第20話 追放王子ーベイル

 追放王子——ベイルは俺の隣の席に座り、


「ちょっとロッテ! この家では客に食事も出さないの⁉」

「…………ハァ」


 手を叩いて、ロッテに食事の用意を催促させ、彼女は渋々と言った様子でキッチンへと引っ込む。

 貴族……それも王族だと言うのに、ロッテのあの露骨に嫌がっている態度はいったい何なのだろう……。


「あの、ベイル……さま。今日は何の御用で?」

「別に敬語とかいいよ。俺と君はもう親友じゃまいか!」

「いや、今さっき知り合ったばかりですよね?」

「名前をお互い知っている。それだけでもう親友さ!」


 ぐいぐい来る。ちょっとウザい。


「ハァ……それで、もう一回言うけど何の御用で?」

「ぶっちゃけ用はない。君がここに住むって聞いて、挨拶しに来ただけ。色恋に走って使命を捨てたって言われてる『ラブ・ハンター』の顔を見に来ただけ」

「そうです……か? ちょっと待て、『ラブ・ハンター』って誰の事?」

「君だよ、レクス君」

「どういうことだよ⁉」


 俺が、色恋に走ったとか、愛に生きることになったとか、いったいどういう話なんだ?「だって……」

 ベイルは、まだ一心不乱に飯を食べている【魔王】を指さす。


「この娘とイチャイチャするために勇者パーティを抜けたんでしょ?」

「は……? いや、ちが……」


 それだと前後が逆だ。

 勇者パーティを追放されたから、【魔王】と一緒に住むことになったのだ。


「隠さなくていいって。勇者アラン様ご一行様が来たと思ったらそのお連れのお仲間が一人、女連れで帰ってきたのだから、誰だって色恋に走ったって思うって」

「だから、ギルドの人たちは冷たかったのか……俺が使命を捨てて逃げたって思ってるってことか……?」


 まぁ、そう思われても仕方がないが、少し気づくのが遅かった。

 確かに俺たちを勇者パーティとして歓迎したこの村の人たちからすれば、せっかく歓迎したのに、何を女と逃げてきているのかと思うのかもしれない。

 スタンのあの態度は、期待した分だけ裏切られた失望の意思表示だったとすると、納得がいく。


「それだけじゃない」

「え?」


 充分だと思うが……ベイルはにっこりとした笑顔のまま、テーブルの上に身を乗り出し、俺の耳元に口元を近づけ、囁くように言った。


「彼女、〝魔族〟だろ?」

「———————ッ!」

「おっと怖っ! そんな警戒して睨みつけんなって!」


 思わず椅子に立てかけている剣に手を伸ばしてしまった。

 まばたきもしないうちにベイルの首を斬り飛ばせる体制に入ったが、やりすぎだったかもしれない。殺気は全身から漏れ出ていただろうし、ベイルの反応を見ると目にも警戒心が現れていたようだ。

 ベイルは少し見を引いたが、まだ、テーブルの上に身を乗り出した状態のままだ。


「俺は咎めてるわけじゃない。むしろ嬉しいんだって同族がいてくれてさ」

「同族? ベイルも魔族?」

「違うわ。そういう意味じゃないわ、君と俺が同族ってこと」


 ベイルは身を引き、椅子の上に尻を落とした。


「誰だってそう思うって、魔界に行ったと思ったら女の子連れて帰ってくる。それも普段はフードを深くかぶって姿を見せないようにしている女の子だ。誰だって魔族の女の子と、敵の女と許されざる恋に落ちて勇者たちから逃げ出したって思うさ」

「…………確かに」


 はたから見ると、俺と【魔王】は怪しすぎてたまらなかったと言うわけ、か。


「じゃあ、皆まお……、こいつのことを警戒してるってことか? 魔族だって」


 【魔王】を指さす。


「そそ、魔族は魔物と違って知能が高いけど、やっぱり人間とは違って体は頑丈だし、強力な魔法を簡単に扱うし、いつ殺されるかわからないって皆怖がってるってこと」

「じゃあ、こいつ……チッ、リコリスのことを村人たちが縊り殺しに来る可能性も?」

「大丈夫、そこまではいってない。仮にもレクス君は勇者パーティの一員だった男だ。それだけの経歴の男が魔族と思わしき少女の一番近くにいる。一応何かしらあったら君が止めてくれるだろうって皆まぁ……信頼? はしてる。だけど何かしらのとばっちりは来るかもしれないから関わりたくないって思ってるみたい。でも安心して、俺が一言言ってやったから」

「言ってやった?」

「愛に種族は関係ない! レクス・フィラリアは例え敵であろうとも魔族であろうとも愛することのできる愛に生きた戦士だって。俺と同じく」

「同じく? まさかあんたも魔族を恋人にしているのか?」


 俺は正式に言うと違う。

 【魔王】の身を隠すために、偽りの夫婦関係となっているだけだ。だが、請の目の前の王族の男は、この口ぶりからすると何者か、特定の魔族に恋している。


「いんや、俺はまだ。だから君たちが羨ましいのさ。人間と魔族が周りの反対を押し切って添い遂げようとしている君たちがね。あ~、俺も駆け落ちしてぇ~」

「ベイルさんがこんなこと言ってるから、レクス殿の評判も下がっているんですよ」


 ロッテが俺たちに出した朝食の残りを皿によそってベイルの前に置く。 

 俺たちの物と比べると量は少なく、盛り付けも少し雑だ。

 そして、彼女は少し怒った様子で、


「ベイルさんが追放王子って呼ばれている理由はですね。魔族の女の子と結婚しようとして、王様に猛反対されて、王室を勘当させられたんですよ」

「そうなのか。でも、それはそれで立派なことなんじゃないか? 結ばれざる恋を応援したくなる人もいるだろう」


 特に、女の子とかそういう話が好きそうなのに、ロッテの反応は鈍い。


「誰か、特定の相手がいるとかいうのなら、ロマンチックな話なんですけど……ベイルさんはそうじゃないから」


「俺はね、魔族フェチなの」


「何?」


 なぜか胸を張るベイル。


「人魚とか、鬼っ娘とかマミーとか、そういう普通の人間とは違う特別な何かを持っている女の子じゃないと興奮しないの、勃たないの。人魚の鱗を一晩中撫でたり、鬼っ娘の角でツンツンつつかれたりしたい。そういった普通の女の子にできないプレイをしたいのよ。だから、この村に来たともいえるね。魔界に一番近いこの村なら、君の奥さんみたいに人里に迷い込んだ魔族の女の子との出会いがあるかもしれないし」

「こういうことを平気で言う人で……村人からはベイルさんは変態扱い。そのベイルさんがレクス殿のことを〝魂の友〟なんて会う前からずっと言いふらしていて……皆、レクス殿のことも変態だと思っているんですよ」

「あぁ……なるほどね」


 困った話だが、めちゃくちゃ納得がいった。ロッテの態度にも。


「とりあえず、これから同族同士、よろしくネ」


 またベイルが手を伸ばしてきたので一応握っておく。


「同族扱いするな。俺はお前とは違う。ベイル」

「お、いいねぇ。そういった感じで来てくれた方が俺もやりやすいわ」


 またぶんぶんと握った手を上下に振られた。

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