2017.12.6 糸と神権と蓄音機械①



 

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     ête-moi         ta p \


  de la   │une


         tA plume⌒

■u clair de la l□ne,        

      Mon ami

  Prêt◎○i ta sajme


——

             < #

 ord.


 Au clair  de la lune,   Mon ami Pierrot,

 Prête-moi  ta   plume   




 Pour écrire un mot.




                   │┃











 ずっと、脳裏に焼き付いて離れない記憶がある。






 長い長い眠りの後、目を覚ますと、外はすっかり明るくなっていた。揺れる白いカーテンの隙間から、陽の光が降り注ぎ、俺の肩あたりを照らしていた。天井に映る木漏れ日の影を、寝起きの頭でぼんやり見つめていると、唐揚げの匂いが漂ってきた。腹の虫が切なく鳴いた。冬眠明けの子熊みたいに、俺はのそりと起き上がった。


 リビングに行くと、母がご馳走をテーブルに並べているところだった。


 唐揚げの乗った大皿のほかにも、フライドポテトやちらし寿司、東京の何とかという人気店のピザ、野菜がごろごろ入ったスープなどが置かれていた。どれも全て、俺の大好物ばかりだった。


「あら、おはよう!」


 母の明るい声に、「おはよう」と返した。

 リビングにはテレビがついていて、ぼーっとそれを見ていたら、ふと「今日は平日だ」ということに気づいて、心臓が跳ね上がる。しまった! 寝坊した。そして同時にこうも思った——でも、だとしたらなぜ母は怒りもせず、ご馳走なんか作ってるのだろう。


「ねえ、母さん。今日、学校行かなくていいの?」


 恐る恐る尋ねると、母はにっこり笑って、俺の小さな体を抱き締めた。そして言った。


「ええ。いいのよ」


 それから、家族みんなでお昼を食べた。

 まだ学校にいるはずのきょうだいも、その日は全員家にいて、しかもいつもやってるようなおかずの取り合いもなく、年下の俺に全部料理を譲ってくれた。まるで誕生日みたいだった。


 いっぱい食べて、いっぱい笑って。

 空腹が十分に満たされたあと、母が唐突にこちらを向いた。


「ねえ密軌。今、幸せ?」


 真剣な母の表情に気圧されて、よくわからないままに頷くと、母はもう一度俺を抱きしめた。


「あなたは偉いわ。どうかそのまま、ずっと素敵に笑っていてね——」


















 やあ。

 えっと、ただいま。






 あー……単刀直入に言うと、来世にはまだ早かったようだ。俺は、死んでない。お恥ずかしい。雅火さんの言う通り、日記なんて、真面目腐って書くもんじゃないね。読み返した時の居た堪れなさといったらない。とは言いつつも、こんな後悔を味わえるのも、命あってこそ、ということで。心から良かったと感じる。生きて帰ってくることができて。

 まあ100%スッキリ解決……というわけでは、実はまだないのだけれど、ひとまず「終わった」と、そう言っていいんじゃないかな。今は月明かりの差し込む部屋で、この日記を書いている。シェアハウスじゃなく、先生のクリニックの一室だ。検査入院みたいな感じ。まあ、先生のところにいる方が、何かと勝手がいいというのもあるけど。




 どこから書こうか。




 じゃあまず、撃たれたところから。無難にね。

 先生の書いていた通り、■■駅に降り立って、ほとんどすぐに襲われた形になる。ホームの古いベンチに例の二人組が座っていて、男の肩と腿からは血が流れ、少女は苦しそうに息を荒げていた。とはいえこちらも覚悟を決めていたので、見て見ぬふりをして先を急ごうとしたが、一瞬先に男の方が、俺に向かって話しかけてきた。

「すみません、そこのあなた。どうか、私たちを助けてくれませんか……」

「……」

 強面の割には、不思議と穏やかで落ち着く声だった。そろりと視線を改札の方へ向けると、男がすぐさま懐から銃を取り出して、構えた。

「助けてください。お願いします」

 俺はすぐさま手を上げて、降参のポーズを取った。銃撃戦にナイフを持っていく……ではないが、たとえ俺がその時銃を持っていたとしても、敵う気がしなかった。少女は無言のまま、男の銃を構えていない方の手を、ぎゅっと握り続けていた。


