第44話 鬼ごっこ

「ね、コンル、『ひとりかくれんぼ』って知ってる?」


 月明かりを背に、カウンターの裏にある通路に向かう途中だ。

 急に華がしゃべりだした。


「かくれんぼなら、しってます……」


 コンルが出した小さな渦を懐中電灯に歩いていく。足元に転がり、じんわりと照らす。

 華の背中ぴったりくっついてコンルは答えたが、華は「それがね」と話を続けだした。


「夜中の3時にやるんだけどさ……ロウソク、10本も使うんだって」


 ゾンビは、目の高さより上に光がないと反応しない。光がなければ、真っ暗な室内でじっと動かないので、安全だ。


「……なんか、ぬいぐるみとかに、爪とか入れて、かくれんぼをしてくんだ……」


 ぐるりと回ったカウンターの後ろに、廊下が現れた。

 右側の調理実習室は、衛生管理の兼ね合いか、紫外線ランプが天井で光っている。

 その下にひょこひょこと黒い影が揺れた。

 間違いなく、ゾンビだ。

 だが、“村人ゾンビ”なのか、“異世界ゾンビ”なのか、区別がつかない。


「……最初はね、自分が鬼役で、人形を探すんだって……」


 華は室内にいるゾンビに見つからないよう、窓の下の壁に張り付いた。

 コンルも真似をして華の後ろにつくが、華は話を続けている。


「次に人形に鬼役をさせて隠れると、化け物が探しに来てくれるっていう……」

「……何でこのタイミングで、そんな話するんですか……」


 コンルは視界をくまなく広げて、状況を確認する。

 布ズレの音も、引きずる音も、部屋のなかから聞こえる、気がする。いや、どうだろう……


「なんか、思い出して。……でさ、見た人は、顔が上下反対についてて、こう、四つん這いで、口とかが縦についてたりするらしい……いやー、想像だけで、キモいよね……」


 キモい。とは言っているが、言葉尻は笑っている。

 華の変態具合を改めて確認したコンルだが、動きを止めた。


 華の背中を握る。

 前に進めない状況に、華は怒りの肘鉄をコンルに向けるが、かわされた。


「あ、あの、その、」

「なに」


 半ギレの華に、コンルが指をさす。

 廊下のまっすぐ先だ。

 黒く滲んでほとんと見えないが、廊下に何かいるのが見える。

 それが、ずりずりと音を立てているのもわかる。

 引きずりながら、進んできているようだ。


 2人は息を止める。

 距離が少しずつ縮まるのに、暗すぎて姿が見えない。


「……どうします?」

「ちょっと、照らしてみて……」


 コンルは渦を少しだけ前に進ませた。

 廊下に両手をつく手が見えた。下がる髪も見える。

 女性だろうか。

 静かに床を這いながら逃げてきたのかもしれない。

 いや、きっとそうだ。

 華は服をつかむコンルを振り切り、駆け寄った。

 華は屈んで覗き込む。


「……だいじょうぶですか?」


 小声の問いかけに、四つん這いの人が頭をゆっくりともたげる。

 笑ったのか、口が開いた。

 だが、いつも見る場所にない。

 どうみても、上にある。

 華を除きあげる目は赤く、大きく、こぼれそうだ。

 だが、まさしく、さきほど話していた通りのだ。


「ほぉおおおおお!!!!!!」


 華は距離を取ろうと動くが、腰が抜けたせいでブリッジで移動してくる。

 あの、エクソシストの動き、そのまま!

 コンルの近くまで来ると、華は海老反りでコンルを見た。


「……あれ、キモくね?」


 その華に、今度はコンルが叫ぶ。


「ぎゃぁあああぁあ!!!!!!!」


 とっさに飛び上がったコンルの足を華がつかんだが、それすらも蹴ろうとコンルがもがく。


「ちょっと、コンル! 背中、守るんじゃねーのかよ!」

「は、ははハナ、あ、あ、し、足、足元!」

「は?」


 見下ろすと、さっきの化け物ちゃんが見上げている。


「うぉおおおおおっ」


 華は頭を蹴り上げていた。

 軽々と飛んだ頭だが、左側の壁にジャストミート!

 あたりどころが良かったのか、窓が割れ、激しい音が調理室に鳴り響く。


「……ありえねー!」


 音に目が覚めたゾンビは、一斉に廊下へに方向を変えた。

 びたん!

