第9話 警備隊隊長ースタン・ラング・2

 二階は、なるほど詰所と一応呼ばれているだけあって、『ユノ村警備隊』らしい人間しかいない。皆、精悍な顔つきで、装備も一級品。銀や鋼で作られた鎧を身にまとい、男だけではなく女性もいる。多くの、力自慢だけが取り柄で冒険者をやっている奴らじゃない。【才能】に恵まれてそれなりのスキルを身に着けている人間だと言うのが見ただけでわかる奴らだ。


「おい、レクス。皆見ているぞ」


 見ず知らずの俺と【魔王】がいきなり現れたので、注目を集めてしまっているようだ。

 なるべく、反感を買わないように笑顔を心掛け、


「どうも、この村でしばらく暮らすことになりました。レクス・フィラリアです。遠くの大陸からやって来てユノ村のルールもろくに知らない若輩ですが、どうかよろしくお願いします」


 堅実で、完璧な挨拶ができた。


「…………」


 あれ? 

 そう思っていたが、警備隊の反応は薄かった。

 ちゃんと挨拶をしたのに、まだ見知らぬよそ者に向けるまなざしを向けている。


「……レクス・フィラリアさん?」


 その中で、金髪のルックスのいい青年が歩み寄ってきた。

 金の装飾が入った鎧と背中には槍を携えている、歴戦の槍兵といった雰囲気がビシビシと伝わる青年だ。

 彼は微笑を浮かべ、手を指し伸ばした。


「俺、ファンです。勇者パーティの一員がこの村に留まってくれて嬉しいですよ」

「え、あ、そうなんですか……?」


 随分と、平坦なトーンで話す男だ。

 ファンだと言う割には、そんなに熱狂した様子もない、なんだか皮肉を言われている気分だ。

 名前も名乗っていない青年の手を握り返すと、彼はぐっと俺の体を引き寄せた。

 耳元に顔を近づけ、


「失望しましたよ……」


 そう、小声でささやいた。


「は?」


 青年はすぐに体を離し、何事もなかったかのような笑顔を向けた。


「で、こんな場所に何の用です? 勇者ご一行様の一員が。誰か新メンバーでも募集に来たんですか?」

「そんなわけないじゃないか。俺は勇者パーティをクビになったんだよ」


 そう言って肩をすくめて見た。

 ノーリアクション。

 俺がクビになったと言うことは知れ渡っているらしく、ユノ村警備隊の誰も驚くような反応はなく、ただ……ひたすら、不信感を丸出しにした表情で見つめていた。


「そうだったんですか。すいません……クビになったというのはさぞお辛いでしょう……ところで、そちらの方も勇者パーティのお仲間ですか?」


 青年の視線が【魔王】に向く。


「【勇者】様と一緒にいらっしゃったときには、お見掛けしなかった方ですが……」


 彼の瞳がギラリと光った。

 疑っている。

 完全に、こいつは【魔王】を疑っている。流石にその正体まで見抜いているわけじゃあないだろうが、何らかの異物だと、村に危険を持ち込む厄介ごとだと疑っている。


「ああ、こいつは……その、」

「妻だ」


 俺の言葉を遮って、【魔王】が言った。

 フードを深くかぶったまま、俺の前に立ち、


「レクス・フィラリアの妻、リコリス・フィラリアだ。夫と共にこの村に移り住むことになった。共々よろしく頼む」


 偉そうに、胸を張って、【魔王】はそう言い放った。


 ざわっ……!


 ようやくリアクションが出た。

 俺たちを見ていたユノ村警備隊の皆が、隣にいる者同士で互いに囁き合う。声が小さいので上手くは聞き取れないが、「やっぱりだ」「噂は本当だったんだ」「逃げ出したんだ」とか聞こえる。


「……そうですか!」


 ユノ村警備隊の中心にいた槍兵の青年。彼も【魔王】が名乗ってしばらく驚いた表情を張り付けていたが、気を取り直してニコリと微笑んでみせる。


「よろしくお願いします、フィラリア夫妻。それで、この酒場の二階に来た要件の方を聞かせていただいてもよろしいでしょうか? ここは基本警備隊の者しか来ません。この村の人間でもよほどのことがない限り来ない場所です。そんな場所に何の御用で?」


 芝居がかった口調で問う。要件が大体わかっているのだろう。それなのに、わざわざこんな大仰なふりをして聞いてくるのは、何かこちらを試しているのか、それともただ単に性格が嫌味なだけか。

 まぁ、どちらでもいいが。


「スタン・ラング隊長に挨拶をしにきた。お目通り願えますか?」


 さっきからユノ村警備隊の輪の中心にいるが、まさかこいつじゃないよな……と心のそこで違ってくれと強く願う。


「私がスタン・ラングです」

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