第11話 最弱庶民、準ラスボスに遭遇する。

 鮮血が飛び散った。


 ケルロスが、地面へと崩れ始める。

 スローモーションのような光景の中、ケルロスとの思い出が、走馬灯のように蘇る。


 教官を名乗るケルロス。

 一撃で粉砕されるケルロス。

 土下座して、技術を学ぼうとするケルロス。

 被りものを外すと気が弱くなって、おどおどしてしまうかわいいケルロス。

 そして今日、オレに最高の笑顔を見せたケルロス。


 そんな彼女が、その笑顔が、永久に失われる――。


 ケルロスが倒れた。


「メス狼と遊んでいたら、ボクの『聖域』にヒトが入っているとはねぇ」


 そう語るのは、褐色の少年。

 褐色の肌のところどころに生えた黒い毛並みに、同じく黒い、耳や尻尾を生やしている。

 両手からは孤狼のような、鋭いツメを生やしていた。

 オレは少年に注意しながら、ケルロスのステータスを確認した。


 名前 ケルロス

 ジョブ ベルセルク

 HP 100/250

 状態 気絶 出血(致命)


 ◆出血(致命)

 致命的なスピードで血が流れている状態。

 1秒ごとに、最大HPの1パーセントが減っていく。

 この状態でHPがゼロになると、当該人物は死亡する。


 ケルロスの最大HPは250。

 残り100なら、あと40秒で死ぬ。

 逆に言えば、40秒以内に出血を止めれば助かる。

 しかし目の前の少年が、黙っているとは思えない。

 彼のステータスも見る。


 名前  三魔将フェンリル

 ジョブ 自慢の長男

 HP 65535ぐらい?

 筋力 おしえないよ

 耐久 見せないよ

 速さ だからおしえないって

 魔力 諦めてよ(笑)


 ◆備考

 ここを見ることができる、『特別』なお前に質問するね?

 この世界って腐ってるよね?

 ボクと一緒に闇らせない?

 そんなことはない?

 汚いところはあるけれど、滅ぼすのは間違っている?

 そんな風に思うなら、幸せに生きてきたんだろうね。

 やれやれ。


 謎のステータス表記。

 しかしオレは思うより早く、木剣で斬りかかっていた。


 ガギイィンッ!!


 相手の爪で防がれたものの、クリティカルは入った。

 硬直時間を利用する。

 三万時間を使って覚えた、連撃を叩き込む。

 コンマ一秒タイミングがズレればすべてが終わるクリティカルを、連続で叩き込む。

 最後は喉笛を突いた。

 フェンリルの体が後退していく。

 

 オレは視線をフェンリルへと向けたまま、ポーションのビンを後ろに放った。

 ケルロスに当たったかどうか。効いたかどうか。

 確認している余裕はない。

 コンマ一秒目を離したら、その瞬間に殺される。


「まったく効かない攻撃なのに、ズシりと重くて痺れたなぁ」


 フェンリルは、ニヤりと笑ってオレに言う。


「オモシロイじゃん」


 フェンリルは、獲物を見つけた獣の顔をした。


(先読みッ!!)


 オレはフェンリルが地を蹴った瞬間に、木剣を振り始める。

 一手先を読むのでは足りない。

 二手でも厳しい。

 三手以上の先を読む。


 フェンリルは最初、ツメで攻撃しようとしていた。

 だからオレは、ツメに対応するよう木剣を振った。

 ツメに対応するような軌道で振れば、速度を落とすと【思われる】

 ゲームの動きも総合すると、右足でブレーキをかけた反動を利用して、左足の蹴りを出すと【思われる】


 蹴りが向かってくる場所はどこか。

 フェンリルはケルロスの命を、初手で刈り取ろうとした。

 初手必殺を、積極的に狙うタイプだ。

 そして一撃で命を刈り取れる部位と言ったら――

 

 頭部。

 

 だからのフェンリルの攻撃は、頭部へのハイキックと【思われる】

 軽くしゃがんだ。

 はたしてオレの予想の通り、フェンリルの蹴りは上空を通った。

 オレはしゃがんだ勢いで、持っていた木剣から手を放す。


 腰の短剣を引き抜いた。

 短剣は木製の場合、二本までなら重量がゼロの扱いになる。

 右の短剣を、フェンリルの腹に当てる。

 弱点のクリティカル。

 しかし剣は刺さらない。金属でも打ったかのような音を立て、衝撃を与えるに留まる。

 それでも一定の衝撃は入った。

 オレは二本の短剣を使用して、クリティカルを決めていく。

 