 両手をついてガラスに張りつくゾンビに、華は喜んでいいのか、悲しめばいいのか、複雑な顔になる。

 さらには激しく窓を叩きだす。いつ割れてもおかしくない。

 先に割れた窓からは、一人、また一人と落ちてくる。

 これじゃあ、バイオハザードの廊下イベントである。


「くそ! コンル、鬼ごっこに変更! 渦で明るくしろっ!」


 天井が高い廊下の真ん中で、コンルは言われた通り、渦を掲げた。

 廊下一面に、白い明かりが広がった。

 ひょこっと、アンゴーが穴から下を覗き込み、すんすん鼻をひくつかせる。


「キモイ! 腐リ、イッパイ! キモイ!」


 その通りだ。

 想定外の、ミチミチ感……!


 想像するに、駆け込んだ人間につられて室内に入ったのが大半だろう。

 廊下にあぶれていたゾンビは、紫外線の明かりにつられてや、外の街灯につられて室内へと、うまーく入っていったのだと、華は結論を出す。

 こんな現場を見るぐらいなら、明るくしなければ良かった!

 華は思うが、もう遅い。見えたものは、もう遅い。


「……そっちが追いかける側だと思うなよ。こっちが、追いかけるんだよっ!」


 向かってきたゾンビに刀を抜こうとするが、壁に刺さる。しかも、しっかりと。

 アクション素人あるあるだ。

 狭い場所で刀が抜けないという、モブ殺しである。


「……マジかよ!」


 引き抜こうとテンパる華に、悠々とゾンビが近づいてくる。


「ハーブもねーのに、引っかかれるわけにいかねーんだよ!」


 炎を出して抜くことも考えるが、それをすると、村人ゾンビも燃やす可能性がある。

 それは絶対に避けなければならない。

 力づくで抜くしかない。


「コンル!」


 華はいうが、コンルも戸惑っている。

 コンルは村人ゾンビと、異世界ゾンビを見分けられないのだ。

 いや、よく見ればわかるかもしれないが、コンルには決定的な違いなどわからない。

 現に、金髪の村人を数人、見ている。

 そのため、ここのゾンビが全員村人の可能性が、ある……!


「ハナ、村人ゾンビに、マークつけてください!」

「無理だよ!!!!」


 刀をなんとか引っこ抜くが、もうゾンビが目前だ。

 しかも、山岡のおじちゃんである。


「うそだろ!?」


 肩を押さえようとするが、力がゴリラだ。

 押さえつけられない。

 横からのゾンビは異世界ゾンビなので、思いっきり蹴って吹っ飛ばす。

 一人はやれたが、巻き込んだ数人は倒れたのみで、致命傷にはなっていない。


 華は山岡のおっちゃんを蹴りで突き放し、距離をとる。

 カウンターの壁に背をつけた華だが、増えるゾンビに、動きが止まる。

 動けないのだ。

 判断が、できない──


「ハナ! ナイフ! 戦エ!」


 アンゴーだ。

 華の足元に太めのサバイバルナイフが2本、床に刺さった。

 華はナイフを蹴り上げ、キャッチする。華にとっては、新体操のマラカスに似た道具・クラブと同じのようだ。

 両手につかみ、素振りと同時にゾンビを掻っ切る。


「いいグリップ。手に吸いついてくる……」


 華はそれに炎をまとわせ、新体操よろしく、ポーズをとる。


「村人意外、燃やしてやんよ!」


 大きく踏み込んだ華は、山岡のおっちゃんの脇を抜け、まず1体。

 足払いをし、その場で高く跳躍する。

 顔面を蹴り、奥へと移動した華は、後ろ姿でゾンビ判断していく。

 村人なら、シューズか長靴だ。

 ブーツはいない!


