第6話

 寮は侍女も住める貴族用のため一人部屋は勿論、侍女用の部屋やお風呂場や簡易キッチンが用意されている。ここで食事を摂っても、食堂で摂っても良いらしい。


私は明日からの学院に向けて準備をする。ここは私の好きなように過ごしていいのよね。



 2年生からは専門の学科を選ぶ事になっている。領地経営・経済科、薬学・医学科、淑女科、侍女科、執事科、騎士科、文官科と分かれており、女子の大半は淑女科と侍女科を選び、男子の大半は執事科、騎士科、文官科を選ぶのが殆どだ。


婚約していた頃なら領地経営科を専攻していたけれど、これからは違う。それに働きに出るのに淑女科に行っても仕方がないし、侍女をするにも爵位が高すぎる。私は薬学科を専攻するわ。


それに侯爵家は薬草の一大産地なの。幼い頃から領地に住んでいたお陰で薬草にはしょっちゅう触れていた。薬草の知識を活かせると思う。将来は薬師なんて良いかも。


うん、そうしよう。薬師を目指してみるわ!


明日から楽しみだわ。けれど不安もある。


なんせ姉が大々的に婚約破棄された上に私の婚約者と婚約。元婚約者のルーカス様は3年生だから会う事も無いとは思うけれど、気をつけないとね。それに彼には会いたくないもの。会ってもどんな顔をすれば良いのかも分からない。


 バタバタしたけれど、私は明日のために早めに寝る事にした。翌朝早くに起きて食堂で食事をした後、少し緊張した面持ちで登校する。2年生になっても変わり映えのないクラスのメンバーにちょっとホッとしたわ。


はぁ、予想通り姉や婚約者の話が話題に登ってしまったわ。批判はされなかったけれど、可哀想な2番目という二つ名が本当に憐れみを持って言われてしまう事になった。うぅっ、同情されて居た堪れない事この上ないわ。


クラスで過ごしている内に気づいてしまった。どうやら婚約者のない私はクラスメイトに相当心配されているらしい。あまり話さない人もちょくちょく声を掛けてくれるようになった。


その中でも特に親しく接してくれるようになったのはジョシュア・ライト侯爵子息。侯爵家嫡男。彼は4年程前に婚約者が亡くなったらしい。彼女を思うあまり新たな婚約者は作らないのだとか。


ジョシュア様の容姿はとてもハンサムだし、紳士で令嬢達は彼の周りをよく取り囲んでいるのを見るわ。私から見ても優良物件だと思う。


そうは思っても、思うだけ。今の私は婚約者探しより就職に向けた勉強を優先しなければいけないの。それに私は姉や妹のような美人でも無いし。





 寮生活を始めて暫く経つが、中々に快適に過ごせていると思うわ。身支度も一人でこなせるようになってきたので食事も自炊を始めてみた。まだ野菜をザクッと切って鍋で煮て味付けしたスープしか作れないけれど、出来る事が増えてとても楽しいわ。


それに以前は学院の勉強と領地の勉強、週末には視察とルーカス様とのお茶会で休む暇が無かった。今は図書館に行ったり、学院の勉強だけに専念出来るのがとても嬉しいの。


「トレニア嬢、おはよう。先週の試験のテストが今日返却されるって。成績も昼には玄関前に張り出されるよ」


席に着いて朝の準備をしていると後ろから声を掛けられ振り向く。


「おはようございます。ライト様」


「ジョシュアだよ。そろそろ僕の名前で呼んで欲しいな」


「分かりましたわ、ジョシュア様。試験結果が分かるまでドキドキしますわ」


「僕はさっぱりだったよ。ところで試験後の長期休みはどうするんだい?自分の家に帰るのかい?」


「ジョシュア様、ご心配有難う御座います。けれど私は邸に帰る予定は無いのでこのまま寮で過ごそうかと思っておりますの。私が邸に帰った所で姉の邪魔になりますし」


「そうなんだ。じゃあ休みの間うちの領地へ招待するよ。どう?うちの領地は国内有数の保養地で気晴らしには丁度いいと思うんだ。君の事をもっと知りたいしね」


私はどうしようかと迷ったが、折角だしジョシュア様のご好意に甘える事にした。


「有難う御座います。私なんかが行っても宜しいのですか?」


私が返事をするとジョシュア様は笑顔で私の手を取り、後で詳しい日時を連絡するね、と彼は話をして席に着いた。保養地なんて初めてだから楽しみだわ。


貴族は年に何度か休みを利用して保養地など国内旅行をする人も多いのだが、私1人領地で過ごしていたので家族とのピクニックすら行った事が無いの。


 将来仕事をするために平民となる事も視野に入れている私にとっては旅行なんて夢のまた夢だったの!まさか旅行に行けるなんて!これが最初で最後かも知れないわ。行ってみたい。


私は旅行気分に浸りながら午前の授業をこなした。

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