2017.11.13 シェアハウスの国
今日のことを書く前に、昨日書き損ねたことを書いておく。昨日の午後に、先生が余分の仕事(例の変死体の始末)を終えるのを待ってから、件のシェアハウスにほぼ身一つで入居して、自室で日記を書いた。ただ、その後、特に眠れたというわけでもなくて、なんというか……こっちの人たちは皆夜型で、深夜になってから動くものらしい。まるで吸血鬼か何かみたいに(まあ、俺も人のこと言えないけど)。
それで意に反するというか、意図しない形ではあったけれど、初仕事? のようなものを、した。時刻的には、今日の午前二時かその辺に。
というより……
あれは、雑用と言った方がいいのかな……
うん。
とりあえず、ありのまま今日起こったことを記すぜ。物音がしたので部屋のドアを開けてみたら、女装したロン毛男が落ちていた。すね毛が恐ろしく濃かった。何を言ってるのかわからないと思うが、俺も何が起こったのかわからなかった。何か恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……というやつかも。しかも夜中の二時に。なんなのもう。
もちろん、危機回避能力を持った真っ当な人間として、何も見なかったことにしてドアを閉めようとしたのだが、時はすでに遅し。向かいの部屋のドアがスッと開き、その住人と目があってしまった。しかも女の子だった。じーーーっとこっちを見てくるので、無視することもできず、俺は話しかけた。
「はじめまして。挨拶遅れてすみません。俺、今日からここに住まわせてもらうことになった、きく……ミキです。よろしくお願いします」
ごめん! 書き忘れてた。整形はともかく、本名を使うのは流石にまずいので、偽名を名乗ることになった。先生曰く、あまり本名とかけ離れた偽名では使い勝手が悪いというので、とりあえずは『ミキ』と名乗ることにした。でもこれはこれでしっくりきてない。今のところ。
「ああ、君が新入りくんね」
とにかく、じっと見つめてきていた女の子は、俺の名前を聞くとニコッと笑った。ロン毛女装男が間に挟まっていさえしなければ、かなり心和む笑顔だったと思う。
「私知ってるよ、菊茅さんとこの坊ちゃんだよね。顔変えないの?」
「えっ……失礼ですけど、知り合いでしたっけ?」
「ううん。先生から聞いただけ。ねえねえ、何年生まれ?」
先生から、というのに少し引っかかったけれど、とりあえず答えた。
「えっと、1997年ですけど……」
「わー! じゃあ私より年下かぁ。可愛い顔だね。モテるでしょ?」
「い、いや、そんなことは……」
そんな話をしていると、話し声がうるさかったのか、初めから起きていたのか知らないが、角の部屋からまた違う男が出てきた。そして俺を思いっきり殴った。当たり前のように。
そして、ふんと鼻を鳴らしてこう言った。
「三半てとこか」
「さっ、はっ?」
「お前、今日からフォスな。よろしく、3代目フォス」
それを言い終えたら、すぐまた部屋に戻って行って、まったく訳がわからない。うるさいならうるさいと言葉で言えよ。クソゴリラ。まあ、そのあとお姉さん(名前を
「あの人、暴君なくせにミーハーでさ。私のことはシンシャって言ってたし。なんか今期のアニメのキャラらしいよ? 意味わかんないけど、まあ、ニックネームみたいなものだから」
確かそんなことを言われながら、手当を受けた。このシェアハウス——名をアクリントムーアとかいうらしいこの建物は、一階が便利屋としての事務所と水場、二階が各自の寝室という構成になっている。救急箱は事務所のほうに置いてあるらしく、あのクソゴリラに殴られてから一緒に一階に降りて、ぐわんぐわんする頭と打撲した部分を氷で冷やし、切れた皮膚に絆創膏を貼ってもらった。傷の様子を見ながら、彼女はずっと俺を観察してるみたいだった。
「あのさ」
「はい」
「その内ポケットには、何入ってるの?」
