第35話
そうこうしているうちに馬車が王宮へと着いた。
魔物たち(と狐)と一緒に馬車を降りれば、そこは王宮の入り口。
重厚な石造りで、柱一つ一つに装飾が施されていてとてもきれいだ。星空の下、ランプでライトアップされていて、雰囲気も大変すばらしい。
壁から出たポールには国旗らしい、赤と金の布がはためいていた。
「ザイラードさん、あれがこの国の旗ですか?」
「ああ。中央にはフレアグリフォンが描かれている。フレアグリフォンは建国の際にいた魔物で、初代国王が倒したようだ。お互いに傷だらけになったため血が交ざり合い、王家の血には今もグリフォンの血が入っているらしい」
「おお……すごい謂れがあるんですね」
王家の魔物の血が。つまりザイラードさんにも入っているということなんだろう。古くから続く家ってそういう謂れがあるから、すごいよね。
ほぅと頷いていると、周りの人がこちらを見ていて――
「まさか……」
「あれが……聖女様……?」
「今日、お会いできるという話は聞いていなかったが……」
彼らが話している内容が耳に入る。
どうやら、私を見て驚いているようだ。
……まあ、当然である。
ザイラードさんはきらきらしてかっこいい。そして、なによりも私の周りには魔物たちが寄り添ってくれているからね。
右肩にドラゴン。前方には白いポメラニアンと黒い狐。そして後方に水色のペンギンを連れている女性など滅多にいないだろう。断言できる。
このまま入り口で立ち止まっていても仕方ないので、ザイラードさんにエスコートしてもらい、進んでいく。……それにしても。
「ほかに移動方法ないの?」
「仕方ナイヤロ。飛ベヘンノヤシ」
振り返って、水色のペンギンへと声をかける。実はこのペンギン、腹ばいでスーッと滑っているのだ。北極でもないのに、なぜその移動方法がとれるかというと、器用にも進む道を凍らせているらしい。ペンギンの通る道だけスケートリンクになってる……。
「ワイガ通ッタアトハ溶ケテルシ、問題ナイヤロ」
「……うーん。そっか」
じゃあいっか。目立つけども。みんなびっくりしているように思うけども。ペンギンの体で歩くのは大変だし、遅すぎるもんね。
すると、ふふっと隣から笑い声が聞こえて……。
「ザイラードさん?」
「いや、これだけ注目を集めているのに、あなたはいつも通りだなと思ってな」
「あー……。そうですね、視線はたくさん感じています。でも、もうやるしかないって決めたので」
ね。腹を括ったのでね。そして、他人の視線よりもペンギンの移動方法のほうが気になったのでね……。
「頼もしいな」
「いやいや。頼もしいのはザイラードさんのほうですよ。隣にいてくれるので安心です」
エスコートしてくれているのがザイラードさんだから、安心感が違う。
他者の視線に臆することなく、前を向いて、まっすぐ歩いていけばいいと思える。
「さあ、夜会会場は扉の先の大広間だ。すでにほかの貴族は揃っているだろう。さらに視線を浴びるだろうが……。あなたなら大丈夫だ」
低く落ち着いた、優しい声。ザイラードさんがそう言ってくれれば、絶対に大丈夫。よし!
