第26話熱血指導開始!


「くかぁー……すぴぃー……トクザ殿ぉ……某はぁ……!」


「くおーら、起きろマイン! 朝だぞぉ!!」


「ふぇ!?」


 俺が声を張り上げ、手にした竹刀で床を叩く。

ソファーで熟睡中だったマインが飛び起きた。

 窓の外はまだ真っ暗で夜明け前である。


「トクザ殿、おはようございます……」


「おはよう! さぁ、走りに行くぞ!」


「ええ!? い、今からですか!? まだ外暗いですよ!?」


「もうみんな外で待っているんだ! これにすぐ着替えて出てくるんだ!」


 俺は「まいん」と胸の辺りにデカデカと書かれた白い上衣と、太ももまで露出させる紺短パン――ブルマー ――を投げ渡す。

 これこそ女子冒険者指導向けに開発されたマジックアイテム、タイソー服だ。


「か、かしこまりました!」


 着替え始めたマインへ背を向け、コテージの外へ出る。

すると、もの数秒でタイソー服に着替えたマインが出てきた。


「おっはよーマインちゃん! 今日から頑張ろうね!」


「おっす! マイン! 今日からあたしらと一緒に強くなろうぜ!」


「おっはーマイマイ! がむばる!」


「もしや、皆さんもご一緒に……?」


 同じくタイソー服姿の三姉妹は、マインへ頷き返した。


「これ、私たちの日課だから」


「な、なるほど」


「キュウ、マイン! 無駄口は慎めぇ! さぁ、まずは準備運動だ! コン、マインにやり方を教えてやれ!」


「はいよ! マイン、一緒にやろうぜ!」


 そうして始まった、走り込みの前の準備運動。

 三姉妹は慣れた様子で、体を柔軟させているが……


「むぅー! ぬぅー……! ま、曲がらない……!」


 マインは前屈ですごく苦労をしていた。

どうやら体が硬いらしい。問題点を一つ発見!


「ほら、ゆっくりで良いからもう少し曲げて!」


「か、かたじけないコン殿……!」


 マインはコンの協力を経て、なんとか体操を終えた。

しかし既にヘトヘトな様子である。

なるほど、基礎体力も少ないか。2点目の問題発見!


「今日の走り込みはこの海岸を往復100回とする!」


「ひゃ、百回!?」


 驚くマインの傍で三姉妹は、


「砂浜で百回かぁ! 走りづらそうで良いね!」


「このなんとも足に負荷がかかる感じ……鍛えがいがありそうだぜ!」


「トーさん! 今日の当番はシン! シンがやるぅー!」


 シンはポインポインと胸を揺らしつつ、ぴょんぴょん跳ねている。


「よし、良い心がけだ。では今日の当番はシン! さっそく召喚を頼む!」


「ほらさー! いでよ、我が戦車! パンツァーゴォー!」


 シンの詠唱を受け、いつもの巨大な荷車が召喚された。

俺はそこへ乗り、シンは荷車の取っ手を握りしめる。


「ま、まさか、シン殿はそれをお引きに……? しかもこの砂浜でトクザ殿を乗せて?」


「そーだよ? きっとこれ、めっちゃ訓練になる!」


 ケロッと答えるシンにマインは苦笑いを浮かべる。

まぁ、初見じゃこれは異常に見えるわな。


「では、走り込み開始!」


「「「おー!」」」


「ま、待ってくだされぇ!」


 次第に朝日が登り出し、海を煌めかせ始める。

 そんな海岸で、背中にカゴを背負って、大きなハサミでせっせとゴミ拾いをしている人影を発見する。


「おはよう、アクト!」


「あ! おはようございます、トクザさん!」


「ここでもゴミ拾いのバイトをしてえらいぞ! がんばれ!」


「はい! 頑張りますっ! 苦学生なんで!」


 アクトの気持ちの良い返事を受けつつ、俺を乗せた荷車は彼女の横を過ってゆく。


「旅先でも日課の走り込みだなんて……ふふ……って、なんか女の子1人増えてない!? まいんちゃんって誰!?」



⚫️⚫️⚫️


「今日の朝食は豪華だ! 午前の特訓のためにも、お前らしっかり食っておけ!」


「「「おー!!」」」


 三姉妹はいろいろな料理が取り放題の朝食ブッフェへ飛びついてゆく。

 朝食ブッフェは旅の楽しみの一つ!

