第29話 悪評上等

「この宿の……!?」


 俺が何をされようと、何を言われようと別に構わないと思っていたけど、関係のないこの宿を巻き込むわけにはいかない。


 だからといって、ここで大人しくなったらこいつらの思うつぼなのはわかりきっている。どうすれば……どう反撃すればいい!?


「お、急に大人しくなったじゃんウケる~! そうやってれば可愛がってあげるって言ってんのに、馬鹿な男だわ~」

「ね~! こんな良い女に話しかけてもらえるだけでラッキーだってのにな! ギャハハハハ!」

「くっ……俺になら何をしても良い。だから東郷さんやこの宿を巻き込むのだけは……」

「急にナエポヨになってんじゃんウケる~! それじゃ、とりあえずウチらの部屋に行こっか? 大丈夫、ちょっと遊んで証拠写真を撮るだけだからさっ!」


 そう言いながら、摩耶と沙耶は俺の両腕をがっしりとホールドすると、胸元を腕に押し付けてきた。


 これはマズい。非常にマズい。このまま部屋に連れていかれたら、何をされるかわかったものじゃない。早く、早く何か打開策を――


「おやまあ、掃除をしてる雄太郎に差し入れに来たら随分と面白い事になってるねぇ」

「え……百合おばさん!?」


 このままでは連れていかれると思った矢先、宿の中からペットボトルを持った百合おばさんがやって来た。


「話は聞いてたよ。うちの可愛い甥っ子に、随分と舐めた事をしてくれたもんだねぇ」

「は? ババアには関係ないだろ? 引っ込んでろよ!」

「あんたらの言い争いには関係ないね。だが、ウチの宿を脅しに使うようなら話は別さ。何百年も続いたこの宿を潰すような真似を、見過ごすわけにはいかないからねぇ……なんて偉そうに言ったけど、いいよ。悪評でも何でも好きにしな」


 百合おばさんはニッコリと笑いながら、悪評を肯定した。


 てっきり悪評なんて流すな! なんて言うと思っていたのに、まるで真逆な事を言うせいで、俺もギャル二人もポカンとしてしまった。


 どうしよう、なぜ百合おばさんは宿に不利益になるような事を推奨するような事を言っているのか、全く理解できない。そこは普通止めるところだろ!?


「はぁ? ババア、もうボケちまってんのか? ウケる~!」

「あんたらみたいなクソガキが流す悪評の一つや二つで、何百年も続く宿が傾くと思ってる方が、よっぽどお笑い種ってもんだよ。ほら、さっさと流してみろよガキ共!」

「うっ……!」


 今までにこやかだったのが、まるで地獄から這い上がって来た鬼のような形相で怒鳴ると、流石のギャル二人もビビったのか、俺から離れて小さく震え始めた。


 百合おばさん、怒ると死ぬほど怖いのはわかってたけど……ここまで怒ったのは初めてみたかもしれない。


「どんな育て方をされたのかは知らないけど……出来もしねえ事を言うんじゃないよ。あと……あんまり大人を舐めんじゃないよ!!」

「くそっ……筋肉も司も、あとババアもぜってー許さねーから!! 沙耶、いこ!」

「う、うん!」


 百合おばさんに圧倒されてしまった二人は、顔を青ざめさせながら、逃げるように去っていった。


 とりあえず窮地は脱せたと思うけど、最善の方法だったとは思えない。これではありもしない悪評が広められてしまう。そうなったら……俺のせいで、この宿の人達に迷惑をかけてしまう。


「あ、ありがとう百合おばさん。助かったよ。それと……ごめん、変な事に宿を巻き込んで……」

「なーに気にしなくていいわよ! 可愛い甥っ子と、将来の嫁さんのためにってね!」


 嫁さんって……東郷さんと俺はそんな関係じゃないんだけどな。


「真面目な話、謂れのない悪評なんてこれまでに流されまくってるから、全く気にしなくていいわよ。そもそもあんな小娘如きの悪評で潰れる程、ウチの宿は軟じゃないわ! 伊達に長年経営してないってね!」

