第6話 デビュー生配信⑤ーバーチャルの怪物ー

 VTuberになりたい人は多い。


 入口が広くなりやすいからだ。必要な機材とアバターを用意すればいい。必要な費用のわかりやすさ。自分でもできそうと思わせてくれる短さ。全てが揃っている。

 そんな下地に様々な想いが乗せられて多くの人がデビューする理由となる。

 新しいことを始めたい。憧れたから。ゲーム配信ぐらいなら。運が良ければ売れるかも。けれどその大半がデビュー後に現実に打ちのめされて続かない。

 もう何年も前からレッドオーシャンと言われている。

 企業勢しか売れないと言われており、その企業勢も氾濫状態で続かないプロジェクトが多い。


 それでも自信と希望を持って挑み続ける人が後を絶たない業界だ。

 三期生の同期の三人もキラキラした希望を語っていた。後ろ向きな理由しかない結家詠とは大違いだ。


「では最初は桜色セツナさんのデビュー配信二十分三十四秒からスタート」


『私がVTuberになった理由ですか。子役をやっていた話はしたと思います。子役から役者になる年齢になって、改めてボタンの掛け違い直そうと思ったんです。少し恥ずかしいんですけど、子供の頃に魔法少女になりたいと親に言ったら子役オーディション会場にいました。そのあともなにか違うなと思いながら子役デビューしていたんですよね』


:声真似うま

:声どころか一言一句秒単位で合わせてる

:マジ?

:これ昨日ライブ配信だろ

:だからアフレコか


『仕事は楽しかったです。でも役者に憧れはなくて。さすがに魔法少女にはもうなりたいと思ってないですけど、子供の頃から変わらず憧れますね。近い仕事をしたいとなると声優だったんです』


:息遣いとか間までそのまま

:配信全部覚えてるって

:そういやメイドロボだったな

:なるほどロボか


『前の事務所に相談したら声優の世界に詳しい先生を紹介されて、バッサリ切られました。君では声優に挑戦する子役だった子にはなれても、本物の声優にはなれない。今は才能ある本当に上手い新人がたくさんいる。色付きで単価が高い子役上がりが優遇される業界じゃない』


:うわぁ

:まあそうだよな

:声優業界は赤い海

:アイドル声優まで含めると新人とかほとんど知らない


『だから子役の色を塗り変えるためVTuberになることを薦められたんです。そして実績ある虹色ボイス事務所を紹介されました。声優になりたいと自分の言葉で発信して、多くの人に認められればオファーがくる。子役上がりという色眼鏡で見られることも少なくなる。実力もアピールできるからと』


「以上、虹ボ三期の桜色セツナさんの配信からアフレコしました。桜色セツナさんを応援したくなった方はチャンネル登録お願いします」


:してる

:してくる

:あの長台詞一言一句秒も違わず声合わせるとかマ?

:同期のチャンネル登録お願いできてえらい

:これは実質コラボ


「次はリズベット・アインホルンさん通称エロフのリズ姉さんの配信五分十七秒からスタート」


『十八禁美少女ゲームの声優していたことを後ろ暗い過去にしたくなくてVTuberになったの。だから隠す気はないよ』


:十八禁

:いきなりぶち込んだよな

:確かにこんな感じ

:アリスお姉さん声もできるんだな

:このあと泣いた


『美少女ゲーム声優は確かに恥ずかしいこともあったね。周りにこのキャラの声あたしだよ、と紹介しにくいし。けど楽しかったんだよね。長現場でいい作品作っていると自信あった。でもある日お世話になっているブランドの社長から、うちは幸い続けられているけど、美少女ゲーム業界は斜陽。若くて才能ある声優は違う道を進んだ方がいい、って言われて』


:あー

:年々縮小しているな

:好きだったけど今はやる時間もない

:スマホ全盛期でパソコン人口が


『違う芸名で挑戦しても、声の職業だからすぐにバレるし、やってきたことを隠したくもなくて。けど本当につぶしが利かないからね。十八禁分野の経歴だけで避けられるし』


:現実はつらい

:あるある

:確か地下アイドルとかもそう

:特殊職だからな


『虹ボ事務所は社長のコネで面接受けさせてもらったんだよね。VTuberなら異色の経歴も強みに変えて、後は実力勝負。実力は保証できるから頑張りなさいって。だからあたしは自分の経歴を隠さないし、美少女ゲーム業界にも感謝しかない』


「以上、虹ボ三期のリズベット・アインホルンさんの配信からアフレコしました。リズベット・アインホルンさんを応援したくなった方はチャンネル登録お願いします」


:ちょっとしてくる

:気づいたらエロゲダウンロードしてた

:人脈というかそのブランドの社長さんいい人だな

:ちなみにそのブランド作品はこの配信後に急に売れた

:ステマ?