さえもて、俺も適度に頂きますかね。


「うう……気持ち悪い……」


「だ、大丈夫か?」


 どうやらマインは朝の走り込みが応えたらしく、朝食どころではないらしい。


「とりあえず、これでも飲んどけ。バテちまうぞ」


「か、かたじけない……」


 オレンジジュースを渡すと、マインはごくごく飲み干す。

 ちょっとは元気が出たみたいだ。現に、オレンジジュースを飲み干した途端、マインの腹の虫が叫び出している。


「ほら、行ってこい。ここじゃ好きなもんを好きなだけ取っても良いから。東方料理もあるからお前の口にもあうものがあるはずだから」


「ご案内ありがとうございます……あのトクザ殿……」


「ん?」


「なんだか、その……訓練の時とは違って今は凄くお優しいですね?」


「なんだよ、普段からああいうのが良いのか?」


「い、いえ! ……そういうギャップ、ズルいと思います!」


 マインは一方的にそう言って、駆け出した。


 きっと今のギャップって、俺が心掛けている「飴と鞭指導」を指しているんだろう。

訓練は厳しく、それ以外はノホホーンと。

そうじゃなきゃ、メリハリがつかないからな。


 俺は適当に優しめの料理をトレイへ適量盛ると、窓際の席を確保して、4人を待つことにする。


「み、皆さん、朝からそんなに召し上がるのですか!?」


 席に来るや否や、マインは三姉妹のトレイを見て驚いた。

ちなみに彼女は、炊いた米、焼き魚など、東方料理が中心の実に健康的なものだ。


「ま、まぁ、これぐらい食べておかないと持たないかなぁって……っていうか、全部美味しそうだったから……」


 キュウはほんのり頬を赤く染めつつ、そう答えた。

 パンは全種、料理も色々な焼き方の卵やに、様々なハムやチーズ、サラダにデザートも……一つ一つの量は適量だが品数が3人の中で圧倒的だ。


「コン殿はそんなにもお肉を……?」


「いやぁーあはは! 目の前でステーキ焼いてくれるサービスがあったからさぁ! それにほら、肉はパワーの源だし!」


 コンはトレイへこんもり守られた肉の山を豪快に笑い飛ばしている。


「シン殿は……それが朝食?」


「糖分大事! 頭、良く動く! むふー!」


 ヨーグルトはまだ良いとして、ケーキ・菓子パン・フルーツ……シンのトレイも爆盛りだった。

 さすがにこれは栄養が偏りすぎか。後で注意しておかないと。


「そいじゃ全員お手を合わせて! 頂きます!」


「「「頂きます!」」」


「い、頂きます!」


 そうして始まった朝食タイム。

 三姉妹に関しては相変わらず良い食べっぷりだ。


「あ、あの、キュウ殿」


「なに?」


「皆さんは昔からこんなにもたくさん食べているのですか……?」


「ううん、昔は全然。でも、これも先生の指導だから! よく食べて、よく動く――そうして体を作る! 先生の経験値倍化の恩恵もあって、すんごく力になってるんだから!」


 キュウは元貴族らしくナイフとフォークで次々と品数豊富な料理を消化していった。


「そうですか……はぁ……」


「なんだよ、ため息になんて吐いて? もしかしてもうギブアップか?」


 あえてそう言ってみた。

するとマインは強く首を横へ振った。


「まさか! むしろ今までの某が甘かったと痛感していたのです……と、という訳で! お代わり行ってきますっ!!」


 マインは空になったトレイを手に、料理を取りに向かった。

 なんかもう既にお腹いっぱいって感じがしたけど、大丈夫か?


 まぁ、残しちまったら俺が食べれば良いか……


「ちょっとそこの方々。相席良いかしら?」


 誰だい? こんなに空いているのに相席って……


「っていうか、なんでここにローゼンがいるんだ?」


 冒険者ギルドの職員で、行きつけのバーのママであり、更には元パーティーメンバーの【ローゼン】は、有無も言わさず、俺たちのテーブルの一角を陣取った。

 三姉妹は食事の最中であるにも関わらず、会釈をする。

きっと3人の野生の勘が、ローゼンはやばいやつだと思わせているに違いない。


「相変わらずよく食べさせてるわね。この子達をぽっちゃりさんにでもしたいの?」


「食は体作りの基本って、昔お前が言ったんじゃないか」


「あら? そうだったかしら?」


 ローゼンは白々しく首を傾げつつ、爆盛りスクランブルエッグを頬張る。

さすが元爆食い女王のローゼンだ。それでいまだに細身なんだから、こいつの胃袋はアイテムボックスかなにかなのかもしれない。


「で、なんでお前がここにいるんだよ。バカンスか?」


「残念。お仕事よ。ギルドの方の。で、偶然トク達を見かけたから、ご提案しようと思ってね」


「ほうほう。で?」


「標的はズンゴック。地元の猟友会から討伐申請が出てて、まずは下調べの出張に来たんだけど……アンタ達、狩ってみない?」

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