第4話 ギャルは小さいものが好き
というわけで美羽の調律は桃ちゃんに一任することとなった。
そんな桃ちゃんの調律作業を遠目に眺めていた俺だったが、桃ちゃんは美羽の頭をポカポカと叩いたり、首の角度を調節したりと、なかなかのあら治療を行っていた。
いや、本当にあんなので治るのか……。
と、そんな調律作業を心配しながら眺めていた俺だったが、どうやら美羽は徐々に調子を取り戻したようで、桃ちゃんほか数名の女子生徒と会話をしながら校舎の方へと歩いていったので、とりあえず修理は成功したようだ。
美羽たちの姿が見えなくなったところで、俺はあらためて校庭へと戻ると自分がどのクラスに振り分けられたのかを確認する。
どうやら桃ちゃんも美羽も俺と同じクラスだった。さらに言えば担任は教師部門で留年した榊七菜香女史だった。
校舎へと入ると2年の教室が並ぶ3階へと上がる。
当たり前だが、3階には2年の生徒たちでごった返している。そんな光景を目の当たりにして俺の中で留年の恥ずかしさが再びこみ上げてくる。
やばい……恥ずかしい……。
さっきまでは美羽の故障により一時的に恥ずかしさが落ち着いていたが、今になって教室に入るのが急に怖くなってきた。
みんなに笑われるのだろうか? いや、笑われるに決まってるよな。
あぁ……胃が痛い……。なんて、お腹を抑えながら廊下の端で立っていると廊下から生徒の姿が一人また一人と消えていく。スマホを確認すると始業まであと3分ほどだ。
そろそろ教室に入らないとマズい。けど……はずかしい……。
なんて一人尻込みしていると、ふと「あれ? 文也?」と誰かが俺の名前を呼んだ。
声のしたほうへと顔を向けると、そこには見覚えのある女の子が立っていた。
「ん? ……なっ……み、美咲っ!?」
ブレザーの内側に無駄に丈の長いカーディガン、さらにはこっちは無駄に丈を短くしたスカートを履いた如何にもギャルという風貌のその少女。
彼女は学生鞄をダルそうに担いで栗色のロングヘアを揺らしながらこちらへと歩いてくる。
「やっぱり。ってかあんたこんなところでなにやってんの? ここ2年の廊下なんだけど……」
と、彼女は少しトーンの低い冷めたような声で俺に尋ねる。
どうやら彼女は本来3年に進級しているはずの俺がここにいることに疑問を持ったようだ。彼女は俺のすぐそばまで歩み寄ってくると無駄にぱっちりの瞳でじろじろと俺を見つめた。
それはさながらカツアゲ現場である。
彼女はありていな言い方をすれば俺の幼なじみである。正確に言えば幼い頃からの美羽の友人なのだが、俺とも腐れ縁のような関係を続けている。
ちなみに恥ずかしくて彼女にはまだ留年のことは伝えていなかった。
「私の話、聞こえてる?」
と、なかなか返事をしない俺に少しいらっとしたように美咲が尋ねる。
「え? ま、まあ、ちょっと諸事情があってな……」
「諸事情? なにそれ? ってか、そろそろ教室はいらないと遅刻するよ? 三年ってたしか新校舎の方だった気がするんだけど」
「そうっすね……」
だけど三年の教室が新校舎にあること、今の俺にはまったく意味のない情報なんだよ。
と、俺が曖昧な返事をしていると、彼女はふと俺のネクタイの色に気がつくと「あれ?」と俺のネクタイを掴んだ。
いや、だから傍から見たらカツアゲなんだよ……。
「あんたなんで緑のネクタイ巻いてんの?」
「いや、それは……」
「もしかしてあんた留年したの?」
と、そこで彼女はようやく俺が留年したことに気がついたようだ。
あ~恥ずかしい……。
俺はそんな指摘に目をきょろきょろさせると必死に言い訳を考える。
「なんというかその……試験の日に熱が出ちまってな。それでテストが受けられなかったんだよ」
が、そんな小学生レベルの言い訳に彼女はジト目で俺を見つめてくる。
「いや追試とかあるでしょ」
「その追試のときはお祖父ちゃんがなくなってその葬式でな……」
「いや、今朝あんたのお祖父さんにエロい目で見られながら挨拶されたけど。ってかあのエロ親父はまだしばらく死なないでしょ」
「そ、それもそうだな……」
あ、ちなみに俺の祖父ちゃんは近くに住んでいるエロじじいで、道行く女性を嘗め回すように眺める悪癖がある、美羽曰く西塚家の恥と呼ばれている老人である。
さすがに言い訳に無理がありすぎた。なんて考えていると美咲は「はぁ……」と呆れたようにため息を吐くと俺のネクタイから手を放した。
「まあ、なんでもいいけどさ。……ってかあんた何組なの?」
「え? いちおう2組だけど」
「私と同じクラスじゃん……」
と美咲は再びため息を吐くと俺をおいて教室の方へと歩いていく。が、少し歩いたところで足を止めて振り返る。
「ほらついてきなよ。どうせ、留年が恥ずかしくてなかなか教室に入れないんでしょ? 私が一緒に教室に入ってあげるって言ってんの」
どうやら俺の胸の内は美咲にバレバレのようだ。
俺は頼もしすぎる美咲に心の中で『一生ついていきます』と舎弟宣言をすると、彼女のもとへと歩み寄った。
※ ※ ※
といわけで美咲の親分と二人で俺はようやく教室へと入った。すると、予想通り多くの生徒は教室に入ってきた見知らぬ生徒に少しざわついたが、美咲がぎろりと教室を睨むとざわつきは一瞬で静まり返る。
さ、さすがっすわ……。
と、美咲の親分の凄みに感心していると、ふと教室の奥から小柄の可愛らしい女子生徒がこちらへと歩いてくる。
桃調律師だ。
「美咲おはようっ」
と、こちらへと歩いてきた調律師は親分を見上げると愛らしい笑みを浮かべた。すると、美咲は何故かわずかに頬を染めると「う、うん、おはよう……」とさっきよりも高いトーンで挨拶を返した。
ん? 親分どうしたんすか?
