第20話青等級の剣豪 マイン・レイヤー


「いつつ……! 流石に痺れるな……」


 魔力で重力を制御したとはいえ、あの高さから一気に飛び降りたんだ。

若干足がじんわりと痛む。


 だけど自分の足のことなんて、どうでもいい。

俺は急いで周囲を見渡し、隈なく探索をする。


 どこにもサク三姉妹の姿は見つからず、血痕なども見当たらない。

どうやら三姉妹は落下の衝撃でどうにかなってしまったわけではなさそうだった。

覚悟はしていたが、まずはそれが杞憂に終わったことに安堵する。


 だが安心してばかりではいられない。


 ここはもはやダンジョンの下層だ。

 魔物の強さも桁違いだし、主の竜と出会ってしまう可能性も高い。


(無事でいてくれよ、キュウ、コン、シン!)


 俺は地を蹴り、ダンジョン下層へ踏み出して行く。


 そして闇の向こうに火花が浮かび、剣戟音が響き渡ってくる。


「こ、こいつ、魔物の癖に某と渡り合うだと! ――ちぃっ!」


 回廊の先にある石室では、俺と同じ職業のあどけない顔をした剣豪が必死に刀剣を振り回している。

 相手は剣を扱う上位種の魔物ブラックリビングアーマー。

剣豪の太刀筋を見るに、大部実力差があるらしい。


 出会えたのが三姉妹の誰かで無いことは残念。

だけどここで冒険者に出会えたことはある意味僥倖だ。


 俺は刀剣を腰の鞘へ一旦収める。

 そして魔力を一気に解放した。


「そこの剣豪! 死にたく無いなら下がれ!」


「――!?」


 おー、迷わず下がった! 良い勘をしてる剣豪じゃないか!

 あいつはきっと良い冒険者になるぞ。


 と、感心するのはそこまで。


 意識を再び腰の刀剣へ集中させる。

そして足に紫電を纏わせながら、ブラックリビングアーマーへ目掛けて飛んだ。


 神速で抜き放たられた刀剣が、ブラックリビングアーマーを真っ二つに両断し、撃破する。


「鬼神流――鬼神猛撃剣……さすがにいきなりはきつかったか……!」


 腕と足に強い突っ張りを感じた。

 やっぱり10年ぶりの奥義発動は無茶振りだったらしい……。


「す、すぅ……すっごぉぉぉい!!! 今の鬼神流ですよね!? 一子相伝の! あの伝説の!」


 さっきまで戦ってた剣豪の子、めっちゃはしゃいでる?


「おっと、恩人に名乗らず失礼仕った! 某は【マイン・レイヤー】 青等級の冒険者で、貴方と同じく剣豪を飯の種にしている者です!」


「そ、そうか。俺はトクザっていう」


「トクザ殿! なんと勇ましいお名前ではないですか! ありがとうございました、トクザ殿!」


 すっげぇ目をキラキラさせてるよ。

 裏表のないピュアな少年? なんだろうな。

 でもこういう奴って嫌いじゃない。


「ところでマインさん……」


「某ごとき若輩者に"さん"付けなど畏れ多いこと! 【マイン】とお呼びください!」


「わ、わかった」


「いやぁ、しかし、本物の鬼神流がこの目で拝める日が来るとは……ああ! お腹がキュンキュンするぅ! はぁ、はぁ……!」


 なんか随分と変わったやつだな……しかし悪人ではなさそうだ。

ブラックリビングアーマーに苦戦してたとはいえ、ダンジョン下層でこの余裕なのだから、もしや……


「マイン、この辺りで顔が似ている3人の娘を見かけなかったか? 紅等級の弓使いと戦士と魔法使い」


「三人娘……ああ、さっき上から落っこちてきた子達ですか?」


「ッ!! そうだ!! 無事なのか!? どうなんだ!!」


 俺は気づけばマインへ飛びかかり、肩を掴んで叫んでいた。


「無事ですよ! 某も検分しましたが、軽く体を打った程度でした。おそらく、混じっていた魔法使いが減速魔法でもかけたのでしょう」


「そ、そうか……良かった……」


 とりあえず3人の無事がわかったから良しとしよう。

再会したらまずは、無茶したことをきちんと叱らないと。


「今、パルディオス殿とご一緒にいらっしゃいます。ご案内しましょうか?」


「パルディオス……まさか、勇者パルディオス・マリーンのことか!?」


「そうですとも! 何を隠そうパルディオス殿は某の今の主であります!」


 幸か不幸か、例の行方不明パーティーとも出会えてしまった。

 サク三姉妹って、結構持ってるんだなぁ、と思ったりした、俺だった。


「すぐに三姉妹のところに案内してもらいたい。頼めるか?」


「もちろんですとも! さぁさぁ、行きましょう、トクザ殿!」


 すっかり馴染んだマインと共に、俺はダンジョンを歩き始めた。


「ところでマインはあんなところで、1人で何をしていたんだ?」


「アイテムドロップを狙おうと思いまして! 我ら、お恥ずかしながらアイテムが底をついてしまい、ろくに回復ができない状態なのです!」


「なんだそりゃ? 明らかに準備不足じゃ?」


「いやーあっはは……面目次第もございません。モンスターハウスに三回も出会ったのはありますが、パルディオス殿が荷物は少ない方が軽くて楽と仰いまして……あと、色々とトラブルも……」


 どうやらマインもパルディオスには思うところがあるらしい。

あいつ、もう勇者なんて名乗ってちゃダメなんじゃないのか?


