第5話カニ、カニ、うじゃ、うじゃ。


「んー……はぁ! んん……ト、トーさん、どお? シンの気持ちいい……?」


「お、おう……やべぇ……はぁ……うくっ!」


「はぁ、はぁ……嬉しい……! シン、トーさんのためにがむばる……!」


「う……あああ!! い、っくぅ……!」


「あ、あ朝っぱらからなにやってやがんだ! 飯だぞ、飯!!」


 コンの怒り恥ずかしい声が響き渡り、シンの肩揉みサービスは終了となるのだった。

相変わらず、コンはピュアな奴だなぁ。


「うっし、飯にすっか!」


「おー!」


 かくして俺とシンは寝室から、居間へ向かってゆくのだった。


「おはようございます先生! お飲み物はどちらになさいます?」


「そうだなぁ……じゃあ、コーヒーで。ブラックね」


「はい!」


 キュウは手際良く、コーヒーと淹れ始めた。

 ものすごく手際がいい。

 そういやこの子は、給仕さんたちに混じって、よくこういうことしてたよな。

その度に給仕さんたちが「お、お嬢様! お戯れを!!」なーんて、慌ててたっけ。


「そいじゃ全員背筋を伸ばしてー!」


 俺の一声で、食卓についた三姉妹はぴーんと背筋を伸ばした。

 そして大きな音を立てて合掌!


「頂きます!」


「「「頂きます!!!」」」


 俺の実家伝統の"食べ物への感謝の言葉"を述べて、朝食が始まった。


「ど、どうだ、今日のは……?」


「もぐもぐ……美味い!」


「そうか! 良かった! へへ……!」


 やっぱりコンが焼くパンは美味いね。

少し男っぽいところはあるけど、実は物凄く料理上手なのがコンの魅力だ。

小さい時も、一緒にお料理コンテストに出て優勝したもんなぁ。


「トーさん、これ!」


「お、新作……って、なんだぁ、この毒々しい色……?」


 シンが渡してきたのは、瓶詰めされた変な色合いのジャム。


「大丈夫。味は保証する」


「そ、そうか……はむ……おっ、こりゃ……うめぇー!」


「がむばった! えっへん!」


 シンが作るものは全部変な色をしていたり、変な見た目だったりするんだけど、味や性能は一級品ばかり。

この子は昔から手先が器用だったからなぁ。


 と、これが俺の今の日常だったりする。

ちなみに今日で通算3日目。3日も経てば、どんなに奇妙だろうとも、新しい日常には慣れてくると言うもの。


まぁ、唯一の難点と言えば……


「せ、先生! ストップ!」


「ま、待ってくれ! すぐに済ませるから!」


「裸、裸、きゃっほー!」


 どうやら部屋を仕切る厚いカーテンの向こうで、三姉妹でお着替え中だったらしい。


 この借家の間取りは居間と一部屋のみである。つまり1LDK。三日前まで男の一人暮らしだったからね。

だから3人へ与える余分な部屋がなかった。

 一部屋は俺の寝室となっているので、三姉妹には居間をカーテンで区切り、その半分を専用スペースとして使ってもらっている。


 だからトイレへ行くためには、カーテンの向こうに行かねばならず、割と面倒だったり。

今更ならが、この区切り方は間違えたと思った。

まぁ、トレイ中に間違えて入ってしまうトラブルを回避するために、こういう分け方にしたんだけどもね。


 そのうち、引っ越しも考えた方がいいかもなぁ……そんなお金があれば、だけど……


「よぉーし、お前ら! 今日からはがっつり稼いでもらうからな! 頼んだぞ!」


「「「はいっ!!!」」」


 俺はサク三姉妹を引き連れて、3日振りにクエスト攻略へ乗り出してゆく。

 

 家でぼぉっと、三姉妹と面白おかしく過ごすのもいいけど、悠長にそんなこと言っている場合ではなかった。

なにせ、この三姉妹は多額の借金を抱えている。この借金を返さないと、いつまで経っても俺へ金が回ってこないのだ。


だから三姉妹にはどんどん強くなってもらって、ガンガン稼いで貰わねば!


