6話 真の支援術


「うぐぐっ……」


 僕は苦しみ悶える瀕死の冒険者にそっと近づき、まず精神と体の内部異常に効果のある回復術をかけ、負に満ちた精神状態を向上させて気持ちをなるべく落ち着かせることにする。


 病は気から、という言葉があるように、気を紛らわせることで少しは痛みも抑えられるんだ。


「大丈夫だから」


 回復術をかける際には、こうして穏やかな調子で元気づけるのも忘れない。ここで大事なのが、続けざまに治癒術をかけないこと。


 大体の支援者は瀕死の患者を診るとき、回復術を使わずに止血や痛み止めのために慌てて治癒術を先にかけてしまうが、それは不正解だ。


 相手の気が苦痛や恐怖で激しく弱っているときに治癒術をかけても、効果は著しく減少してしまうからだ。というのも、気というのは体と密接な関係にあるからである。


 あと、人は陽と陰の気に対して公平に耐性を持つ。治癒術も陽なので、一度目で大きな効果を得られないと耐性ができてしまってそのあとの治療が厳しくなる。


 回復術で気を向上させ、内臓の腐敗を正常化させたところで治癒術をかけると、傷つきはみでた腸が少しずつ治りながら体内に戻っていくのがわかった。人は無意識のうちに自身の五臓六腑の位置を把握しているというから、気を向上させることでそうした元に戻るエネルギーも強くした成果だ。


 さらに浄化術によって綺麗にした血を患者の体内に流し込んでいく。最後に弱った気力と筋力を補助術で強化させてやると、まもなく腸が完全に引っ込み傷口も徐々に小さくなっていった。


「――うぅっ……」


 補助術の副作用で冒険者は気を失ってしまったが、ここまで来ればもう大丈夫だろう。


 自分の気の力だけに頼るのではなく、患者の治りたい、助かりたいという気持ちも大いに利用する。それこそが真の支援術なのだ。


「お、おい、クロム、お前、なんてことをしてくれたのだーっ!」


「うっ……?」


 目を見開いた鬼教官のゴードンから胸ぐらを掴まれる。


「瀕死の冒険者を治すどころか、殺してしまうとはっ! 見習いごときの浅はかな治療行為の代償をどう払うつもりだっ!?」


「いや、ちゃんと治って――」


「――お黙りなさい!」


「ぐっ……!?」


 今度は割り込んできたミハイネ補佐官に頬を叩かれる。華奢な見かけによらず結構痛い。


「いくら瀕死の患者相手とはいえ、これは絶対に許されないことよ。ゴードンの言う通り、どう責任を取るつもりなの……?」


「それはこっちの台詞です」


「「え……?」」


 僕が指差した方向を、きょとんとした顔で見る二人。


 そこには、薄らと目を開けた冒険者の姿があった。まもなく咳き込みつつ、痛そうに顔を歪める。


「……ゴホッ、ゴホォッ……お、俺、は……た、助かった、のか……?」


「な、治したというのか、この若造が……」


「う、嘘……。どうして……」


 真っ青になってるゴードンとミハイネのほうが重傷者みたいだ。


「僕はどう責任を取ればいいんですかね?」


「「ぐぐっ……」」


 僕の発した言葉に対し、ギリギリと歯を噛みしめる二人。


「……お、お見事よ、クロム。でも、勝手な行動は減点対象だから、覚えておきなさい」


「……あ、そ、その通りだっ! たまたま治したからって調子に乗るなっ! 今回の身勝手極まる行為は必ずあとで問題になるから、よく覚えておくがいいっ!」


 ミハイネに続き、ゴードンも捨て台詞を残して去っていった。


 僕自身、ちょっとやりすぎたところもあるかもしれないが、それでも瀕死の冒険者を前にして何もしないというのは考えられなかった。


 二人が消えたタイミングで静寂が破られ、ほかの支援者見習いたちが集まってくる。


「クロム君、凄いね、どうやったの!?」


「クロムさん、あなたって本当に新人……?」


「すげーよ、お前!」


「見習いっていうレベルじゃないっすよ……」


「あの、みなさん、そんなに騒いだらダメですよ。クロムさんが困ってます」


「あ……」


 気の利いたことを言ってくれる人がいると思ったら、アルフィナだった。しかも目を赤くして泣いてるし、なんでだ?


「その、すみません。クロムさんの支援術の腕が凄くて、感動しちゃって……」


「そ、そっか……」


 周りに見せびらかす意図はなかったが、泣くほど感動してもらえたならよかった。ダランの反応も気になって見てみたら、いかにもつまらなさそうに壁を蹴っていて、その傍らでオルソンが呆れ顔をしているという構図だった。


 一方、ヴァイスはどうしてるのかと思ったら、複雑そうな顔でじっとうつむいていた。そのことが自分には一番気掛かりだと感じた。よく考えたら、僕は彼の忠告を無視してしまった格好だしな……。

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