13・有りがたみ

 用具室の奥には下へ向かう長い階段があり、私たちは頭に装着した懐中電灯を頼りに下り始めた。

 壁は頑丈な石材で構築され、さらに魔法を付加させて強度が高められているらしく、年季を感じさせる色合いの割には破損度が低い。

 そして十三段を降りたところで階段は終った。

 十三階段。

 死刑執行と同じ数。

 十三番の用具室に、十三個の鍵。

 十三階層。

 十三という数字がまつわる用具室だ。

 降りたところでは、幅のある長い通路が左右に続いている。

 懐中電灯で照らしても、闇に遮られ明確に視認判別はできなかったが、十字路や扉が無数あるようだ。

「なにこれ? 随分広いわね」

 ウェンディが呟く。

 歩きながら私は地図を広げて、目標地点の印を探そうとした。

 地図は一枚ではなく、二十枚以上重ねられているちょっとした冊子だった。

 私たちは物品が厳密に管理整頓されている結果こんな枚数になったのだろうと考えていたのだけど、アッシュとウェンディは私の手元を覗き込み、沈黙した。

 地図の尺度から推測して、この地下用具室は学園の敷地内全体に亘っており、十三階層に分けられてある。

 その最深部の中央に印が付けられ、入り口からそこへ到る経路が赤いペンで描かれている。

 注意しなければならないのは、階層が十三あるのであって、十三階だという意味ではない。

 一つの階層は三十メートル前後に亘り、通路が複雑に、まさに縦横無尽に入り組んでおり、次の階層へ降りる箇所は一つだけ。

 それは宛ら巨大立体迷路だ。

「随分大きな地下用具室だねー」

 ピスキーの能天気な声に、アッシュは反論する。

「ここまできたら地下用具室じゃねえだろ。地下迷宮って言うんだよこういうのは。なんなんだここ?」

 アッシュの声が石壁に反響し、不気味な呻き声が返答のように届いた。

 GURUrururu……

 私たちは〈ピスキーを除いて〉背筋に戦慄が走った。

「なに? 今の声……」

 ウェンディの疑念の囁きに答えるように、声の正体が姿を現した。

 通路を完全に塞ぐほどの巨大なイカが、軟体の体躯からは想像もできない速度で接近して来る。

 勿論通常のイカがこんな場所に生息しているわけがなく、ましてや声を発するなどということ自体できるわけが無い。

 イカの形状に似た、魔物だ。

 そして魔物は人間を襲う。

「来たれ!」

 アッシュは即座に魔法を放ち、真空の刃と衝撃波の二重攻撃で、魔物の体は半分ほど弾け飛んだが、しかし急速に再生する。

 私たちは逃走しようと階段へ戻ろうとしたが、しかし背後からも、トンボに似た翅を有したトカゲの形状をした犬ほどの大きさの魔物が二匹、いつの間にか音もなく接近していた。