「……人に物を頼むのに、そんな頼み方って、ありですか」


 この一月弱で、俺も少しはに耐性がついたようで、そんな皮肉を言えるくらいにはなった。おっかなびっくりで、だけど。

「これでも精一杯、丁寧に頼んでいるつもりですが」

「わかりました、わかりました……でも、何があったのか、それくらいは教えてくれてもいいでしょ」

 男は頷いて、銃をしまった。額には大粒の脂汗が滲んでいたが、眼光は真っ直ぐこちらを見ているばかりで、発汗以外には苦しそうな素振り一つ見せなかった。

「この街の宗教団体が、遠い街に住む少女を攫っていきました。少女はこの子の親友で、長いこと家に帰っていません。だからこの子は、私に助けを求めたのです」

「あなたはじゃあ、復讐屋さん……ってことですか」

「そんなところです」

「警察は役に立たなかったんですか?」

「人の力には限界がありますから」


 人の力って。あなたも人でしょう。


 そう言ってやりたかったが、代わりに出たのはため息だった。言っても見当違いというか、無駄なことのように思えた。

「ということは、あなたを撃ったのは、その■■教の人たちなんですね」

「これは銃弾による傷ではないのですが、大まかにはそれで合っています。彼らは……神様を組み立てたと言っていました」

「神様を?」

「あくまで、彼らが言うには、ですが。しかし、彼ら自身に神の何たるかなど、わかっているはずもない。せいぜい漫画やアニメのイメージと、オカルトの知識があるくらいでしょう」

「えっと、つまり?」

「事実と空想が一緒くたになっているということです。願望、と言った方が、正しいでしょうか……彼らが実際やったことは、人間の誘拐と、物質の解体と、歪な再構築です。その産物を、ただ神と呼びたいだけで」

「でも、信仰って、だいたいそんなものじゃないんですか」

「いいえ。彼らは自分達の神ですら、信じていない。裏切られるのが、怖いのでしょう。彼らの関心ごとは、神を作ることなどではなく、神を作り出した自分達自身こそを信じることです」

 なんとなくそれは、俺にも納得できる論理のように思えた。自分という存在の確かさを、より強く信じることができるように、よりでかいオブジェを建てる。より優秀な子供を育てる。……それはきっと、人間らしい行いなのだろう。

「で? 俺は何をすればいいんですか」

「私の代わりに、この子を連れて、逃げてください」

「あなたは?」

「囮になります。すぐにも追っ手が、来るでしょうから」


 それで結局、囮になったのは俺だった。


 当然本意じゃなかったさ。けど、あの女の子の不安げな顔を見てしまったら、そうするより他になかったよ。俺が交代して一体何になるんだ、と思った。こんな強そうな人がボロボロになるくらいの相手に、目の見えない少女を庇いながら戦えると思うほど、俺は無謀じゃない。かといって、まあ、単身で囮になろうとすることが思慮深い行動だとも、到底言えないだろうけど。

 でも、これも導きってやつなのかなと思った。

 だって俺みたいなひ弱な男が、悪い奴らにとどめを刺すなんて、ちゃんちゃらおかしい話だ。きっと俺が今ここにいるのも、この楽器ケースの男に、傷を手当てする時間をあげるためなのだろう。そうしたら、きっとこの男が代わりに、なすべきことをなしてくれる。そう思った。そういう運命だと思った。だから、改札の方からやってきた信者たちの放った銃(ていうかあれは銃だったのか? どう見ても銃とは思えない形をしていたと記憶しているのだが、今となっては判然としない)から、二人を守ってあげた。盾に、なってあげた。


 痛かったよ。かなりね。


 あまりに痛すぎて、意識が衝撃でぶちっと切れて、手を離した風船みたいに空高く飛んでいってしまうんじゃないか、という気がした。倒れ込んだホームの暴力的な硬さと、独特な匂いを覚えている。凍えるほどに寒くて震えが止まらず、ガタガタ言う胃の中の液を吐きそうになりながら、気絶する間際に誰かが耳元で囁くのが聞こえた。「湖畔のホテルで待っていますから」。

