明王

 いやぁああぁぁあぁぁーっっ!!

 フィニスが声にならない声でそう叫んだ瞬間、

「貴様ぁ、いい加減にしろぉっっ!!」

 と、爆発するかのような怒声がその場に響き渡った。

 それと同時に、赤い塊が弾丸のように飛んできて、フィニスの体にまとわりついた<何か>に激突する。

 マリーベルだった。マリーベルが、フィニスに憑りつこうとしていたベショレルネフレルフォゥホに頭から突っ込んだのだ。

 それだけじゃない。ベショレルネフレルフォゥホに呑み込まれそうになっていたフィニスの両手を、誰かがしっかりと握り締めていた。

「パパ! ママ!!」

 あたたかかった。自分の両手を掴んでくれている両親の手は確かにあたたかかった。そして途方もなく強い力を感じた。得体のしれない怪物から自分を救い出そうとしてくれている力だった。

 更に振り返ると、そこには、ベショレルネフレルフォゥホの体を掴んで彼女から引きはがそうとしている何人もの人の姿が見えた。シェリルと、彼女の兄と、フィニスが知っている顔がいくつも見えた。同じ開拓団の仲間達だった。開拓団の中にできた学校に彼女と一緒に通っていた子供達もいた。彼女が知らない人達の姿もあったが、皆、フィニスから怪物を引きはがそうとしてくれていた。その中には、シルフィやイレーナの姿もあった。

「こぉの! いつまでもてめぇのくだらねぇ恨み辛みで他人様に迷惑かけてんじゃねーよ! ボケナスがぁ!!」

 ベショレルネフレルフォゥホの頭?にしがみつき、鬣のような赤い髪を逆立て、明王の如き忿怒ふんぬの形相で拳を振りかざし、マリーベルが渾身の力を振り絞って自分のすべてを叩き付ける。

 その瞬間、

 グゥオオォォォォオオオォオォォォーッ!!。

 怪物そのものの叫び声をあげて異形の体がフィニスから遂に離れた。

 それと同時に、まるで空気に溶けるようにしてその姿が消えていく。

「ちっ! 逃げやがった…! まあでも、どうせどこにも行けないけどな」

 吐き捨てるようにそう言ったマリーベルだったが、そのすぐ後でシニカルな笑みを浮かべ、ぽつりと呟いた。

「…『恨み辛みで他人様に迷惑かけるな』…か……どの口が言ってんだ。まったく……」

 それは、自分自身に向けての言葉だった。人間への恨みで八つ当たりのようにハンターや駆除業者を襲わせていた自分自身への。

 とは言え、ハンターや駆除業者については彼らも覚悟の上でやっていた仕事である。ましてや金の為にブロブを利用したり駆除したりだったのだから、ある意味ではお互い様と言えるかもしれない。

 ベショレルネフレルフォゥホに叩き付けた拳をぎゅっと握り締め、何かを吹っ切るようにマリーベルは「ふん!」と鼻を鳴らし、振り返った。その視線の先には、両親に抱き締められた幼い少女の姿があった。

 フィニスだった。フィニスがまた、十二歳の頃の姿になっていたのだ。

「どう? まだそれがあんたのパパとママだと信じられない?」

「……」

 問い掛けるマリーベルに、フィニスは俯き加減で目を瞑り、黙って首を横に振ったのだった。


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