第40話
「フレアグリフォン、ですか……」
フレアグリフォンは変化をしたばかりだからか、まだ動いていない。
ただ、「グゥゥ」と低く唸る声だけが響いている。
私はその巨体を見上げ、ぼそりと呟いた。
「人間って魔物になるんです……?」
異世界の常識的な……?
私が知らないだけで、実はみんな魔物になるのかもしれない。レジェドやシルフェも元は人間だったのかもしれない。
だれに聞くともなく呟くと、答えたのは水色のペンギン。
「アリエヘンワ」
「やっぱり?」
「魔物ハ生マレタトキカラ、魔物ヤ」
どうやらここに住む人々のすべてが、追い詰められると魔物になるというわけではないようだ。
じゃあ、なんで第一王子はこんなことに……?
首を傾げると、レジェドが声を発した。
「デモ、オレ、ニオイシタ」
「匂い?」
「ソウダ。オレトオナジ。魔物ノニオイダ」
「第一王子から魔物の匂い……。ずっと?」
「最初カラ」
その青い目はじっとフレアグリフォンを見上げる。
そして、ザイラードさんを見て――
「オマエモダ」
「え……? ザイラードさんも?」
ザイラードさんにも魔物の匂いがする?
驚いて目を開けば、同調するようにシルフェも元気に声を上げた。
「ウン! アト、アッチノニモ!」
シルフェはそういうと、国王が去った場所へと視線を向けた。
つまり、ザイラードさん、第一王子、国王から魔物の匂いがするってこと?
「もしかしたら……」
レジェドとシルフェの言葉を受け、ザイラードさんは考えるように呟いた。
「大広間に入る前に話したことを覚えているか?」
「えっと……あ、建国の謂れのことですか?」
「ああ。フレアグリフォンを初代国王が倒したとき、血が交ざり合い、王家の血には今もグリフォンの血が入っている、と。それがただの伝説ではなく、俺たち王族は……魔物になってしまう可能性があるのかもしれない」
ということは。第一王子のこの姿は……。
「俺がこうなってもおかしくなかった……のか……」
ザイラードさんはそう言うと、いつから持っていたのか、剣を鞘から抜いた。
銀色の刀身が星の光を浴び、光る。
その光を見て、フレアグリフォンの目がギロッと動いた。
「ナゼ……私の言うことを、だれも信じない……?」
フレアグリフォンの目はザイラードさんを通り過ぎ、私を見る。
じっと私を見つめる色は、第一王子と同じ琥珀色だ。
「昔から……ソウダ。ズット……」
動かないフレアグリフォンはそう言うと、空に向かって高く吠えた。
「コンナ国、ナクナッテシマエバッ……!!」
けれど、それを耐えるかのように右前脚で、自分の頭を抑えた。
「いや、違う、そうじゃなく……ウグゥゥ」
その姿を見て、思わずザイラードさんを見上げる。
ザイラードさんも同じ気持ちだったようで、私としっかり目が合った。
これは――
「戦ってますね」
「ああ……。まだ完全に魔物化したわけじゃないのかもしれない」
二人で頷き合う。
――だとするならば、まだ戻れるはずだ。
第一王子のこれまでの言動や行動を支持するつもりは一つもない。王位継承権はなくし、身分剥奪までもされそうになったのも、第一王子自身の選んだ道だ。
王族の身分剥奪については、家族の情も考え、止めた。が、結果として、第一王子はこうなってしまい……。
もし、もしもそれが……。魔物の血のせいだとするならば……。
きっかけは――たぶん、追い詰められたから。
第一王子がおかしくなったのは、国王が私に礼をとったあたりだ。それがきっかえだとすれば、私にも関係がある。
まだ……戻れるのならば。この声が届くのならば――
「落ち着け。自分を抑えるんだ。お前はまだもとに戻れるはずだ」
ザイラードさんが声を上げる。
「ザイラード……オマエニハ、わからない。争いもせず、王位を譲ったオマエニハ……」
「そうかもしれない。だが、俺も魔物になる可能性があった。……今もあるのかもしれない。すべての王族に関係があるというのならば、お前の姿はお前だけの責任ではない」
「責任……」
フレアグリフォンはそう呟くと、頭から前脚を外した。
「私は王にナリタカッタ。……王ニナレルト信じてホシカッタ。……それダケなんだ」
「信頼は最初からあるものではない。……苦しいこともある。だが、積み上げていくしかない」
「積み上ゲル……」
「今、お前は魔物になっている。だが、お前ならばもとに戻れるはずだ。――信じる」
ザイラードさんのまっすぐなエメラルドグリーンの目が琥珀色の目と交差する。
低く落ち着いた声は、第一王子を信じるのだ、と。心に響く。
「グゥゥゥウウウウウッ!」
その声で、フレアグリフォンは苦しそうに呻いた。
きっと、戦っているのだろう。
がんばれ! いけるぞ! 信じてるぞ! 今はめちゃくちゃ信じるぞ!!
第一王子は「昔からだれも信じてくれない」と言っているが、今この場では私もザイラードさんも第一王子を信じている。できる。できるよ!