 それを最後に、完全に気を失った。




 それ以降は、うん……あの下劣なおっさんの日記で、大体補完されてるんじゃないか。




 色々言いたいことはあるけど、これだけにしておく。先生は一体あの男のどこに信頼を置いているんだ!(助けてくれたけれども!)先生の友達って言ったらなんかこう、落ち着きがあって、本とかいっぱい読んでて、いかなる時も冷静沈着で、みたいなイメージだったんですけども。

 いや、でも、本当に無茶苦茶な人だった……

 彼は、椋澤の手下であるところの黒服たちにひとしきり一方的な暴力をお見舞いしたあと、唖然とするばかりの俺を、湖畔にある観光ホテルにまで乗せて行ってくれた。そして「汗べっとべとだわ」と言って、そのまま近くの温泉に行ってしまった。すぐそこで火が轟々燃えてる、あの状況でだよ。何考えてるかわからないにも程がある。でも今度会ったら、改めて、日記を預かってもらったお礼を言わないといけないな。一応。


 ああ、そうだ。山火事の話。


 到着したホテルのロビーには、その火災から避難してきた住民や元々泊まっていた人(オフシーズンなので多くはなかった)が集まっていた。テレビでは当然火事の速報を流していて、誰もが不安そうな顔をして、ソファに座って休んだり、電話をかけたりしていた。大口の団体客が来た時の賑わいと同じに見えなくもなかったが、時折怪我人や病人が奥に運び込まれたりしていて、まあ、申し訳程度の緊迫感は漂っていたといえるだろう。

 そんな軽いパニック騒ぎの中でも、あの二人は目立つので、すぐに見つかった。


「無事だったんですね」


 でも声をかけたら、後悔を覚えた。恐ろしいと思った。何がというと、こちらの身を気遣ってくれた少女ではなく、男の鬼気迫る表情が、だ。初めて会った時の顔だって、まあ普通にいかつくて怖かったが、その比ではなく。なんというか……ライオン? 吸血鬼? 狼男? 確か前に金ローでやってたハリポタで、学校の先生が狼男に変身するシーンを見たことがあるが、あんな感じだ。自我を失って暴走する寸前みたいな。


「火のせいだと、思います」


 少女は目が見えないなりに、たぶん声や気配などで、俺のことを認識してこう語った。曰く、水のそばでは肉体の回復力が弱まり、逆に火のそばにいくと生命力も強まる。しかしその度が過ぎると昂りのあまり、我を失ってしまうらしい。何だそれは。ポケモンか何かか。そんなことを思ったが、流石にそのジョークを言えるほどの余裕はなかった。


「君たちはどうやってここまで?」


 尋ねると、少女は明瞭な口調で説明した。立派な子だ。俺が同じ年齢の時に、彼女と同じことができたかどうか。おまけに盲というハンデ付きで。彼女の持つ白杖は、老練の魔術師の杖のように見えた。

「私たちは……私たちが試みたのはです。多勢に無勢の状況では、暗殺が最善策だと判断しました。それに事前の調べで、あの館には特に厳重に守られている部屋がある、との情報を掴んでいたので。おそらくそれが彼ら信徒の心臓部であり、全てをおかしくしている元凶なのです。だから、彼の回復が済み次第、そこに焼夷弾を打ち込もうと」

「しょ、」

 ミリオタじゃない俺でも、なんとなくそれが物騒なものであることは察しがついた。

「そんなもの、どこに……」

 少女が男の足元にある楽器ケースを開けると、そこには分解された状態の狙撃銃が入っていた。

「いや、でも、障壁とか、反動とか?」

「彼には関係ありません」

 関係ないんかい。

「でも、森に身を隠して、いざ狙撃を行おうとした時、周囲が突然燃え始めました。そのせいで彼は錯乱し、私は何とか宥め、ここまで引っ張ってきたのです……この湖水のほとりまで」

「突然燃えたってことは、放火ではない?」

「人の気配はなかったと思います。爆薬などの罠の匂いも。でも、私の目はこの通り、全く見えない全盲です。それに、あの時は狙撃に集中していて、周囲にはあまり気を配っていなかったので、気づかなかった可能性はあります」

 この時点で、俺は雅火さんがやったんじゃないと確信して、少し安堵した。だってあの人が——あんな言葉を綴る人が、いくら怒っているとはいえ、子供がいる森に火付けなんてするわけがない。