 フェンリルの脇を抜け、二本の短剣を構える。


「フーッ」


 息を吐く。

 フェンリルには、傷のひとつもついていない。

『先読み』という名の推測を、重ねに重ねた。

 掴み取ったチャンスで連撃を入れた。

 なのにダメージはゼロ。

 当然だ。


 三魔将・フェンリル。

 古き世代の神――ロキ=グリムニルガウトの三兄弟にして長男。

 世界を滅ぼすと決めたロキと同じく、世界の崩壊を目的にしている。

 しかもフェンリルの恐ろしいところは――。


 倒すことができなかった。


 プレイヤーのスキルとか、キャラクターのレベルの話ではない。

『主人公』としてプレイするストーリーモードでも、モブとしてプレイするMMOでも、絶対に倒せない仕様のボスとして設定された。

 殴って弱らせグレイプニルという紐で縛って封印するしか、対抗する方法がなかった。

 準ラスボスと言ってよい。


 ゲームをやり込んだプレイヤーであればあるほど、この状況が絶望とわかる。

 しかしどうして。

 いったいなんで。


「なんでこんな序盤の森に、お前みたいなのが出てくるんだよ」


「ロキ……父さんが、『ここの森では、薬草がよく取れる。世界の中でも最重要に近い拠点だ』って言ったからかな?」

「くッ……」


 オレは歯を噛む。

 確かに言われてみるならそうだ。

 人間にとって重要な拠点は、敵にとっても重要だ。

 狙ってくるのは当然だ。

 

「でもわかんないんだよねぇ。

 そうやってココを守らせるクセに、森を出ていくのは禁止。

 ここに住んでるウルフを連れて、街に攻め込むのもダメ。

 ただココを守れって言うだけ。

 メスオオカミとえっちするぐらいしか、ヤることなくて退屈だったよ」


 やれやれと、肩をすくめて見せるフェンリル。


「それよりキミこそいいのかな?

 奇跡みたいな攻撃を出しても、ボクに傷ひとつつけられていないみたいだけど」

「勝とうとか、オレは思っちゃいないからな」

「んぅ?」

「お前を倒すのはオレじゃない。世界のどこかにいるはずの『主人公』だ。

 オレはそんな『主人公』の踏み台になる、カッコイイ脇役でいいんだよ」

「ここで無様に殺されるのに?」

「自分を慕う女の子のために死ぬ。

 最高にカッコイイじゃあ、ないか」


 オレは演技がかった物言いをして、にっかりと笑った。

 これは正直、強がりだった。

 恐怖はある。

 ないはずない。


 死んで終わるということは、すべてが終わるということだ。

 かわいい女の子に慕われてみたり、おいしいカレーを食べてみたり。

 そういうあらゆる『楽しいこと』が、二度とできないということだ。

 恐怖を感じないはずがない。


 けれど。

 それでも。

 だがしかし。


「お前を足止めするために、オレはここで死ぬんだよッ!!」


 気迫が通じたのだろうか。

 フェンリルは、ほんの一瞬、たじろいだ。

 その場でジリッと後ずさった。

 しかし後ろを振り返り、それに気づいた。


 ケルロスがいない。

 わずかな赤い血を残し、影も形もなくなっている。


 フェンリルは、ほんのわずかに、目を丸くして――。


「ぎゃははははははは!!!」


 笑った。

 腹を抱えて笑った。

 右手で腹を抱えて笑い、左でオレを指差した。


「逃げらーてぇじゃん! 逃げらーてぇじゃん!

 めがっさカッコつけとぉーて、何も言わずに逃げらーてぇじゃん!」


 しばし笑ったフェンリルは、「はーっ」と息を吐く。

 呼吸を整え、涙をぬぐった。


「笑いすぎてなみだぁー出てきて、おさな言葉が出たらーじゃん」


 いったい何がおかしいのだろう?

 まったくもって理解できない。


「逃がすために戦ってるんだから、逃げてくれたほうがいいと思うが?」

「理屈はそうだろうけどさぁ、ふつーあるだろぉ?

 ためらいとかさぁ、声援とかさぁ」

「そんなことして逃げ切れなかったら、オレの死が無駄になるじゃないか。

 ケルロスはオレの命が絶対無駄にならないように、涙をこらえて『最善』を尽くしてくれたんだよ」


 フェンリルの顔から、表情が消えた。


「どうしてそこまで信じてんの? 100年以上の付き合いあるとか?」

「出会って数日程度だが?」

「それでどうして、そこまで信じちゃってるの?」

「出会ってわずか数日で、心から信じ切れる。

 それほどにあの子が、『いい子』だっていうだけさ」

 

 だからこそ、ここで死ぬのに悔いはないのだ。


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