 私たちは〈ピスキーを除く〉各々の武器を構えて臨戦態勢を取る。

「なんでこんなところに魔物がいるんだ!」

 アッシュは理不尽な災難に対して絶叫に近い抗議をした。

「アッシュくん、ボクコワーイ❤」

 ピスキーはアッシュにわざとらしく抱きつく。

「キャー! こっちこないでー!」

 フェンシングを滅茶苦茶に振り回して、ウェンディはトカゲトンボを近寄らせない。

「あー、こういうことだったのね」

 そして私は、なぜだか冷淡に納得してしまった。

 サイリックの言葉の端々から、それ以前にリプター先生がその危険性を明言していたのだ。

 いくら急かされたからといって、確認を取らなかったのがまずかった。

 とは言うものの、いくら魔法学園だからといって、地下に魔物が生息しているなど、想像の範疇を逸脱している。

 魔物とは、古代の魔法使いたち、巨人族が生命の創造に挑戦し、そして結局失敗した、人工生命体の野生化したものらしい。

 失敗と見做された最大の理由は、繁殖能力を有していなかったことにある。

 生殖機能が正常に働かないというのではなく、根本的に欠落しているのだ。

 その存在形態はどちらかといえば有機機械と呼んだほうが正確なのかも知れない。

 それらは全て廃棄処分されたはずだが、一部が生存した。

 処分から逃れ生き延びて野生化した魔物は、急激に成長、進化し、やがて知性を獲得し、そして別の方法で同種を増殖させる方法を編み出した。

 それはある素材を使用して、自分の体をモデルとした複製体を製造する方法だ。

 つまり有機的な機械である魔物は、同じように有機部品を生成し、それを結合し組み立て、自分と同じ構造を有した存在を作り上げ、それを繁殖能力の代用とした。

 そしてその素材とは、人間。

「生きて帰れない魔の用具室とはよく言ったもんねー。っていうか、用具室じゃないわね、これ」

 逃げようにも階段への通路は魔物が塞いでいる。

 それにここまで接近されているとなると、隙をついてすり抜けることを考えるより、魔物を完全に破壊してからのほうが、かえって一番安全だろう。

「クレアァ! 呑気に納得してないでなんとかしてー!」

 背後から伸びたイカ型の魔物の触手に足を捕縛され、ウェンディは逆様に宙吊りにされた。

 暴れて逃れようとするが、表面を粘液で覆われた光沢ある触手は、その程度で解けるはずがなく、むしろ絡み付いてくる。

「あ! やだ! どこ触ってるのよ!? あっ、やんっ! やめて、あんっ」

「いい声よ、ウェンディ。その声で言い寄れば百発百中男をゲット」

 三つ編みメガネッ子の委員長が、粘液に濡れた触手に弄ばれる光景は、男が興奮すること請け合い。

 特に変な趣味のおじさん。

「訳のわかんないこと言ってないで早く助けてー!」

 これ以上ふざけるのは本当に危険だと判断して、私は戦闘に集中した。



 私は自己基底意識を移行させると、同時に視覚の色彩が反転する。

 白が黒に、赤が青に、黄が紫に、緑が茶色に、光が闇へと。

 そして膨大な文字が眼前に擬似投影された。

 宇宙を構築する厳然たる法則が脳で処理され、言語情報に変換され文字として認識する。

 そして自らの望んだ現象を引き起こすために、世界法則を消去し移行し変換させ、都合の良い法則へと強引に変更する。

 それが魔法。

 神の定めた宇宙の法則を捻じ曲げる行為。

「「我は……」」

 同時に私の喉から言葉が紡がれる。

 魔法使いは魔法を行使するさい、自らの意思を無視して、自らの声とは異質な声がなぜか発声される。

 これを抑えようとしても成功した者は一人もおらず、偉大な魔術師と呼ばれた者たちも克服できなかった、魔法の最大の特徴であり、欠陥だ。

 この奇妙な現象がなぜ起きるのか、現在も解明されていない。

 ただ、その唄うような声を、呪文と呼んでいる。



 二つの声が聞こえる。

「我は求める古の盟約」「我を求めよ古の契約」

 一つは私の声。

「我は奉る、偉大なる御霊」「我は封じる、偉大なる怨霊」

 一つは誰の声?

「我が声に応えよ、闇の庇護者」「我が声に応じよ、光の守護者」

 それは微かに違え。

「今、彼方に」「今、此方に」

 そして重なる。

「「我は求めよと訴えたり!」」



 存在発生確率を急速に低減させ、イカ型の魔物は存在を維持できずに、光の粒子となって消滅した。

 触手に捉えられていたウェンディは、当然床へ落下。

「イッたーい」

 痛打した腰を掌で摩って呻く。

「ほら、大丈夫?」

 差し伸べた私の手を握ってウェンディは立ち上がった。

「凄いじゃない、あなたも魔法が使えるのね」

「まあ、子供の頃から英才教育受けてるんだから、箒で飛ぶだけじゃないってことで」

「和んでる場合か!」

 アッシュが叫んで、トカゲトンボの頭部にモーニングスターの鉄球を叩きつけた。

 遠心力が合わさった棘々の鉄球は、一匹の頭部を完全粉砕する。

 そして二匹目も、ピスキーからヌンチャクを奪って右横面を殴打した。

 モーニングスターほどの威力がなかったのか、怯んで少し後退しただけで、体勢を立て直すトカゲトンボに、アッシュは続けざま回し蹴りを左横面に食らわせた。

 そして脳震盪を起して転倒したところを、モーニングスターを真上から叩きつけて止めを刺す。

 しかし騒音を聞きつけたのか、通路の奥からさらに数匹のトカゲトンボが接近してきた。

「くそ! メンドクセェ!」

 アッシュはそれにモーニングスターを持ち手ごと投擲して牽制すると、大きく空気を肺に吸引し、そして、

「来たれ来たれ来たれ来たれ! 来・た・れ!!」

 衝撃波が魔物を打ち据え、雷撃に感電し、真空の刃が体を引き裂き、空間の断裂が肉を抉り取り、複数の魔法の相乗効果で、魔物は一瞬にして肉片に変え、その肉片も蒸発するように灰燼と化して消滅した。

