第25話 お菓子教室&猫集会

 本当なら、調理台が並ぶ部屋にあってはおかしいものがある。


 調理台の一番後ろに、猫集会ができるよう、大きなテントが張ってあるのだ。


 稼働式で、ローラーのついた板の上に常設されている。

 壁面は透明のシートで、さらにテントのなかに、檻が設置。キャットタワーや爪とぎも完備。

 自由に動き回る猫たちの姿も見やすく、なおかつ、猫が飽きない仕様が満載のテントだ。


 華はそこにランドンを放ち、コンルが連れてきたチャトランとチャチャもいれてやる。

 みなそれぞれの挨拶をしたあと、日当たりのいい場所にかたまり始める。

 猫のお団子は、いつ見ても可愛らしい。

 塊は3つほど。仲の悪い子もいるが、それはそれとして、程よい距離感で過ごしてくれている。

 今日の猫の数は15匹ぐらいだろうか。

 特に喋りだす猫もいないことに、少し残念にもなるが、2回目で見つかるのも確率が高すぎる、かも。

 でも、もう少し出会うピッチを上げていこうかと、華は思う。


 それなら、猫カフェ以外の方法も模索しなくてはいけない。

 手当たり次第に出ていては、お金も時間もかかるだけかかって、成果がでないからだ。


「慧、あんたもいっしょに作るかー?」

「どうしようかな……邪魔しそうで、俺」

「そんなこともねーぞ?」


 今日の参加人数は18名。

 調理台は4つで行われるということは、4グループの参加、と見ていい。

 材料もグループごとに用意されていて、華のテーブルには参加人数分の4人分の分量が置いてある。


 会場に着いてからずっと様子のおかしいコンルは、テントの横にある保護者席に座らせた。

 同じように、コンルの隣に腰をかけたお父さんが5人いる。

 みな、顔見知りなのか、軽い談笑をしているが、どうみても、母親に頼まれたのがわかる。

 それぞれ5人の男の人の表情が、『しかたなく、来まして』としっかり書いてある。

 だがこの調理実習は全く包丁をつかわず、混ぜて焼くだけだ。

 これなら調理台に大人が立つ必要もないので、お父さんで問題なし、だ。


 雑談が止まったのを機に、スマホをいじりだした父親たちを見ながら、やはり、コンルの目つきがおかしい。

 ずっと深玲を目で追っている。

 ニコニコしているのは、それほどおかしいことではないが、切り取った笑顔の表情が不自然なのだ。


 あれは、不気味の谷の具現化だ。とコメントをつけて、写真をツイートしたくなる。


 身近なもので例えると、マネキンが会話してる風の映像、『オー! マイキー!』のイメージといえばいいだろうか。


 張り付いた表情が取れない。

 同じ顔、同じ頷き、食べ方も、この笑った顔で言いそうだ。


 だが、深玲もそうなのが、またおかしい。


「……キモいな。慧、コンルの様子、みといてもらっていい?」

「うん。わかった。でも、どうしたんだろな、コンルさん」


 慧弥がとなりについて話しかけるが、全く反応なしだ。

 本気でおかしいが、なんでそうなっているのかも、わからない。


 とりあえず、放置で決定!


 華は、萌と並んでエプロンをつけていくが、前の様子もおかしい。


「ねーちゃん……」

「どした? お腹痛い?」

「ううん。……その」


「では、これからカップケーキを作っていきます。今日はお手軽に、ホットケーキミックスで。他の材料は、砂糖、バター、牛乳、卵になります」


 すでに材料は軽量されており、混ぜていけばいいようだ。

 先に、ガス台下にあるオーブンを温めておいてと指示があり、華が準備をする。


 萌は手際よくバターを練り、砂糖を混ぜ合わせてくれている。

 白っぽくなるまで混ざったところへ、溶いた卵を少しずつ入れ、さらに混ぜていく───


 相変わらず、横の萌は元気がない。

 後ろで見学組になったコンルだが、瞬きせずに深玲を見続けていて、横の慧弥が揺すったり、チャトランを抱っこさせてみても、見向きもしていない。


 が、そんなことより、萌のほうが心配すぎる!!!!


 いつもはしゃいで明るい萌が、じっと黙っているのが、本当におかしい。

 特に玲那とのやりとりから、ギクシャクした気もする……


「萌、ねーちゃん、大丈夫だから、言ってごらん?」

「大丈夫って、……何、が……?」


 驚きに何かが混じったリアクションだが、華は続ける。


「あんたの心配事のこと。いきなり相手のこと、殴ったりとかしないからさ、ねーちゃんに言ってごらんって」

「その……」


 オーブンが温まった音が鳴る。

 ブザーが2回、各調理台から聞こえてくる。


「先に、焼いちゃお、ねーちゃん」


 しぶしぶ生地を流したカップを鉄板に並べ、オーブンへと入れたとき、窓を叩く音がする。

 音はびちゃびちゃに濡らしたタオルを窓にぶつけたような音だ。

 雨降りに窓を磨く人がいる。と聞いたことがある。

 清掃の人だろうかと、華はカップの位置を均等にすると、扉を閉め、時間をセットした。


 立ち上がったと同時に悲鳴も上がった。


 ここは1階の調理室だ。

 大きく取られた窓はカーテンはしていなかった。


 それが幸か不幸か。


 窓に張り付いていたのは、髪の毛をだらりと下げた、肌が黒く溶けおちた女、だった───

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