「にしても君、あの館に友達がいるかもしれないのに、撃って燃やしちゃうつもりだったの?」

「はい」

 当たり前のように少女は頷いた。


「私と彼女は親友です。が、悪人に捕まったのはあの子の過失です。私はあの子を許しません。私はあの子の怠慢を許さない。憐れみなどない。私たちの絆は傷の舐め合いじゃないから。これは私の怒りです。私をこんなに長く一人ぼっちにして……燃えて死ぬなら、それまでの女です」


 男も依然として怖かったが、この時ばかりは女の子の方も怖かった。目が見えないのがかえって恐ろしく、でも、何だか少しだけほっとした。この盲目の娘を不必要に哀れまなくていいのだと思うと、ある意味では、気が楽だった。

 ……ていうか、女の子って、怒るとそこらの男なんかよりよっぽど怖いよね。それとも俺の周りの女子がこうなだけ? ま、いいけどね。



 俺も——あんな風に生きればよかった。



 すごく、自由だと思った。あの少女の生き方は。そりゃ、目が見えないんだからその点は不自由なんだろうけど。でも、そういうことじゃない。体はどうであれ、魂は自由。そんな感じがした。俺はどうなんだろうね。五体満足な……もっと言えば中の上くらいの体を持って生まれて、得られたのは眠ることさえままならない、薄ぼんやりとした人生だけ。魂なんて、とっくに腐ってる。しかも何が最悪かって、それがどうにもできない土砂降りや洪水のせいなんかじゃなく、自ら鉢に溢れんばかりの水を与えて、腐らせた結果だということ。



「……役に立つかわかりませんが、これを持って行ってください」



 ロビーでの別れ際に、少女は、細長い形のICレコーダーを二つくれた。一つは録音済みのもので、一つは何も入ってない新品だった。

「あいつらを訴える時に証拠になるかなと思って。空の方は余り物ですが、せめてものお詫びの気持ちです。自由に使って下さい。あと勝手ですみませんが、私たちのことはどうか内密に。たぶん他の人には信じてもらえないでしょうし、あなたにとっても不利になるだけだと思うので。今回は巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」

 謝罪まで完璧とは、本当にしっかりした子だ。恐れ入る。俺は笑って首を振った。

「いや、いいんだよ。そんなに謝らなくて。俺も元々、あそこに用があったからさ」

「え?」

 少女の不思議そうな顔を横目に、俺はレコーダーの再生ボタンを押した。案の定、ワーワーギャーギャー、何か言っていた。自分の人生は自分で決めるだの、操り人形の糸を切れだの、そんな感じ。でもどんなに尤もらしい御託を並べられても、確かにそこには、血の温かさが感じられなかった。楽器ケースの男が言った通り、どんなにペラペラと巧みに話していても、本気でその内容を信じている者など一人もいない——それがうっすら察せられてしまった。まるで学級会だ。道徳の教科書っぽい綺麗事をみんなで読み上げて、放課後にはあっさり忘れ去る。話題に上げることさえしない。だってはなから信じてないのだから。

 実際、魔法じみた力や、後に力を得られるという確約がなければ、誰も、何も信じようとしなかったのではないか。そう思うと、どうしようもなく萎えた。信仰というのは暇な大学生が授業の片手間にやるお遊びサークルか何かか? そんなもので絶望から救われるというのなら、俺も誰も、こんなに苦しんでない。そうやすやすと、全て失い失わせる覚悟もなしに使っていい言葉ではないのだ。救いも、神も。


 奴らが組み立てたのが具体的に何だったのか、その時の俺は知らなかった。


 でも、レコーダーから流れる乾き切った神権政治論を聴きながら、少しだけ考えていた——神様とやらを組み立てて、結果出来たのがグロいガラクタだけだったとしても、こいつらは信じ続けることができたのだろうか。愛することができたのだろうか。自らが作り上げたそれを。





 ……まあ、強い上位存在におもねったり、あとで特別な者になれると根拠のない約束をしたりすることは、信仰の本質には違いないんだろうけどね。とにかく、それを聞き終えた後、俺はホテルをあとにした。雅火さんと先生の行方も心配だったし、何よりレコーダーの中に、聞き覚えのある声が混ざっていた。勝てる算段などなくても、行かなくてはならなかった。今度こそ。

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