「ふう……」

 アッシュは額の汗を拭い、なにかを期待した目をこちらに向ける。

 私はウェンディと顔を合わせ、今後の方針を話し合う。

「一旦引き返したほうが良いかな?」

「そうね、こんな危険だとは思わなかったし」

「サイリックの奴、もっとはっきり説明してくれれば良かったのに」

「まったくよね。シュバルトの重火器、取ってくるとか色々準備できたのに」

「そういえばあいつ、どこでそんな物の製造知識を仕入れたの?」

「コラコラコラ、ちょっと待て」

 アッシュは遮って、

「なんで俺には称賛の言葉がないんだよ」

 アッシュの切実な要求に私は、

「あんたが魔法を使うのはもう見飽きたから」

「有りがたみってものがないのよね」

 ウェンディも同意する。

「そういうこというか、おまえら。命の恩人だろ」

「わかったよ、アッシュくん」

 ピスキーが肩の肌を出して、

「ボクが体でお礼をしてあげるね❤」

「いらねえよ」

 アッシュは端的に拒否すると、モーニングスターを回収して奥へ進み始めた。

「それじゃ、早く行くぞ」

 私たちはその言葉に少なからず驚いた。

「あんた、先に進むつもりなの?」

「当たり前だろ」

「だって、今の見たでしょ。魔物がいるのよ」

「別に来なくていいぞ。俺一人だけでも行くから」

 決別の選択を告げるアッシュに、ピスキーが抱きついた。

「そんなことするわけないじゃないかー❤ ボクはずっとアッシュくんと一緒にいるよー❤」

 言いつつアッシュにしがみ付いて、首筋にキスをする。

 子犬がじゃれ付いているようにしか見えなかったが、アッシュは嫌悪感でピスキーを引き剥がそうとする。

「離れろ! 離れろって!」

「やだー、やだー」

 しかし盲目的な愛情に突き動かされているピスキーは、ドーピングしたスポーツ選手宛ら、引くことを知らずにしがみ付く。

「わかっただろ!? こいつを一秒でもなんとかしたいんだよ! 俺は!」



 そして結局私たちはそのまま先へ進むことにした。私はともかく、魔法をまだ使えないウェンディは引き返すべきだと思ったが、委員長としての義務感からか、同行したのだった。

 いや、正式な委員長は私なんだけど。

 十三階層の〈用具室改め〉地下迷宮の壁や床は、特殊な材質で構築され、それは魔力を吸収する性質を備えている。

 また地下迷宮の構造は巨大な印や魔方陣を象ってあり、つまり巨大な立体複合魔方陣であるそれは、なにかを封印するための魔術儀式を基軸として建設されたことが推測できる。

 地上部分の巨大魔方陣は、この巨大魔法建造物の一端に過ぎない。

 しかし巨大建造物はオズ魔法学園創設の遥か以前に建設された、古代遺跡の一種で、学園創始者であるオズやその他の関係者には直接的関わりがなく、建設に関わる記述や記録の類が一切残っていないため、本来の目的、なにを封印しようとしたのかは不明。

 最奥部にある封印施設には、オズの魔法使いたちが調査に入った時にはなにもなかったとされる。

 ただ地下迷宮の構造と作用に関してはある程度解明されており、その応用として魔法学園創始者である偉大なる魔法使いオズは、一聖紀半前この世界に来訪した異界知性体、魔神ドロシーと三柱の眷属を地下迷宮の最深部に封じ込めるのに利用した。

 魔神ドロシー。

 地獄から来訪した少女。

 その目的は不明だが、その存在は世界中に破壊と混沌を撒き散らしたという。

 疫病、天変地異、天候の急激な変化。

 街一つを、人間を含めたあらゆる生命ごと、エメラルドの結晶に変えたというのは、有名な話だ。

 その魔神を封じている地下迷宮の材質は、その中心軸から半径数十キロメートルに亘って存在する者の魔力を常に吸収し続けているが、極めて微弱であるため生活や生命活動にまったく影響はない。