と、少し様子のおかしい美咲を眺めていると、桃ちゃんは今度は俺へと顔を向けた。
「お兄ちゃん、美羽ちゃんはかなり落ち着いたみたいです」
と、修理作業の作業報告を行った。
そこで美咲が何やら冷めた目を俺に向けてくる。
「え? あんた桃にお兄ちゃんって呼ばせてんの?」
「いや、俺にそんなことさせられる勇気があると思ってんのか?」
「まあ確かに。あんた妹いる癖に女の子と話すの苦手だもんね」
「美咲ちゃん、一言余計だぞ」
と、何故か疑惑を否定しただけなのに、ディスられる俺。
そんな俺と美咲を不思議そうに交互に見やると首を傾げた。
「お兄ちゃんと美咲ちゃんってお知り合いなんですか?」
まあ確かに桃ちゃんが疑問に思うのも無理もない。普通に考えてこんな冴えない男子生徒とギャルが知り合いだなんて誰も思わないだろう。
「ああ、美咲は昔から幼馴染なんだよ。こいつはこう見えて小さい頃はやんちゃ坊主みたいな性格してたらからよく遊んだんだよ」
と、事実をありのままに説明すると美咲が俺のつま先を思いっきり踏んできた。
「いてっ!!」
と美咲を睨むと、美咲は耳元に唇を寄せると「あんた桃に余計なこと吹き込んだら殺すから……」と脅してきた。
いや、俺は事実を伝えただけだ……。
「美咲ちゃん、そのヘアピンよく似合ってて可愛いね」
と、そこで桃ちゃんがふと美咲のヘアピンに視線を向けて愛らしい笑みを浮かべる。
すると美咲は照れるように頬を真っ赤にすると桃ちゃんから顔を背けた。
「え? あ、こ、これはその……駅前の雑貨屋で見つけて安かったから買っただけで……」
と、さっきまでの威勢のよさが嘘のように弱々しくそう答える美咲。
そんな彼女を眺めながら俺はふと思い出す。
そういうやこいつ、こんな性格だけど、昔からハムスターとか小動物が大好きだったよな……。
なんか今のこいつの顔、こいつが幼い頃に飼っていたハムスターを見るときの顔と同じなんだけど……。
どうやら美咲の目には桃ちゃんが可愛い小動物か何かに見えているようだ。
「それ駅前に売ってるの?」
「う、うん……よ、よかったら放課後一緒に買いに行く? 桃がつければ私なんかよりももっと似合うと思うし……」
「そんなことないよ。美咲ちゃん凄く似合ってて可愛いよ」
「はわわっ……」
と、完全に桃ちゃんにメロメロの美咲はそんな桃ちゃんの言葉に昇天しかけてふらつく。
「お、おい……美咲、大丈夫か?」
そんな美咲を心配して声を掛けると、彼女は頬を真っ赤にしたまま俺を睨んだ。
「う、うるさい……私のこと見んな。殺すぞ……」
こっわ……。
が、桃ちゃんの方は美咲がメロメロになっていることに気がついていないようで、不思議そうにしばらく美咲を眺めていた。
「じゃあ放課後は美羽ちゃんも誘ってみんなでショッピングしようよ。お兄ちゃんも放課後はお暇ですか?」
「え? 俺?」
「はい、せっかく同じクラスになりましたし、私もお兄ちゃんのこと知りたいです」
ということで急遽、放課後にみんなでショッピングをすることになった。
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