期待を込めて見上げる。
すると、フレアグリフォンは縋るように私を見た。苦しいのだろう。助けてほしいのだろう。
ので、「大丈夫だ!」、「できる!」と気持ちを込めて頷いてやる。この気持ちが第一王子の力になるように。
すると――
「逆に考えれば……」
フレアグリフォンは今まで苦しんでいたのが嘘のように、パッと明るい顔をした。
「――魔物の力があれば、私が王になれる」
「「おい」」
私とザイラードさんの声が被った。
なんでそうなった? おい。違うだろ。感動的エンディングに向かっていけよ。
~魔物化した第一王子は叔父の助言を受け、血の呪いを打ち破り、人間へと戻りました。人間へと戻った第一王子は、これまでの行いを反省し、王位継承するであろう第二王子を支えていくと決めたのです。もちろんまだ未熟なところはあります。けれど、彼は周りの忠告をよく聞き、職務に励みました~
Fin.
こうだろう。
なんで今、逆に考えた?
そういうとこ! 本当にそういうところが第一王子ェ。
魔物にならないようにがんばっているのかと、信じて応援してみたらこれだもんね。普通に魔物化を受け入れた上で、まだ王を狙ってるじゃん。
「魔物が混じっていたから性格が悪いわけじゃない。性格が悪いから魔物になったんだな」
「……ですね」
顔を輝かせるフレアグリフォンを見て、ザイラードさんが辛辣に言い放った。
もはや、私にも頷くしか術がない。
魔物になってしまってかわいそう……! 的な一時の同情心に惑わされて、感動的なエンディングを夢見てしまった。
魔物として生きることを受け入れる行動力と決断力はすごいが、そうじゃない。そうじゃないんだよな……。
「ハハハハハッ! 気分がいい! この力を拒否する必要はない! 受け入れればこんなにも爽快だ!」
フレアグリフォンが高らかに叫ぶ。すごく楽しそうだ。
最初に聖女だと名乗っていた狐と一緒にいた第一王子もこんなだったな。懐かしいね。
「ふんっ! なにが聖女だ。この力があれば聖女の力を借りずとも、この国を掌握できる。人間の姿は捨ててしまったが……。まあ、些事だ」
些事か? すごいな。
そういう決断力? みたいなのはあるんだよな……。ザイラードさん曰く、それが悪い方向へ行くらしいが。今、まさにそれ。
「ザイラードさん……」
「ああ。これはもう人間に戻ることはないだろう。このままにしておけば国……先には世界を脅かす可能性もある」
「あー……」
たしかに。国王になれればいいということでここに留まるだけならいいが、やろうと思えば世界征服も可能なのかもしれない。
なんせ、魔物は災害。そして、災害は意思がないから災害で済むのだ。
レジェドもシルフェもクドウも。そういう意味で人間を統治したいだとか、王になりたいだとかの願望はないだろう。
たまたまそこにあった国を滅ぼした。たまたまそこにあった山を掘った。たまたま移動してあたりを氷河期にした。そういうものだ。
だが、第一王子はしっかりと意思があり、願望がある。
人間の考え方をした魔物の力を持つ者がいたとすれば、それは世界の脅威だろう。
「私がこの世界へ来たのは――」
ふわふわとした夢。聞いた言葉が蘇る。
『この世界をよろしく』
と。あの言葉はもしかしたら……。
「ザイラードさん」
隣の頼れる人を見上げる。
……魔物になったのが、この人じゃなくて良かった。
「陛下への説明は俺がする。第一王子の変化も見ているし、理解してくれるだろう」
「では……」
やってみせましょう!
「第一王子は私の力をご存じですよね」
上機嫌なフレアグリフォンに声をかける。
フレアグリフォンはふんっと鼻を鳴らした。
「お前の力? 魔物と契約し、その力を授受できる……。……あとは、魔物を……小型化し……従えることが……できる?」
上機嫌だった顔が、一言一言、発するごとに青くなっていく。
気づいたのだろう。魔物の前で私はほぼ無敵だということ。そして――自分の今後に。
フレアグリフォンの顔が恐怖に染まった。
「や……まて、やめてくれ……。私は、私はやっとこの国を治める力を得たのだ!」
「でも、ここは人間の国ですしね。人間による統治がいいと思います。あと、上に立つ人は暴力ではなく、知力や人間性、ほかいろいろで治めるのが現代的かと考えます」
「いやだっ、待て、話し合い……いや、くそっ……私がこんなよくわからない人間に仕えるのか……!? くそぉおおおお!」
「仕えなくてもいいです。ただちょっと体を小さくして、ちょっと凶暴性を抜きましょう。あとはどこで暮らしてもいいですから」
異世界で魔物をペット化できる能力が目覚めていてよかったね。
魔物の力で国王になろうとする人間の、野望を断てる!
「やめ……うわぁあああああ!!」
フレアグリフォンはその巨体に見合わない悲鳴を上げると、くるりと背を翻した。そして、翼を広げ、空へと飛び立とうとし――
「かわいくなぁれ!」
――それが叶うことはなかった。
私に右手をかざされた巨体はみるみる小さくなっていく。
飛び立とうとした翼は消え、鷲の体はなくなる。
そうして現れたのは――
「うう……」
オレンジ色の毛皮には縞模様が入っていてもふもふ。三角の耳がピンと立っている。
驚いたように見開かれたアーモンド形の目は琥珀色だ。
不機嫌そうに揺れる長いしっぽもしましまで、ちらりと見えた肉球はふんわり桜色だった。
「これはかわいい……」
――明るい茶トラの猫ですね!
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