バニラパンチ!

@umikon

第1話 謎の吸血鬼コスプレの男、サイファー! なんだか探し物があるらしい。

 2297年11月。


 ブルックリン家は夕食の時間。食卓に家族が全員揃っていた。

 祖父、祖母、父親、母親、長男、長女、次男。


 母親であるアグネス・ブルックリンは最後の皿をテーブルに置いて、椅子に座った。

 テーブルの上には豪華な料理が並べられている。ミートソースとコーンポタージュの良い香りが辺りには漂っており、子供達は食事にありつくのを今か今かと待っている。


「お母さん早く早く~」


 長男が今にも噛みつきそうな勢いでテーブルの料理を眺めながら言った。


「ちゃんと姿勢を正さない子供には食べさせられません」


 アグネスがそう言うと、子供たちは一斉に背筋を伸ばす。


「それでよろしい」


 アグネスは満足そうに頷いた。


「よしお前達、もう食べていいぞ~」


 父親がそう言うと、子供たちは目を輝かせてフォークを掴み、叫んだ。


「いっただっきまーす!!」


 子供たちの元気な声が部屋に響き渡る。


 だがその瞬間、子供達の声をかき消すようにパンッという大きな音が鳴り、家中の明かりが消えた。

 

 料理の良い香りの中に、まるでトーストが焦げたような匂いがした。

 

 突然の事に子供達は動揺し、騒ぎ始めた。


「みんな落ち着いて。きっとブレーカーが落ちただけだから」


 父親はそう言って蝋燭ろうそくを取り出し、火をつけた。


「ちょっと見て来るから」


 父親は玄関の方へ向かって歩き出す。


 騒ぐ子供達の後ろを通って父親は玄関に続く扉に手を掛けた。


 だが、その時彼には何か嫌な予感がした。


「みんな、静かに」


 彼は言って扉を開いた。


 扉の向こうからスーッと風が通り抜ける。


 玄関の方に一人、居るはずのない人間が立っているのが見えた。


「だ、誰だ!!」


 父親は怯えながらも力強く言った。


 家族は皆息を飲む。騒いでいた子供たちも静まり返り、しんとした空気が流れた。


 父は机の引き出しからそっと魔法の指輪を取り出した。


「私は魔術師だ。大人しく出て行ったほうがいい」


 父親は魔法の指輪を玄関の男に向かって見せつけた。


 その男は父親の方にゆっくりと歩いて来る。


「魔術師? ほう、それは恐ろしい……」


 男は黒いロングコートを羽織り、手にはなにやら奇妙な形の杖を持っていた。


 コートの襟を立て、暗闇に浮かぶそのシルエットはまるで吸血鬼ように見えた。


「お前は……何者だ?」


 父親は恐る恐る聞いた。


「俺はある品を探している。それがここにあるんじゃないかと思ってな……。少し協力してもらいたい。ただそれだけだ」


「探してるって……何を?」


「フラグメントオーブだ」


 その名前を聞いて父親は男から目をそらし、少しうろたえた様子を見せた。


「な、なんだそれは。聞いたことがないね。ここにはないからとっとと帰ってもらおうか」


「おっと、お前が何かを知っているのは分かってる。大人しく白状したらどうだ、お父さんよぉ」


「なんで私がそんな事知ってなきゃならない。私はただ真面目に働いてる会社員だ。見ればわかるだろ?」


 そう言いながらも父親の声は少し震えていた。


「だったらこの指輪はなんだ? 普通の会社員がこんなものつけるのか? 悪趣味な成金じゃあるまい」


 男は父親の腕を掴んで言った。


 だがその瞬間、父親は男の腕を振り払うと叫んだ。


「みんな下がって!」


 父親はそのまま男に向かって手を突き出した。


「ほう、何かやるつもりか?」


「言っただろう? 私は魔術師だ。私を見くびらないほうが良い」


 父親がそう言うと、彼が指にはめていた指輪が光った。


「これでも食らえ!」


 指輪から放たれた光が男の元まで届いたかと思うと、男が玄関の方へと吹き飛んだ。

 

 皆は心配そうに父親と吹き飛ばされた男の方を見た。


「大丈夫、気絶させただけだ」


 彼の言う通り男は倒れたまま動かなくなった。


 再び部屋は静まり返り、父親はゆっくりと男に近づいていった。


 静かな空間に床の軋む音が響く。


 だが次の瞬間、祖母の叫び声が上がった。辺りには嫌な鉄のような臭いが漂う。

 