「……百合おばさんは強いな。俺もそれくらい強くなりたいよ」

「そんな筋肉の塊になってすごく強くなったのに、もっと強くなりたいわけ?」

「いや、肉体的な話じゃなくて……」

「わかってるわよ。本当にあんたって子はクソ真面目ねぇ」


 真面目に答えたつもりだったんだけど、なぜか百合おばさんに肩をすくめながら笑われてしまった。


「今言った強さって言うのは、肉体じゃなくてメンタル。一人の人間のために、そんなに怒れたり体を張れるっていうのは、強い人間の証拠って事よ」

「そういうものなのか?」

「そうよ。なかなか出来ない事よ? 雄太郎はもう少し自分の強さを自覚するべきだと思うわよ」


 メンタルか……昔に比べれば確かに強くはなったと思うけど、それでもイマイチ強いって自覚は無い。相手が強くても果敢に挑んでいたヒーローの彼に比べれば、俺なんか足元にも及ばないって思ってるさ。


「まあ体を張りたくなる気持ちもわかるわ~! 司ちゃん、可愛いし良い子な感じだし。雄太郎が好きになるのも無理ないわ。さっさと結婚しちゃいなさいよ」

「好きなのは確かだけど、俺と東郷さんはそんな関係じゃないって」

「あんたはそうかもしれないけど、司ちゃんはそう思ってないかもしれないじゃない」

「え……?」


 そうじゃないって……俺は東郷さんが好きで、友達と思ってるけど……まさか、東郷さんは仕方なく俺に付き合ってくれているだけとか!? もしそうだったらかなりショックだ……。


「た、確かに……友達と思ってるのは俺だけかもしれないよな……」

「そういう事よ」

「うぐっ……つ、つらいけど……東郷さんの事を考えるなら、もう少し距離を置いた方がいいのか……」

「は? 雄太郎、あんた何勘違いしてるのよ」

「だって俺と同じ様に思ってないって言ったじゃないか」

「……はぁ~……そうじゃないわよ。あんたは友達として見てるけど、司ちゃんは恋愛対象として見てるかもって言ってるのよ」

「れっ……!? はぁ!?」


 恋愛って、あの恋愛だよな!? 東郷さんのような魅力的な女子が、俺のような男をそんな目で見るなんてありえないだろ!


「ないないない! こんなつまらない筋肉野郎の事なんか、好きになる要素無いって!」

「それはあくまで雄太郎の考えでしょ? 司ちゃんはどうして自分と同じって言いきれるの?」

「そ、それは……」


 確かに百合おばさんの言う通りだ。でも……だからといって、じゃあ東郷さんは俺が恋愛対象として好きだ、なんて断言はできない。


「あんたは司ちゃんを守りたいって思ったんでしょ?」

「当然。まだ知り合って間もないけど、東郷さんが望むなら一緒にいるし、友達として守ってあげたい。俺としても一緒にいて楽しいしな。でも俺、いつも距離感近くて、顔を真っ赤にして怒らせちゃうんだ」

「ふーん。どう考えても、あんたに近づかれて照れてるだけにしか思えんがなぁ。ま〜あれだ、あんまり宙ぶらりんな状態が続いてると、つらくなるのは司ちゃんなんだからね」

「…………うん」

「あー言い忘れてた。雄太郎のその気持ちも、本当に友情なのか? よく考えてみな。人生の先輩からのアドバイスさ」


 何とも意味深な言葉と水の入ったペットボトルを残して、百合おばさんは宿の中に戻っていった。


 いきなり恋愛なんて言われても……俺は女子を好きになった事なんてないし、異性を好きになるという感情もよくわからない。家族の事が好きだっていうのと何が違うんだ?


 それに、俺の友達と思っていたこの気持ちは、全くの別物だったって言うのかよ……じゃあこの気持ちは一体……!?


「……東郷さん」


 助けを求めるように、星々が煌めく夜空に彼女の名前を投げるが、当然返してくれる者はいない。


 好きになるって何なんだ……? 俺が東郷さんを守りたい、一緒にいたい、友達だって気持ちがそれなのか……? それに、東郷さんは俺の事をどう思ってくれているんだ……?


 ――わからない。俺みたいな筋肉馬鹿には、あまりにも難解な問題だ。



――――――――――――――――――――

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