十字路世界

@256a

第1話 第一号:遅刻は10回までなら許される


 9:23,10,26,A.C.2028


 マイク・バンドルマンは時間に追われていた。

 そのオフィスワーカーらしからぬ筋肉質な足で自転車を漕ぎまくる。ひたすら漕ぎまくる。


「なんで起こしてくれなかったんだよ!! 母さん!!」「あああもう! ああッ!!」

「こんな事なら『銀髪褐色巨乳聖母系ギャル・クローラ総集編~存分に甘えて下さい貴方の下半身は幸せですか』を徹夜して見るんじゃなかった!!」


 完全に自業自得だが、マザコンで日頃から優しい若い女にいつか面倒を見て貰いたいという、とてつもなく自分に優しい幻想が根付いている彼には自分の責任だと言う事が1ミクロンも脳裏を掠めなかった。


 坂道を猛スピードで駆け下り、6階立ての灰色の鉄筋コンクリート製の建物の前に到達し、自転車を駐輪場近くの茂みに放り捨てると猛スピードで階段を駆け上がっていく。

 唸る脹ら脛、悲鳴を上げる膝、そして中に鉄の棒でも入れられたような痛みがマイクの肺を襲う。


(自動ドアが見えた! もう少しだ!)

 そして自動ドアが開く。ドアが開くのにかかる時間は高々数秒なのに永遠のように感じられる。

 開いた。やった。ダメだった。

 開いた自動ドア目の前には眼鏡を掛けた背が高くカジュアルスーツを着た黒髪のポニーテールの女性が立っていた。

「へへ.エザキ係長どの。おはようございまさぁ.(ニコッ)」

 目の前の少なくとも自分より知的に見える女性はこう言い放った。

「遅刻の分、減給だから。あとで何故遅刻したかの理由を報告書に書いて私の端末に送りなさい。10:00前には出して」


 想定していたより寛大な処分にマイクは油断して昨日の褐色おっぱいとピンク色の乳首を頭に浮かべ始めた。そして自分のデスクに行こうとした瞬間、脛に硬い何かが直撃する。痛ぇ!

「貴方いい加減にしなさいよ。私もヒマじゃないの。11:30からオベリオン錠剤に関するマルクト社の取材と調査があるから。準備して」

 そう言い残しカッカッカッと音を立てながらオフィスの奥へと消えていった。


 ようやくオフィスの自デスクについて、業務用オフィスチェアーに腰掛けたマイクは一息つく。

(後でダイエットサイダーかZAVES買って来ようかな) そうやってボーッとしているとポンッと肩を叩かれた。

「いや~今日も一段とキツかったな! エザキ係長殿は!」

「おーファビアンか、いや前日な」「いや、分かってるから。銀髪褐色巨乳だろ? それもママ系の」

(コイツゥ! 職場でそれを言うなよ!!)

 このマイクの性癖を知り尽くし、あまつさえそれをデカい声でバラ撒くこの男はファビアンと言う。正直大学時代は俺とどっこいかと思ってたが意外と仕事が出来てモテる事が最近判明した。どうやら自分にだけデリカシーが適用されないようだ。


「今日の取材気張れよ! エザキ係長を困らすなよ!」

(そんな事言われなくても分かっとるわい! あぁ憂鬱だぜ.もぅ)

 一連の儀式を終えたマイクは空間ディスプレイを起動する。

「さーてまずは遅刻の報告書書かないと」マイクは報告書を書き始める。「前日はオンラインビジネス研修を徹夜でやっていた為.っと」

 遅刻の報告書は順調に書き上がってる。手慣れたモノだ。しかし書き終わっても取材の準備があるし、あのキツキツ・・・・な女と一緒に仕事しなきゃならないとは……


(ん? なんか周囲が騒いでいるな……些細な事では皆騒がないはずだが)

 オフィスの中央窓際に備え付けられた、無駄に高い大型モニターにどこかの民放放送の速報生中継映像が映り込む。ファビアン越しにモニターを覗き込んだ。

 中継のティルトローターヘリに乗り込んだ女性リポーターが叫ぶ。「ニューヘブンポリス上空からお伝え致します!! ご覧下さい!」「市警察部隊と合衆国軍の装甲車両が燃えております! 中型の軍用兵器らしき物が暴走してます! 今ミサイルでしょうか? 装甲部隊へ向けてミサイルを発射したようです!」

「カメラさん! もっと拡大して映せますでしょうか!?」

 高性能望遠カメラが暴走した軍用兵器に対してズームする。兵器にプリントされた動画で見た事のある紋章が画面に映る。

 それはの世界からやってきた連中のモノだった。


 リポーターが叫ぶ。「カメラの画像認識AIが分析した所、どうやら今暴走している兵器はガデス大公国の軍需企業で製造され、この都市に駐屯しているガデス大公国軍の傭兵部隊に配属された物のようです!」

あの・・ガデスか……)

 2つの異種並行世界からこちらに来た勢力の内の一つだが、ハッキリ言ってこちらの世界では評判がそこまで宜しくない。彼らの持ち込んだ技術によって工学・軍事科学におけるレベルは飛躍的に向上し、その恩恵は生活の節々で見受けられる。

 しかしファーストコンタクトは最悪で、15年前に突如現れこちらの世界の幾つかある小国の紛争に介入し、植民地化した上に奴隷的使役による住民の虐殺が行われた。そして彼らは正しい意味での人間ではない。

 程度の差こそあるが、身体が機械化されているか生体工学で強化された肉体を持ち、特に市街戦や極限環境での戦闘能力はノーマルな人間兵士の能力を遙かに凌いでいた。それでも異種並行世界から来た連中の中では最も人間に近い存在だと思える。


 暴走した兵器がその圧倒的な火力と装甲によって警官隊と軍の装甲部隊が敷いた防衛ラインを易々と突破し、人口密集地帯へと文字通り驀進していく。


 人口密集地帯へ繋がる橋へと差し掛かった瞬間、兵器が見えない何かに引っ張られるかのように減速した。そして動きが止まった。前進しようとするが兵器は1ミリも前に進んでいない。そうこうしている内に合衆国駐留軍の対装甲兵器部隊が到着し、地上から上空からあらゆる場所から対装甲兵器をしこたまブチ込まれ、やっと動きを停止した。


(朝からとんでもない大捕り物だな)

 モニタには炎上する軍用兵器が映し出されている。すると、一台の軽装甲車両が炎上する軍用兵器の近くに止まった。

 軽装甲車両からは銀髪をたなびかせた褐色巨乳の合衆国のものではない軍服を着た女性が出てきて、なにやら周囲の兵隊に指示を出している。

 マイクは食い入るようにモニターを見つめていた。


















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