転移者の息子 臨時雇い駅員編

葉山 宗次郎

第1話 臨時雇い駅員

「まもなく一番線に列車が参ります。黄色い線の内側へお下がりください」


 アルカディア中央駅の一番線ホームに案内の放送が流れる。

 だがその声は少し幼かった。

 十代に入ったばかりの昭弥の息子玉川昭輝、通称テルが言うのだから仕方ない。

 しかし、国鉄の制服を身につけたテルの眼光は鋭く、列車に乗客が巻き込まれないか鋭い視線を送っている。


「お客様! 危険です! お下がりください!」


 指示に反して線より内側に出た乗客に注意をする声は緊迫していた。

 その緊張感が伝わったのか、乗客は指示に従い内側に戻る。


「ふうっ」


 テルは一瞬安堵するが、すぐに気を引き締める。

 列車が入ってきて停車、ドアが開き乗客の乗降が始まる。

 何のトラブルが起きるか分からない。

 だから一瞬たりとも気が抜けない。


「臨時雇いでも駅員に変わりないからな。安全に対応しないと」


 テルは自分に言い聞かせるように小声で言う。

 リグニア国鉄では正規採用の条件としていずれかの現業職――保線、検修、運転などでで臨時雇いの経歴を求められる。

 これは一種の試験であり、鉄道の仕事に向いているかどうか国鉄と受験者が確かめ合う場だ。

 鉄道は多くのお客様を乗せて走っているうえに、レールで繋がっている。

 一か所の事故で全体に影響が及ぶことも多い。

 相互乗り入れを異常なほど推進した上、新幹線への乗り入れさえ行っているリグニア国鉄ではその傾向が強く、少しのミスでも全土でダイヤが乱れ、責任を追及させる。

 鉄道に不向きな人間に任せるにはつらい職場だ。

 そうしたミスマッチをなくすためにも各現業職で適性を見極め所属長の推薦をもらってから正式な職員として採用される。

 教育機関である鉄道学園も例外ではなく、最低年限の十歳でも現業職臨時雇いの経歴と推薦を求められる。

 厳しいが、もし不採用でも、他の現場へ入りなおすことができる敗者復活が設定されている。

 最初の職場と相性が悪いのに居続ける必要はない、むしろ相性の良い職場を見つけ出すほうが大事だ、という昭弥の方針だった。

 年齢制限が低いのは、十歳前後から働き始めるのが当たり前だったリグニアの風習の名残である。

 義務教育が始まった今でも残っており家庭の事情で小学校中退も珍しくはなかった。彼らの救済の意味もあり、国鉄は低年齢でも受け入れていた。

 鉄道学園に義務教育再履修のためのコースがあるのはそのためだ。

 だが、より切実だったのは、人材不足、特に優秀な人物が少ないという現実だった。

 百万人以上の社員を有する国鉄でも本当に優秀な人、各部署に必要な専門技能を持ち、周辺の部署との調整を行える人物は少なく、青田刈りしてでも欲しがるのは当然だった。

 そうした人材は他の産業でも求められているだけに早急に確保したい国鉄だった。

 かくして各駅には幼い駅員をちらほら見ることになる。

 その姿は愛らしく、一部の児童擁護家を除いて、微笑ましく乗客達は見ている。


「ダアシェリヤアス! 一番線発車します!」


 アルカディア中央駅で採用されたテルが駅で少しプロっぽく――子供らしいプロの駅員への純粋な憧れから独特な喋り方でドアの開閉と発車の合図を送っていたのもそのためだ。

 鉄道学園に入るために臨時雇いの経歴を必要としていた。

 帝国皇太子、特に鉄道を発展させしリグニアを史上最高の状態にした国鉄総裁の息子という経歴を使えば中央鉄道学園に無試験で入れるだろう。

 だが身びいきは避けたい昭弥と、自分の実力がどこまで通じるか試してみたいというテルの思いから身分を隠して採用されている。

 表向きにはチュニスの料亭石田屋の息子で中央駅の駅長と懇意にしており、駅長の推薦で採用されたということになっている。

 縁故ともいえるが人との縁も実力の内という考えのため、むしろ評価される。

 もちろんペナルティはあり、当人の実力が低ければ周りは本人のみならず、推薦者の能力――管理者として絶対に必要な人を見る目がないという評価を推薦者は下されることになる。

 推薦してくれた駅長のためにも腑抜けた仕事をするわけにはいかなかった。

 扉が閉まり、挟み込みがないことを確認すると柱の確認ボタンを押して車掌に安全を伝える。

 電車が動き出すが油断はできない。ホームのお客様が列車と接触しないか確認する。

 やがて最後尾の車両が接近すると、車掌に敬礼して電車を見送った。

 電車に異常がないか、下の台車から火花が出ていないか、パンタグラフに異常がないかを確認してホームから離れるとようやくテルは一息吐けた。

 だがまだラッシュ時のため完全には気が抜けない。トラブルが起きないようにテルは周囲に気を配る。

 しかし思いも掛けないことで集中力が乱れる。

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