青龍君によるコンタクトレンズ談義

ムタムッタ

長野遥 初めてのコンタクト

第1話 キリン眼科

※この物語はフィクションです。また、物語には筆者の独断と偏見を交えた内容がありますのでご了承ください。コンタクトレンズ購入の際には眼科の受診をおすすめします。





「は? コンタクトを買いたい?」

「は、はい………ここの眼科はコンタクトレンズの処方もやってるってネットに書いてあったので………」

「あー………まぁな。つーか眼科は隣な」


 とある店、『キリンコンタクト』の店内受付。特に何か特殊な材質でもなく木目調のそこへ不機嫌そうに肘をつき、来訪した黒縁眼鏡で黒髪の少女に対して不躾な返答をする人物が、一人。


「え、でもここじゃ………」


 不安げに少女は辺りを見渡す。すると受付の人物は大きくため息を吐いて受付から身を乗り出した。


「あのな………入ってきたドアに書いてあったろ………『コンタクトレンズをお求めの際はまず眼科受付までどうぞ』って。最近のガキは文字も読めねぇのか」


 線の細い輪郭に端正な顔立ちの青年。切れ長の、鋭く透き通る蒼穹のごとき瞳。誰がどう見ても美形と表すような容姿に、濡羽色ぬればいろの髪。そして—————


 ——————こめかみの少し上から生える、太い枝のような二本の角。


「ここはコンタクト販売の店! まずはあっち!」


 苛立った様子でその人物は隣の建物『キリン眼科』を指差した。


「分かったか? まずはあっちで診察を受けて来い!」

「は、はい!」


 少女は急いで店を後にする。角を生やした人物は、邪魔者がいなくなったと言わんばかりに椅子へもたれる。


「………ったく、何でこのオレがこんなこと…………」

「せーいりゅーくーん?」


 店の奥から、女性の声。ほがらかな呼び方とは裏腹に、背筋をぞくりとさせる。

「な、何でしょう院長殿」


「せっかく来てくれたお客様にずいぶん丁寧な接客ねぇ?」


 照明に映える純白の白衣に、さらに輝く金色の長髪。院長と呼ばれたのはこれまた美人と形容できる背の高い女性だった。院長は受付の「せいりゅう」という人物の角を両手で握り頭をシェイク。


「温情で置いてるんだからもっと優しく人間に接しなさぁい!」

「あばばばば、わかた、わかりまし、た!」


 眼を回したあとで、「せいりゅう」は反省する。そうだ、気を抜いたらこの女にやられる、と。


「もぅ、適当にやってると帰れないわよ、青龍君?」

「へいへーい」


 適当な返事をした後で、再度頭を振り回されたことは言うまでもない。


※ ※ ※


「うん! 眼の状態も問題ないし、眼鏡もちゃんと合ってるもの使ってるわね。大丈夫よ、…………それにしてもごめんなさいねぇ? この子人間相手に常識無くて」


 キリン眼科・診察室。薄暗くなった部屋の中で、院長の麒麟が先刻の少女へ謝罪する。その後ろで、青龍は気まずそうに少女から目を逸らしていた。


「あ、いえ。ちょっとびっくりしちゃって………」


 そもそも『人間相手』、という言葉と、眼前にいる角の生えた青年がなぜコスプレをしているかということに少女はやや混乱を隠せないでいた。


「ほーら、青龍君も謝りなさい」

「あ? …………あー、すんません」


 黒髪の青年はめんどくさそうに謝る。少女としてはなにを言われようが見た目のインパクトに狼狽えていた。


「まぁ、わざわざウチの病院に来てくれたわけだし青龍君のお話よく聞けばコンタクトに関してはばっちりよ! 診察で目に問題がなかった人は、あとはコンタクトレンズの検査があるから!」

「は、はぁ………」


 状況を呑み込めない少女と共に、青龍は麒麟からカルテを受け取りキリン眼科の隣にある『キリンコンタクト』へ移動した。


「あ、あれ? またこっちに来るんですか?」

「あ? あぁ。全部の検査を眼科側でやってたら滞るからな。コンタクトはこっちだ」


 先ほどの店内受付の奥に少女を通す。白を基調とした室内。視力検査用に広く取られた室内右手奥には洗面台と鏡がいくつか置いてある机と椅子が数個。反対の壁にはズラッと並ぶ検査用のコンタクトレンズ。


「わぁ………すごいですねぇ」

「ただの検査室だ。で? 長野遥ながのはるか………お前何でコンタクトレンズ使いたいの?」


 案内が終わると、青龍は少女———長野遥を適当な椅子に座らせてカルテを眺めながら聞き取りを始める。もはや患者に対する態度は皆無だった。


「うぇ? え、えっと………次の4月から高校生になるから、コンタクトも使いたいな……と思って」


 気恥ずかしそうに遥が答えると、青龍の手がぴたり止まった。


「はぁ~…………まさかその芋っぽい眼鏡をやめたいとかそういう感じか?」

「い、芋っ!」


 あまりの失礼な青年の物言いに、少女は立ち上がった。


「さすがに失礼じゃないですか! それに、何でコスプレして病院にいるんですか!」


 遥が青龍の角を指差すと、フンと青龍は鼻で嗤う。

「コスプレじゃねぇ、マジだ」


 一触即発の状況。少女の沸点が限界に近づいたところで、いつの間にか青龍の背後に回っていた麒麟院長が青年へ脳天に鉄拳制裁を与えた。


「もぉ………いい加減にしてよね青龍君」

「なにすんだ麒麟!」

「〝院長〟ね。まったく、年端もいかない女の子に対しての態度が全くなってないわよ。そんなのだから下界に落とされるのよ」

「ぐ……………」


 目の前でやり取りされる内容と、さっきの青龍の発言に遥は呆気に取られていた。


「あ、あの…………」


 遥が会話に割り込もうとすると、院長の麒麟はまた頭を下げる。


「ごめんね遥ちゃん。この男ちょっ――――と変わってるけどちゃんと相手してくれるから! いい、青龍君? あんまり失礼な態度取ってると角へし折るわよ!」

「………わぁったよ、院長」


 お叱りを受けて青龍はようやく襟を正した。

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