私たち、僕たちは、青春を、光を、輝きを、あきらめない。

第1話 ”普通”から、はぐれた私

それは、普通に時間が流れる、ある夕食の一幕。

神田壱矢かんだいちやとその妻の那智子なちこ

そして、二人の子供、女の子、葉呂はろ5歳。


「こら、葉呂、ちゃんと人参食べなさい」

「いーやー」

「葉呂、一個だけ、頑張ろう?」

「う…う~」

「葉呂、ママのいう事を聞きなさい」

「…はい…」


葉呂は好き嫌いが激しい。まぁ何処の食卓でもある光景だ。

葉呂が仕方なく人参を食べていると、テレビの画面に、キスシーンが流れた。

壱矢も那智子もその瞬間に…動揺するはずもない。

昨今の子供にラブシーンを見せないようにする家庭の方が少ないかも知れない。


大嫌いな人参をもごもご食べながら、葉呂は一つ疑問を覚えた。


「ねぇ、パパ、ってなんでするの?」


最近の子供の情報網は大人の世界にずかずか入り込むようになる。

一体何処でそんな言葉を覚えてくるのだろうか?


しかし、などと言う言葉とそれがどんな仕草なのかさえ知っているのか。

言う所の”おませ”さんはほぼ女の子だ。もうすぐ小学校に入学する女の子(葉呂)が

知らない方がおかしいか…と目線で笑う壱矢と那智子。


「ねぇ、ねぇ、なんで?」

「それはね、葉呂、葉呂もいつか好きになった人と、するんだよ。」

「好きになった人?」

「そう。今すぐじゃないけどね。いつか、葉呂にも好きな人が出来るから、大切にしまって置くんだよ」

「今はだめなの?」

「まだ早いよ」


「……」


葉呂は、少し頭の中に納得いかない感を感じた。


次の日。

花音かのんちゃん、おはよう!」

「葉呂ちゃん、おはよう!」


片平花音は、葉呂と本当に仲良しで、幼稚園で毎日一緒に遊んでいた。


「花音ちゃん、お砂場でお団子作ろう!」

「うん!花音大きいの作る!」

「じゃあ、葉呂は花音ちゃんよりたくさん作る!」


砂まみれになって二人はキャッキャッ言って、洋服どころか、パンツさえ泥まみれになって、遊んだ。


先生に洋服を着替えさせてもらって、二人は今度はお人形さん遊び。

その時、先生が部屋を出た後で良かった、としか言いようない。

葉呂が突然突拍子もない言葉を花音に告げた。


「ねぇ、花音ちゃん」

「ん?なぁに?」

「花音ちゃん葉呂の事好き?」

「うん!大好き!」



「じゃあ、チューして良い?」



花音の顔から笑みが消えた。



「なんで?チューは女の子と、男の子がするものだよ?葉呂ちゃん変!」

「え…でも、パパが好きな子とするって言ってたよ?花音ちゃん葉呂の事好きって言ってくれたのに…なんで?」

「花音はちゃんと好きな男の子いるもん!葉呂ちゃんとチューなんてしたくない!」


そう言うと花音はお人形を葉呂に投げつけて教室を出て行ってしまった。




その次の日から、花音は葉呂を避けるようになった。

それだけで済んだら良かった。

その話を聞いた花音の両親が幼稚園に抗議し、他の園児にもよくない、と葉呂を幼稚園を変えるようにと訴えてきたのだ。


「すみません。申し訳ありません。本当に申し訳ありません」


葉呂の両親が幼稚園に謝罪に来るほど、葉呂が何気なく放った言葉が保護者の中で大炎上した。


そして、両親も思ってもいなかった葉呂の言動にどう対処していいのか、まったく分からなかった。



「パパ…葉呂…花音ちゃんが好きだからチューしたかったんだよ?パパがチューするのは大好きな人とするものだって言ってたから…だから…」

「黙りなさい!」

葉呂が悲しげにキスをしたかった理由を父親に伝えようとしたが、その言葉は、今まで聴いた事のない父の怒鳴り声に、打ち消された。

那智子は、唯々、困惑した。もしかして、この子は”普通”じゃないのか、と。




そうして、葉呂は、自分がしたことがなぜいけなかったのか、それも分からないうちに、父親の実家に預けられる事になった。



それが、葉呂の大きな傷になった。

じゃない、それをぶら下げて、絶対中身は誰にも見せないように、幼いながらに、自分は普通に育ったよと一生懸命アピールして、小学校から元通り両親と暮らすことになった。



から、葉呂ははぐれた。

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