音原先生から譲ってもらった古着。この時期は、上着がないと寒くていられない。俺の部屋には、前の奴が残していったらしいベッドとテーブルくらいしかまだなくて、ストーブも故障中。だからずっと上着を着っぱなしだった。そのポケットの膨らみを見て、彼女は質問してきたのだ。めざとさはすごいけれど、敵に回したら面倒そうだな、とも思った。
「これは、ポケット手帳ですよ」
「へー。メモ魔なの?」
「日記代わりなんです。先生に書けって言われてて」
「あ、そっちか。でも、家があんなになったっていうのに、よく日記持ってこれたね」
俺はこう説明した。日記を部屋に置いておくのが怖かったのだと。あの日に限ってことじゃなく、なんとなく……。
「部屋に置いといたら勝手に見られるかもしれなかったってこと?」
「いや、そういうわけじゃない、けど」
「けど?」
「まあ、それは、本当になんとなく……」
本当になんとなくとしか言いようがない。置いといても勝手に誰かに読まれるようなことは万が一にもなかったと思う。うちの家族はそういうことはしないから。でも、なんとなく不安だったのだ。それでも。
「ねえ、殴られたばかりのところ悪いけど、ちょっと仕事頼まれてくれない?」
「仕事、ですか?」
「ま、大したことじゃないんだけどさ。私の部屋、灯油切れちゃって。入れてきてくれないかな。もしやってくれたら、報酬として、今夜は私の部屋に寝かせてあげる」
それは色々な意味で胸の躍る提案だった。うっすいタオルケットとかびた毛布しかない俺の部屋では、もうなんか風邪ひきそうだったから、ストーブがある部屋で過ごせるのはありがたいし、それに……ねえ。
もちろんやりましたよ。仕事はね?
しかしそのほかは、何の成果も得られませんでした。ちょっと期待してたけどさすがに一緒のベッドでは寝れませんでした。でも雅火さんの部屋は暖かかったし、いい匂いしたし、どさくさに紛れて寝顔見たりできたのでやっぱ成果はあったかな。いや、別に寝込みを襲ったりとかは……パジャマのはだけたところから白い肌と下着がチラッと見えたからって誰が俺を責められるというんだい。色? 黒だったよ。なんだよ、別に興奮とかしてないよ。何書いてるんだ俺は。
だって眠れないんだよこっちは。元々。体質的に。
それになんか俺のこと気遣ってくれたのかなーとか思ったらもうこんなん好きになっちゃうでしょ。あー。もうこの日一日ヤバかったんだから。便利屋の上司の人たち(椋澤の息のかかったインテリらしい)に挨拶して、「君宛の依頼が来るまで雑用係として働くこと」とか言われてる間もずっと頭ぐるぐるしてたよ。床のモップがけと窓拭きと電話対応しながらずっと、肌白かったな〜とか、彼氏いるのかな〜とか。今もあの黒い下着つけてるんだなぁとか。雅火さんは外に出てたから、仕事だったんだろうけど、なんの仕事してるのかなとか。スタイル良くてかわいいし、もしかしたら今頃客と……とか。万が一誰か(女の子)にこれ読まれたら、男って最低! とか思われるんだろうな。みんなは知らんが俺は最低です。
で、今日の午前から午後までかかって、電気屋さんがストーブ直してった。ありがたいけどありがたくない。複雑。でも、まあ、逆に俺の部屋に呼べる可能性出てきたと思えば。
ただちょっと心配だったのは、夕方になって便利屋が閉まっても、雅火さんが帰ってこなかったこと。夜に俺が自室で動画見てたら、廊下で近くのドアが開いて中に入る音がしたので、たぶん帰ってきたのは10時ごろだ。ヤバい、こう書くとなんかストーカーみたいだな……でもたまたま音が聞こえちゃったんだからセーフ。絶対セーフ。
あ、ロン毛は気づいたらいなくなってた。あれは……なんだったのか。んー。知らない方がいいこともあるか。今日の分はここでおしまい。明日はちゃんと仕事入るといいな。
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