 その時、不穏な空気が肌を撫でた。

 俺は気を引き締め、臨戦態勢を取る。

マインも、それまで浮かべていた朗らかな表情を、戦うもののソレへ変えた。


 闇の奥から剣を持ったボーンファイターが続々と出てきている。


「行きましょう、トクザ殿!」


「ああ!」


 俺とマインは迷わず、敵の中へ突っ込んでいった。


「つあぁぁっ!」


 マインは気合の篭った掛け声と共に、太刀でボーンファイターを切り捨てた。


 良い太刀筋だ。さすがは青等級の剣豪。

久々に良い太刀筋をみて興奮した俺も、熱い衝動に突き動かされるように剣を振るい始める。


「おらぁー!」


 俺の太刀筋を受け止め、ボーンファイターは嬉しいのか顎をカチカチさせている。

だけどこれは予想の範囲内というか、狙ってやったこと!

現に、ボーンファイターの足元はガラ空きだ。


「刀剣だけが俺の武器って思うんじゃねぇ!」


 靴底をボーンファイターの脛へ目掛けて放った。

 骨が砕け、敵の体勢がぐらりと揺らぐ。

 その隙に背中から刀剣を叩き込み、二度と立ち上がれないよう粉々に砕いた。


これぞ鬼神流の極意――千変万化必殺攻撃……ようは、鞘を武器にしても、殴ってでも、蹴ってでも良いから対峙した相手は必ず倒せという訓えだ。


 俺は刀剣を主にしながらも、敵を時には殴り、時には蹴って、また歩き時は投げ飛ばしつつ駆逐して行く。


 久々にこうして暴れ回るのって気持ちが良いもんだ。

さてさて、こっちはだいぶ落ち着いてきたし、マインはどんな様子で戦っているかな?


「はぁ、はぁ……てやぁぁぁー!」


 鋭いマインの太刀筋は、ボーンファイターの剣に受け止められた。

 どうやら膂力が足りず、相手を押し負かせられないらしい。

マインは、フッと力を抜いて後ろへ飛び下がり、体勢を整え直す。


 なるほど、マインが苦戦している理由がわかった。


「つぁぁぁぁ! くそぉっ! ……はぁぁぁぁっ!」


 どうやらマインは非常に真面目な剣豪なようだ。

 刀剣のみで相手を倒そうとしているらしい。

そりゃ手間がかかるわけだ。


 ここであんまりのんびりしているわけにも行かないし、サービスしときますかね!


「くぅっ! またしても! 某はどうしたら……!」


 またしてもマインの斬撃はボーンファイターに受け止められた。


「マイン! 鞘だ! 鞘で足を!」


 俺は短くそう叫ぶ。

 一瞬、マインは戸惑いの表情を浮かべた。

しかし次の瞬間には、刀剣から左手が離れ、腰に差した鞘を握りしめている。


「らぁぁぁあー!」


 バキン! と、マインの鞘が、がら空きだったボーンファイターの脛の骨を砕いた。

 ボーンファイターはグラリと態勢を崩し、倒れだす。


「そのまま頭を足で踏み抜けぇー!」


「うわぁぁぁぁ!!」


 マインは獣のような声を上げながら、自分の足をボーンファイターの頭へ叩き込む。

 頭を失ったボーンファイターは、それっきりピクリとも動かなくなった。


「あ、あれ? あっという間に倒せちゃった……?」


「よくやったぞ、マイン!」


 俺はマインへ背中合わせに並び、まだ居る敵を睨みつける。


「これが鬼神流の極意――千変万化必殺攻撃! ようはどんな状況でも、あらゆる手段を使って敵を確実に倒せってことだ!」


「これが鬼神流の極意……ありがとうございましたトクザ殿! 心得ました!」


「じゃあ、ここをさっさと切り抜けるぞ! 早く、三姉妹のところへ案内してくれ!」


「承知!」


 俺とマインは鬼神流の極意のもと、次々とボーンファイターを倒してゆくのだった。



⚫️⚫️⚫️



「はぁ……もうどうしよう……せっかく、5200万Gを見つけたのに……」


「姉貴、今悩むのそこじゃないだろ……」


「大丈夫! シンががむばる!」


「お前ら、そこでなにやってんだ!」


 俺は石室で蹲っているサク三姉妹へそう叫んだ。

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