 吸収されているという事実を知ってもいても自覚、認識は不可能なほど困難だ。

 それでも数万人から数十万人、あるいは数百万人もの人間から吸収すれば膨大な量になり、そしてこの遺跡は蓄積される魔力が指向性を持って放出されるよう設計建築されている。

 そのため魔神の持つ強大な能力は、膨大な魔力圧を相殺することに回され、抵抗し続けているのが精一杯の状態で脱出の余力がなく、百五十年以上この地下迷宮の最深部に呪縛され続けている。

 なぜ都市部の地下に魔神が封じられているのか。封印がなんらかの理由で解除された時のことを考えれば危険ではないかと思うかもしれない。

 だが、それは逆で、魔神ドロシーの弱体化に成功した時、迅速に封印処置を行わなければならなかった。

 少しでも時間が経過すれば、力を取り戻すかもしれない。

 そのために、都市部の地下に封印することになってしまった。

 そして、オズ魔法学園が建設された。

 魔神が封印されていることを隠蔽するために。

 当初は学園といっても名ばかりの建前のようなものだったらしいが、経営担当の手腕が良かったらしく、今では世界最大の魔法使い養成学校になった。

 つまりオズ魔法学園は、魔法使い養成学校であると同時に、魔神を隠蔽する施設であり、そして魔神とその眷属を封じる魔力を提供する人材を確保する封印施設でもある。

 魔法使いの素養を持つ魔力保有者が集う、魔法使い養成学校が地上部分に設置されているのは、魔神封印に理想的な状態だ。

 問題なのは、なぜ学校のクラブが国家機密情報を持っていて、しかも当然のように入部案内に記載しているのかなのだけれど、まあ私たちが知りたかったことはわかったので、良しとする。



「ようするに、解毒剤精製に必要なデビルティアは、魔神ドロシーから直接を手に入れろってことかよ。くそ! ドロシーからどうやって涙を採ればいいんだよ? 一聖紀半前に世界中を恐慌に陥れた魔神なんだろうが」

 私が地図の裏に書いてあった説明を読むと、先頭を進むアッシュは呻いた。

「どんな危険があっても絶対に手に入れてみせるって言ったの、誰だったっけ?」

「覚えてるよ。ちゃんと考えてから発言しないと後悔するってのがわかった」

「いったん引き返して対策を練る?」

 ウェンディが訊ねるが、しかしアッシュは首を振った。

「いや、ドロシーがどういう状態で封印されているのか、それだけでも確認しておきたい。でないと考えることもできないだろ。それに」

 アッシュは、抱きついて離れないピスキーを指差して、

「上手くいけばこいつをドロシーの生贄にして問題が一気に解決できるかも」

「ちょっとちょっと、さりげなく危険な考えを暴露しないでよ」

「冗談だ〈本当か?〉。それよりクレア、その地図に解説、誰が作ったんだ?」

「放課後ダンジョンクラブ。入り口の隣に部室があったでしょ。そこでクラブ活動の宣伝の一環で発行してるみたい。えーと……君たちの眠る力を目覚めさせよう。極限状況で潜在能力覚醒を促進。生存能力の飛躍的向上。誰もが憧れる冒険を今こそ実現。我ら放課後ダンジョンクラブ。パーティー編成、クラスチェンジ、自由。体験入部も可能。ぜひ見学に。だって」

「なんだそりゃ?」

「ようするに、ここで冒険ゴッコをやってるってことだと思うけど」

「ゴッコっていう範疇を超えてるだろ。本物の魔物が出るんだぞ、ここは。なんでだか知らないけど」

「えー、魔物が出る理由は……魔術師連盟がオズ魔法学園と帝国の協定に基づいて、世界中から捕獲したものをここに集めて放してるって。万が一魔神ドロシーが呪縛を解いた場合、少しでも足止めする戦力と、不用意に魔神を解放する人間を妨害させるためにって書いてある。それで、魔物にはある種の精神設定がされて、ある特定の紋章を身につけていれば襲ってこないようにしてある。でも、その紋章に関しては魔術師連盟と帝国の最重要機密事項に分類されている、と。ああ、だから教えてくれなかったのか」

「なに考えてんだよ魔術師連盟の連中? 魔物が役に立つと本気で思ってるのか?」

 その非難に、ふと私はアッシュが監視対象リストに掲載されていることを思い出した。

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