 首をめがけてナイフを振っていくが、向こうも引っかき技は健在だ。

 方向転換をしたゾンビたちは、両腕を振り上げ向かってくる。


 華は軽いステップを踏みながら、自身を回転させた。

 腕の遠心力でゾンビを切り裂き、燃やしていく。

 すぐに炎がゾンビの全身を伝い、燃える明かりが、廊下を青く染める。


「めっちゃ、斬れる! さすが、アンゴー」


 華は思わず鼻歌が出てしまう。

 軽やかなメロディと一緒に、華のナイフが踊り、跳ねる。

 その度に、ゾンビの腕を切り落とし、頭を踏み潰す。ときには、左足を軸にして、上半身を回し、寝転んだゾンビの首を焼き落としていく。


 突進タイプのゾンビが走り込んできた。

 華はナイフを1本、高く投げる。

 大きくサイドにステップしながら、突進ゾンビの顔面に、片手で倒立すと、そのまま太い首を斬り、着地を決めて左腕を上げれば、投げたナイフがそこにおさまった。


 炎を背に、そのままの勢いで踏み込んだ華は、並ぶゾンビの首を足で蹴り飛ばし、懐に潜って首を斬る。


 正確に、確実に、ゾンビが減っていく。


 コンルは声すらあげられないでいた。

 だいたい、何もできることがなかった。

 むしろ、この戦いを、ずっと見ていたかった。


 華が、美しすぎる……──


 舞う黒い髪が揺れるたびにゾンビが消え、優雅に腕を振るだけでゾンビの首が落ちていく。

 これほどまでに魅せる戦いがあっただろうか。

 紫の炎が華の頬を染めてゾンビを燃やす姿は、この現実を正常に戻すための女神にすら見える。



 ──華麗な攻撃は止まることなく、7分は続いた。

 廊下には砂の山と、山岡のおっちゃん含め、ゾンビ化した村人が5名、残る。


「コンルぅー……」


 呼び声に、コンルがすぐに天井付近に華を抱き上げ、飛び上がった。

 華の肩は揺れ、息が荒い。雨で濡れた服が、汗にまみれて、より湿っているようだ。

 ナイフはアンゴーに返却。アンゴーは満足そうに親指らしきものを立てて、渦のなかへ戻っていった。


「ハナ、何もできず、すみません……」

「……いや、問題ない。……つか、めっちゃ腹減った。飯にしね?」

『その前に、籠城してる人たち、確認しろよ』


 慧弥の声に、華はため息だ。


「……忘れてたわ」


 スイスイと移動していくが、ちょうど廊下が終わったところで、コンルに氷で塞いでもらう。


「この氷、山岡のおっちゃん、凍る?」

「弱めにしたので、大丈夫かと。でも、弱くなるので、どうでしょう」

「ドア、開けなければ問題ないっしょ」


 華は安全地帯となった廊下に立つと、全身を伸ばしながら歩いていく。


「いやー、これ、明日筋肉痛って感じ」


 言いながら、宿泊施設に続く鉄のドアをガンガン叩きだした。


「すいませーん、FJでーす。そっちは、無事ですかーゾンビですかー」


 鉄扉に耳をぴたりと当てると、ガタガタと音はする。

 それが生身の人間なのか、ゾンビなのかはわからない。


「……コンル、飛び出してきたら、よろしく」

「はい」


 もう一度、ドアを叩こうと腕を振り上げたとき、ぎぃと鈍い音がする。ドアを開けようとしているようだ。


 華はすぐにバック転でコンルの横へ移動した。

 そして、コンルの背にピタリとつく。


「頼む。戦闘はもう限界。あと、返事次第で、そのドアも凍らす」


 じっと耳を澄ませると、隙間から声が聞こえる。


『……ほんとに、FJなの?』


 子どもの声だ。

 華は努めて明るい声で、返事をする。


「そうだよ? あと、開けちゃダメ」


 開きかけたドアを華は押して閉め直した。

 だが、こちら側へこようとしているのがわかる。


「ゾンビがまだいるから、絶対に、このドア、開けないで」

『……父さん、まだそっちにいるんだ。無事だよね? ね?』


 華は鉄の扉を一度殴った。

 小さな拳状に扉が凹む。

 同時に、ぎゃっ! と驚く声が聞こえた瞬間、ドアが凍りつく。


「いいんですか、ハナ、凍らせて」

「助けに来られたら困るからな。正しいかどうかは、わかんない……」


 横を向くと、氷ごしにゾンビが見える。

 山岡のおっちゃんだ。

 ひたすらに氷を殴っている。

 それは、息子の元へ行きたい、ではない。

 明らかに華に敵意をもって、殴っている。


「……こんなの、見せられないじゃんか」


 氷に指を滑らせ、華は俯いた。

 コンルは冷えた指を温めるようにそっと握る。


「……ハナは、やっぱり、僕が愛してるだけありますね!」


 華にはそれがわざとに言ったセリフだとわかる。

 いつものように殴ってほしくて、言ったのだ。


「変態のくせに……」

「お互い様ですよ」


 氷を叩く、どん、どん、と腹に響く音が鳴る。

 奥の鉄の扉も、どん、どん、と音を鳴らしている。

 華は手を握ってもらったまま、3回、息を吸う。


「……よし」


 華は手をすり抜くと、コンルに笑って言った。


「脱出経路が、見つかんねー」


 廊下側の氷に、ヒビが入り始めている──


 

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