第20話 離離


 誠士朗が走り続けていると、大きな通りに出た。

 車も行き交うその道に、見慣れたバイクが止まっているのを見つける。

 どうやらこの先渋滞が起きているようだった。



「総太っ……」

「わり、渋滞巻き込まれた……先行ってくれ」

「わかった」



 渋滞の中で残された総太。せめてもう少し動けば、交差点にさしかかる。

 そこで曲がれば渋滞から脱することができそうだ。

 しかし、そこまでにはあと何度信号が変わるのを待てばいいのがかわからない。

 一度信号が変わるので進める車はたった数台だけ。

 とうぶん時間がかかりそうである。


 それを見越した誠士朗は、総太の言葉に頷き、さらに足を進める。


 誠士朗たちが目指していたのは――果歩が事故に遭って命を落とした現場だった。


 大通りとは言っても、誠士朗以外に歩いている人はいない。

 通る車もこの辺りには用がないようで、ひたすら真っ直ぐ道なりに進んでいくようだった。

 走る車も乗用車よりもトラックが多い。ただの通り道になっているらしい。


 誠士朗がそんな大通りの歩道を走っていると、先の方で赤いランプがクルクルと回っているのが見えた。

 煙などは出ていないが、どうやらそこで起きた事故が原因で渋滞が起きている。

 事故。それが誠士朗の不安を煽る。


 ――もしかしたら、理歩が巻き込まれているのではないか。


 そんな予感が、疲れ切っている誠士朗を突き動かす。



(理歩ちゃん……早まんないで……僕は、まだ、伝えたいことが……)



 運動をあまりしていない誠士朗。

 走ることで脇腹が痛む。そこへ手を当てながらも走る姿を、渋滞の中にいる車の運転手たちはチラチラ見ている。

 だが、その視線はどうでもいい。

 今は彼女の無事を祈って走るしかない。



「あ……」



 大きな交差点。

 そこのふもとに、花束が供えられている。そして、傍の看板には「目撃者を探しています」との文字。女性がひき逃げされたという内容が書かれており、ここで果歩が事故に遭ったのだとわかった。


 そんな事故現場にかかるサビだ色の歩道橋の上に、人影が見えた。

 後ろ姿ではあるが、見たことのある服装と髪色。間違いない、理歩である。


 誠士朗は階段を駆け上る。

 そして一番上に着いたとき、誠士朗は心から安堵した。



「理、歩ちゃん……」



 冬だというのに薄着で濡れた服。足下は痛々しいほど赤く腫れ、血が見えている。

 寒そうで、痛そうな様子だが、生きていることにホッとしている誠士朗の声に理歩はピクリと肩が動く。



「よか、った……僕は……」



 ゆっくりと理歩に近づく誠士朗。しかし、理歩は誠士朗を見ることなく、逃げようと体を背ける。



「待って! 僕が嫌いなら、それでいいから……これ以上近づかないからっ……」



 そう言えば、理歩は足を止めた。しかし、その体は震えている。

 温めてあげたい、だけど近づけば逃げられてしまう。それにこの場所ならば、飛び降りてしまうおそれもある。無理なことはしたくない。


 誠士朗はその場に止まったまま、口を開いた。


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