:買って後悔してないし泣きゲー過ぎて涙腺崩壊したが

:お……おう


「次は七海ミサキさんの配信十三分五十五秒からスタート」


『うーん私の場合は憧れかな。他の同期二人の配信見たら圧倒されるくらい陳腐だけど。釣りやキャンプ。夜一人で過ごしているときに人の声が恋しくなってね。入りは声優のラジオ。自分と同世代か少し上の世代の女性が、電波を通して楽しそうに話しているのが純粋に凄く思えて』


:声ボーイッシュ

:わかる

:釣りやキャンプ趣味の人には割と多いらしい

:考えてみるとラジオでも特別感あるよな


『そこから動画のVTuberにハマってね。新しいことを始めてみたくて、いくつもオーディションを受けたんだ。全部落ちたけど。やっぱりゲームや歌が得意です。声優養成所に通ってますが強くてね。アウトドアだと場違い感もあってさ』


:他も受けて落ちたんだ

:別にVにならなくてもいい感はあるか

:普通にリアルチューバー多い

:確かに場違い


『でも虹ボは配信だけでなく、企業案件を取れる人材も募集していたみたいで。宿題付きで拾ってもらったんだよね。配信者としては色々ダメだから、ボイトレに歌レッスンは必要。それとは別に釣りとキャンプのレクチャー動画をプロの監修付きで作成してくださいって。それも玄人向けのテクニックではなく、本当に初心者向けのマナーや場所の予約方法から丁寧に。だからライバーよりも投稿が中心になるかな。今は大忙しで勉強中。でも充実しているし、本当に拾ってもらって感謝しているんだよね』


「以上、虹ボ三期の七海ミサキさんの配信からアフレコしました。七海ミサキさんを応援したくなった方はチャンネル登録お願いします」


:した

:いつの間にか全員推しにw

:アウトドア系と避けていたら普通に役立ちそうで登録した

:虹ボという箱推しになった

:アリスの声で再現されると中毒性凄い

:それでアリスは?


 アフレコが終わり、当然の要望がコメント欄に流れる。私がVTuberになった理由はなにか。同期のVTuberになった理由を紹介しておいて、配信主が語らないのは許されないだろう。

 けれど語れない。まだ語れない。まだ目的が果たせない。

 だけど少しだけ結家詠を登場させよう。


「申し訳ありません。今はまだ私がVTuberになった理由の詳細は語れません」


:えーー

:そりゃあない

:この流れで

:今はまだ?


「けれど少しだけ。他の同期と違いあまりいい話ではないです。あえて言うなら世界への叛逆。憧れや挑戦などの前向きな理由ではありません。自分のために。自分のためだけに世界を少しだけ塗り替えたいんです。かなり利己的な理由でVTuberになりました」


:世界への叛逆

:そう名乗っていたな

:ただのキャラ設定ではないと

:伏線的な


「私は基本的に逃げるダメ人間です。現実から逃げて引きこもりになった。でもどれだけ逃げても、恐怖からは逃げられなかった。あのままだといずれ壊れていた」


 これは本音だった。飾りのない言葉がやはり引かれたのかコメントが一気に少なくなる。

 けれど溢れ出した言葉は止まらなかった。


「今も怖いです。私は人間が怖い。リスナーの皆さんが怖い。知っていますか? 数は力です。数は権力です。白も黒に塗り替えてしまえる暴力です」


 コメント欄にはやはり流れが遅い。反応が芳しくない。やはり結家詠は出したのは失敗だったかもしれない。それでも最後まで言おう。


「だから私はVTuberになった。数の力を味方につけて輝くVTuberに。それ以外に恐怖から逃げるすべが見つからなかった」


 失敗かもしれないが、言い切ったら少しだけスッキリした。このまま罵詈雑言が流れる前に言い逃げしよう。


「うーん。やっぱり白けさせちゃいましたね。つまらない話をしてすみません。これにて終了としたいですが最後に歌わせていただきます」


:いや

:白けたというか

:呑まれた


 コメント欄に何か流れたが見ない。パソコンの設定を変えて、マイクの調整をし、締めの準備をする。


「実はマネージャーから『絶対にこれだけはやって』と念押しされていて。楽曲の許可とかも取ってもらってて。自信はないですし、人前で歌うのも初めてというか。ねこ姉やマネージャーからは褒められるんですけど、正直身内からの評価なので。つたないかもしれませんが聞いてください」


 誤魔化すように早口で紹介し、マイクを握る。歌うときは全てを注ぎ込む。自分を消して、周りの音もなにもかも意識から外し、歌だけの世界にする。演技やアフレコと同じで自分だけのルーティーンだ。


 そして再度コメント欄は止まった。

 今度は曲が鳴りやむまでずっと。


 ・

 ・

 ・


「やっぱり最後失敗しちゃいましたね。つたない配信で申し訳ありません。次はもう少しできるように頑張ります。次も見てくれるかわかりませんが、できればチャンネル登録お願いします」


 逃げ出すように配信を終えて、ベッドに飛び込み頭を抱えた。

 だから結家詠はその後のことを知らない。


:え? え! 今の何?

:うまいというか凄い

:プロ?

:プロでもごく一部のトップクラス

:ネットで上手い人は多いけど純粋にヤバい人の生配信初めて見た

:鳥肌たった

:いや本当に何者?

:何者って歌姫?

:むしろ怪物

:そりゃマネージャーも楽曲用意するわ

:マネージャーやり手

:約束された成功

:最後の歌で全部持って行かれたけど全体的ぶっ飛んでる。

:ちなみに今日アリス一人七役やってる

:はあ?

:ロボ、暴走型妹、お姉さんメイド、堕落型丁寧ボイス、同期三人

:虹色ボイスに合わせてきてた?

:声色から完全に変えてたよな

:どの声も違和感なかったから気づかなかった


 デビュー生配信が成功したことを。

 切り抜きを含めて、驚異の再生数を記録することを。

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