感情なのかは分からないけれど、部屋は切り取られたかのような、特別な空間として肌が引き締まるように感じるわ。


私にとって生涯の思い出となる時間よねきっと。


お湯も張った所でお風呂に入ろうとした時、ローサが慌てて入ってきた。


「お嬢様、私が準備致しますので次からはお申し付け下さい。身体も洗わせて頂きますね」


そう言われて全身をこれでもかという程洗われた。人に洗われるなんていつぶりかしら。姉や妹には専属の侍女が付いていたけれど、私には付いていなくていつも自分でやっていたのよね。


 お風呂から上がり、ローサは丁寧に髪の毛を乾かし香油を塗ってくれた。


「お嬢様、もうすぐお夕食です。軽くお化粧もしますね」


そう言って軽く化粧をしてくれたわ。私としては化粧をした所であまり変わらないし、姉達のように絶世の美女にはならないとちゃんと自覚しているわ。比較され過ぎて化粧をしてもしなくても変わらないとすら思っているもの。



 時間になると従者が知らせにきて私は食堂まで従者に案内され、後をついて行く。窓の外に見える景色は暗い中でも月の光に反射された波が見える。


明日は海という物をもっと近くで見てみたいわ。


「ジョシュア様、お待たせ致しました」


「トレニア嬢そのワンピースとても似合っているよ」


「嬉しいですわ」


定型文のような言葉のやり取りをして席に着くと食事が運ばれてくる。久々に食べる貴族料理。


… 美味しいわ!


私は味わいながら一口一口噛み締めているとジョシュア様が微笑んでいる。


「トレニア嬢は美味しそうに食べるんだね。そうだ、明日から行きたい所はあるかな?」


「ここの食事はとても味わい深いですもの。素材の味もさる事ながらシェフの腕も素晴らしいですわ。感謝して食べなくては失礼に当たりますわ。」


明日の予定かぁ。先程みた月夜に照らされてキラキラ光る海も素敵だけれど、陽の下で輝いている海も見てみたいわ。


「明日は海を見てみたいと思います。ジョシュア様は視察へと向かわれるのですか?」


「海か、良いね。朝なら一緒に行けるね。そのように手配しておく。午後から3日程領地内の視察に出かけるんだけど、トレニア嬢も一緒にどう?今まで跡取りとして領地視察に出かけていたんだよね?君の意見も聞いてみたいんだ」


私は特にする事も無いし、保養地の視察巡りが出来るのは嬉しいわ。


「ジョシュア様、私でよければ一緒に行きますわ。あまりお役には立てないとは思いますが」


「有難う。トレニア嬢と一緒に行けると思うと視察も楽しくなる」


私達は食事を終えると各々部屋で準備をして夜を明かした。


 私は元々荷物は少ないのですぐに準備が出来たわ。ローサは私の荷物が少な過ぎると文句を言っていたけれど。ローサは従者達と馬車に荷物を乗せて準備は完了のようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る