2017.11.5 お誕生日じゃない日



 姪っ子の誕生日会があった。


 うちは本家(本家分家のことはよく知らない)なので、何かあれば大抵うちに集まって色々やっている。しきたり……というより、物理的に、この家は屋敷と言って差し支えないほど広々としているし、なんなら庭もプールもある。かわいい盛りの5歳女児の誕生パーティーともなれば、プリンセスのお城みたいな場所で開いてあげたいと、親も余計にそう思うに違いない。


 当然、俺は参加しなかった。


 とはいえあまり遊び歩くのも、病人として憚られるような気がしたので、大人しく自室で映画を見ていた。有名なスプラッタ映画で、何もすることもないので、延々とそのシリーズものをぶっ続けで見た。最初は面白かったが、だんだん展開が単調になってきて、いつものようにうつらうつらとはしたが、結果はお察しの通り。おまけに手足をノコギリで切断されるという妙な白昼夢まで見て、気分が悪くなって、ぬるくなったコーラのボトルを捨てに行きがてら、裏庭に出た。


 いい天気で、昨夜の雨に濡れた緑がきらきらと光っていて、綺麗だった。


 裏庭はゴミ捨てと、裏の倉庫に入る時くらいにしか通らないので、草木の手入れはほとんどされず、半分森のようになっている。それでも、最初に設計された時には一応ここに石畳の道があったんだろうな、と察せるくらいの原型は残っていて、それに沿ってぶらぶら歩いた。時刻はちょうどお昼ごろで、遠くから子供のはしゃぎ声と、「■■ちゃんおめでとう!」というお祝いの文句が聞こえた。


 しばらく歩くと、道は二股に分かれ、山の方には倉庫が、街の方には古い東屋がある。


 東屋は曽祖父の意向(というか気まぐれ?)で作られたらしいが、製作者が死んでからは、本宅から結構離れているし、普通にもっと綺麗な庭が近くにあるのだからと、誰も手入れをしなくなった。ただ俺は暇人なので、大学を休学してからこちら、手慰みにここを掃除している。

 自分の部屋も、まあ、綺麗にはしている。

 だが、ここほど熱心に掃除はしていない。草やツタを刈ったり、腐った木材を交換したりと、汚いものが綺麗になっていく様子を見るのは、基本的には爽快なことだ。ただ、掃除とかいかにも病人のすることっぽいな、という自覚はあるので、あまり人に見られたくはない。


 東屋の中で、作業用の折り畳み椅子を広げ、座る。


 丘の上にあるので、見晴らしだけはとても良い。風も通る。草の匂いと、錆の匂い。ミニチュアのジオラマみたいな、田舎町。


 この街には、大した産業はない。


 昔でこそ、鉄山だの、製鉄だの、やっていたのかもしれない。そんな話を聞いた。戦時中は資源が必要だったろうから、まあ、やったのだろう。でも、日本はそもそも、天然資源の豊富な国ではない。鉄も取り尽くされ、鉱脈も枯れ、結局は田畑を耕すことになった……のだろう。ここには実り多い山もある、豊かな水源もある、肥沃な土壌もある。でも、やっぱりそれだけだ。百姓商売が、社会の上の方に来れることは、たぶん永遠にない。


 病院へ向かう、救急車のサイレンが聞こえた。


 いや、病院から出て行ったのかな。それはわからない。音だけが聞こえて、それを聴きながら、だらだらとコーラを飲んだ。人肌くらいにぬるくて、それでも、いや、だからこそ、とても甘ったるい味がした。





 コーラを飲み切ってからは、夕方になるまで、東屋を掃除した。

 やがて、ゴミ捨てに来たと思われる三番目の姉が俺を見とめ、声をかけてきて、それから戻って二人で夕食を食べた。三番目の姉は新聞社に勤めていて、結婚もしているのだが、嫁ぎ先の家が近くということもあって、時々戻ってくる。「適度な息抜きが夫婦円満の秘訣だ」と、そんなことを言っていたような気もする。


「みんな、もう帰ったの?」


 と俺が聞くと、姉は頷いた。

「帰ったよ。■■ちゃんも、ご機嫌で帰ってってさ。車ですぐ寝たって■■ちゃんからラインがきたよ」

「そっか」

「密軌も出ればよかったのに」

「俺はいいよ」

 ママ友だらけの会なんて、考えただけでゾッとする。場違いにも、程がある。

 時刻は四時半ごろで、夕飯にはだいぶ早かったが、朝から引きこもってほぼ何も食べていない俺と、同じく持ち帰りの仕事とパーティの手伝いで飯にありつけていなかった姉は、時間など関係なくテーブルについた。姪の誕生日パーティで出たらしきオードブルが、まだ大量に残っていた。

「もったいない」

 思わずそう言うと、姉は笑った。

「みんなの持ち寄りの料理がすごくてさ。そっちと並行して食べてたら、なかなか減らなかったの」

「ご飯系ある?」

「巻き寿司ならあるよ」

 姉が手渡してきたのは、透明なパックに入った、切り口が花柄になっている太めの巻き寿司だった。ご丁寧に一切れずつラップで巻かれていて、模様にも歪んだところがなかった。

「これ、久しぶりに見た。懐かしい」

「本当にね。おばあちゃんがよく作ってたよね」

 ちょっとお高めの赤ワインの残りなんかも頂きながら、花の巻き寿司と、オードブルの惣菜をつまんだ。エビチリやら、刺身やら、ミートボールやら。野菜が不足している感は否めないけれど、お祝いというのは、まあそんなものだろう。



 姉は今日は泊まっていくらしく、風呂から上がった後で、俺に一冊の本をくれた。昔から、この姉はよく本をくれる。

「何これ?」

 と尋ねると、

「ヒルティ。眠られぬ夜のためにってやつ」

 と返ってくる。

「前もこれくれなかったっけ?」

「そうだっけ?」

「まあいいや。ありがとう」

 どのみち眠れないのには変わりない。リビングのソファで、笑えるのか笑えないのか微妙なバラエティ番組を見ていた俺は、早速ページを開く。姉の手が頬に当たる。猫の首を撫でるような仕草で、これも昔から変わらない。読み進めていくと、ああ、やっぱりこれ前にも貰ったな、と確信した。でも、別にそのことを口に出したりはしない。これからするつもりも、特にない。たぶん。

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