 皆が声の方を見ると、祖母が首から血を流して倒れていた。すでに息をしておらず、即死だった。


「お母さん!!」


 父親は倒れた祖母の元へ駆け寄った。


 そして彼は男の方を振り返って叫んだ。


「一体何をした!?」


 男は依然として玄関で倒れまま、突然笑い出した。


 すると彼は宙に浮かび上がりながら立ち上がった。


「アッハッハッハッハ! 俺は何もしちゃいないさ。俺には優秀な部下が居るんでね。彼が気を効かせてやってくれたんだろう。うーん、実にいい仕事だな。92点だ!」


 皆は彼のその言葉に暗がりの中を必死に探すが、彼の部下らしき人物は見当たらない。


「探してもムダだ。あいつは目に見えなァい。アハハハ」


 父親は1歩2歩と後ずさりした。


 彼は次第にどうすることもできない絶望感と恐怖に支配されていった。


「さあ、オーブの在処を言え!! 言わないとどんどんお前の大切な家族が死んでいくぞ? それでもいいのか? まあ、俺は良いけどな!! アハハハ!」


「ど、どこにあるかは知らない! 本当だ! ただ、話は聞いたことがある。確かに俺の所属する機関が持っていたが、盗まれたんだ! 不気味な人形を持った謎の男に」


「そんな話はどうでもいいんだよ。じらさないで早く場所を言えよ! な? そしたら俺たちはすぐに居なくなるんだから」


「だから知らないって言ってるだろ!? 本当なんだよ」


「さっさと言え!!!!!! 全員ぶっ殺されたいか?」


 男は激しい剣幕で怒鳴りつけた。


「お願いだ、やめてくれ! 本当に、誓って事実しか言っていない! 許してくれ……」


 そう懇願する父親だったが、彼の後ろで家族の皆が次々と見えない何かに殺されていった。


 彼は後ろを振り返る余裕もなかった。


 祖父が死に、長男も倒れた。


 泣き喚く妹の鳴き声もいつの間にか消えた。


 そして、最後に一番下の弟までもが殺された。


 跪いて命乞いをする父親と、どうすることもできず涙を流しながら立ち尽くす母親だけが取り残された。


「どうしてこんなことを……」


 父親は男のコートを掴んだまま膝から崩れ落ちた。


「ああ、かわいそうに……。そんな泣きそうな顔をして。大人しく従っていればよかったねぇ。よちよち」


「だから、知らないって言ってるだろ!! 家族を殺されたって、知らないものは知らないんだ!! なんで分かってくれないんだ!!」


 父親は思わず男に掴みかかった。


「答えろ!! お前は何者だ!!」


 父親は彼を掴んだまま叫んだ。


「あ~もううるさいうるさい。邪魔」


 男は父親の質問には答えず、父親の頭を持っていた杖でポンと叩いた。


 すると突然父親の体が宙に浮かび上がった。


「お前はもう死ぬんだから、名乗る必要はないだろう? まあ、少しは情報をくれたからな、せめて楽に殺してやるよ」


 男はそう言って手で何かの合図をした。


 すると、父親は突然うめき声を上げた。


 彼を見れば腹から血を流していた。


「な……なぜ……」


 彼はそう一言だけ残して息絶えた。


 すると、今まで身を潜めていた透明人間の殺人犯がついに正体を現した。


 その男は巨大な剣で父親の腹を突き刺していた。彼は剣を父親の体から抜くと、青白い光が剣を一瞬包み込んだ。


「ご苦労、アダム」


 コートの男は剣の男に言った。


「一体、あんた達何者なの……?」


 それまで口を閉ざしていた母親のアグネスが聞いた。


「お前、全員が死ぬのを待ってようやく口を開いたな」


「そんな、私はただ……」


「気にすることはない。俺はそういうズルい人間は嫌いじゃない」


「私も、殺すの……?」


「その予定だったが、気が変わった。お前は生かしてやる。その代わり、お前には大事な大事な役割を任せよう」


 男はアグネスの肩を叩きながら言った。


「役目ってなによ……?」


 一体この状況で何を言われるのだとアグネスは息を呑んだ。


「俺の名を世に広めてもらう。俺もその方が活動がしやすいからな」


「あんたの名前って……?」


「俺の名は……サイファー」


 男は言った。


「まさか……? サイファーは死んだはずじゃ」


「サイファーは復活したんだよ。この俺がサイファーの魂と意思を継ぎ、2代目サイファーとしてな」


「サイファーが復活した……」


「そうだ。もう一度」


「サイファーが復活した」


 アグネスは1歩足を引いた。


「もう1回!!」


「サイファーが復活した!」


「死ぬまで言い続けろ。でなきゃすぐに殺しに行ってやる」


「サイファーが復活した! サイファーが復活した!」


 アグネスはそう繰り返しながら、ゆっくり後ろを向いてそのまま走り出した。

 

 彼女は窓から飛び出し、裸足で走った。


 その間も彼女はずっとその言葉を繰り返し叫んでいた。


「どうやらここにはオーブはないようだ」


 家の中を物色していたアダムがサイファーに告げた。


「まあ、そんなことだろうとは思ってたがな」


 アダムは剣の柄の部分に埋め込まれていた小さな瓶を取り外した。その瓶の中には青白く光る液体がなみなみと入っていた。彼はそれをそのままサイファーに渡した。


「一度に6人分の魂を飲むのは初めてだな」


 サイファーは瓶を受け取ると、中の液体を一気に飲み干した。その強烈な味に彼は身震いした。


「なかなか効くなァ……これは……」


「いつになったら終わる?」


 アダムがサイファーに問いかける。


「もちろん全て揃うまでだ」


 サイファーは庭に出て夜空を見上げた。満天の星空の下、少し肌寒い空気が彼らを包み込んだ。


「全てだ。俺は前のように甘くはない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る