「先生、今日はどこへ行くんですか?」


「ダンジョンに潜ろうかなと。最近、いい稼ぎになる魔物が多いからね」


「ダ、ダンジョンって……暗いんだよな……?」


 コンは顔色を青くして、ブルブル震え出している。

たしかコンって大きな身体して、暗いところが苦手だったけ。


「闇はシンの住処! きゃっほー!」


 対するシンは暗いところが大好きなので、妙にハイテンションだった。

 こりゃ、今日の重点指導対象はコンで決まりかな。


「きゃぁぁぁ!!」

「な、なんだこれ!?」

「カニ、カニぃぃぃーー!!」


……なんか、訳の変わらない悲鳴が聞こえてきた。そして道の向こうからうじゃうじゃと……



「「「「カ、カニぃー!?」」」」


 道一杯にボール程度の大きさのカニが溢れかえっていた。

 そりゃもう気持ち悪くなるくらい。

 そして街から出るには邪魔である。


 まぁ、この数だし、塵も積もればなんとやらか。


「よぉーし、お前ら! クエスト前のウォーミングアップだ。目の前のカニを蹴散らすぞ! てぇー訳で、まずはキュウ!」


「はいっ!」


「お前は弓を使わず、短剣で戦うんだ」


「なるほど、この機会に副武装のスキルを習得させるんですね。さすがは先生!」


 こう言う時、察しがいいのは大変助かる。


「コン、お前は盾の扱い方だ。その辺に転がってる板を盾に見立てて、相手の攻撃を防ぎつつ、倒して行くんだ!」


「はいよ! えーっと、どこかに板は……これで良いや。おらぁー!」


 コンはその辺に転がってた三角看板を真っ二つに割って、盾にした。

相変わらず豪快なやつだなぁ……。


「シンは杖で敵を叩いて倒せ! この機会に物理攻撃手段も獲得するんだ」


「おー! がむばる!」


 シンは杖を棍棒のように構える。


「よぉーし! いけぇー!」


「「「わぁぁぁぁ!!」」」


 三姉妹は勢いよく、カニの群れへ飛び込んでゆく。


「カニは節が切りやすい! それそれそれぇー!」


 キュウは鮮やかな短剣捌きで、カニをどんどん切り裂いてゆく。

徐々に手捌きが鮮やかになってきている。


「おっと! んなもん、効くかぁ!」


 コンも板で上手く蟹の爪を防いでいた。

段々と相手の動きを先読みして、防げるようになってきている。


「潰れる、へへ……気持ちいい! へへへ……!」


 シンは薄ら笑いを浮かべながら、杖でカニを叩いていた。

辺なスイッチを入れてしまったのかもしれない……。


 サク三姉妹は、それぞれが得意とする攻撃手段を封じつつも、順調にカニを駆逐していた。


 おっ? 3人ともLevelが一気に5もあがったな。

上出来上出来。


 と、感心していた俺の脇でザッバァーンと水柱が上がった。

 脇の川から巨大な何かが現れて、俺を黒々とした影が覆ってゆく。


「あー……マジか……親玉もいたのね」


 危険度C キングクラブーーようはでっかいカニ。

もちろんエリアボスクラス。

 どうやら突然のカニの大量発生は、こいつが原因っぽい。


 キングクラブはギョロリと目を動かして、俺を見ている。

 たぶん、俺を狙っているっぽい。

 さすがにサク三姉妹をこちらへ呼び戻すほどの時間はなさそうだな。


「やれやれ……やるっきゃないかねぇ……」


 俺は腰を落とし、心を鎮めた。

感覚を研ぎ澄まし、目の前の巨大なカニを睨みあげる。

この間まではすっかり失っていた"覇気"のようなものが蘇っているような気がした。


 そんな俺へ、キングクラブは恐れることなく爪を振り落としてくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る