そうして、歩みを進めていくと、待機していた侍従らしき人たちが両開きの扉を開いた。
ここが、夜会の会場。つまり――殴り込み現場である。
すると、途端に部屋の中から大きな声が漏れ出た。
「だから! 私たちは第七騎士団にいる魔女を倒さなければならない! 異世界から来た二人の女性。どちらも聖女だった……。ただ、地味で平凡な容姿だった騎士団の聖女は、私の元にいた聖女の美貌を羨み、魔物へと変えてしまったのだ! ザイラードが身元引受人となっているが、ザイラードは粗野な男であり、魔女を止めることをしなかった。このまま野放しにすれば、必ず悪しき力を使うに違いない!」
聞こえてきたこの声。そして、扉の向こうに見えたのは――
「……第一王子」
――大広間の中央に立つ第一王子とそれを囲む人々だ。
第一王子は大演説を行っていたようで、身振り手振りに熱も入っている。現在、まさに私の魔女っぷりを喧伝していたのだろう。
そちらに集中している第一王子と周りの人々は、まだ私たちの存在のは気づいていない。
私は大きく一度、深呼吸をして、隣にいるザイラードさんと目を合わせた。
ザイラードさんのエメラルドグリーンの瞳。それがメラメラと燃えているみたいで……。
「……いきます」
背中を伸ばし、下腹部に力を入れる。肩を下ろして、肩甲骨をきゅっと閉めた。
大声を出すわけじゃない。けれど、しっかりと届くように力を込めて……。
「その魔女とは私のことですか?」
私の声が大広間に響く。
すると、第一王子の言葉にざわついていた人々が、ハッと息を止めた。そして、一斉にこちらに視線を投げた。
あまりの多くの視線に、さすがに一瞬たじろぎそうになる。が、私を支えるように、ザイラードさんがそっと手に力を込めてくれた。
……うん。大丈夫。
前を向いて、足を出すと、魔物たちもみんなついてくる。第一王子だけを見つめれば、人垣は自然と割れていった。
「な、……っ、ま、さか……お前はあの女か……っ!? それに、そっちはザイラードか……?」
第一王子の目が驚きで見開かれる。ぽかんと開いた唇は戦慄いていた。ちょっと笑える顔である。
これがザイラードさんの言っていた『相手の陣地で、相手が優っていると思っている分野で、正々堂々、殴る』ということだろう。
私の変貌ぶりが信じられないんだろうなぁ。私も信じられないしな。
「第一王子殿下、先ほどぶりですね」
『あの女か?』と聞かれたので、『そうですよ』の返事として、微笑みながら言葉をかける。
「地味で平凡な私です」
「粗野な男の俺だ」
私の言葉にザイラードさんも笑顔で乗った。悪い笑顔である。
そして、それにざわついたのは、第一王子ではなく、周りの人々で……。
「このお二人が王弟殿下と聖女様ということか……?」
「王子殿下のお話と印象がまったく違いますわ……」
「人前にお出にならない王弟殿下……こんな素敵なお方だったなんて」
「お二人とも洗練されて、お美しい」
「美貌を羨んで、魔女になったんだったか……?」
「ありえない」
人々の話が一つの方向へと向かっていく。
つまり――第一王子の話に信憑性がない、と。
「っ……だ、騙されるな!!」
人々の話を止めるように、第一王子はより一層大きな声を出した。
そして、私を指差す。
「この女はたしかに今は美しい! が、こんなのは服装のおかげだ!!」
それはそう!
思わず頷きそうになる。が、それをザイラードさんが制して――
「彼女に失礼なことを言うのはやめて欲しい。女性の美しさに対して、その要因をどうだこうだと言うのは、あまり品がいいと言えないのではないか?」
「なっ……!」
「それに王子殿下はわかっていないようだ」
ザイラードさんはそう言うと、スッと跪いた。私の手を取ったままなので、自然と主に乞う騎士のポーズになる。
ザイラードさんは私をまっすぐに見つめ、ふっと笑った。
「彼女はいつも美しい。そして、その美しさは、内面の輝きである、と」
んんんっ。
胸から、胸からなにか出るよ! でも、今はダメだってわかる。耐えろ、耐えろ私! がんばれ私! ザイラードさんが第一王子を殴ろうとしている。どういう殴りをしているかちょっとわからないが、とにかく、ここで邪魔をしてはいけない!
変な声を上げそうになるのを寸前で耐える。
すると、ザイラードさんはそのエメラルドグリーンの瞳を輝かせて――
「俺は彼女の虜だからな」
――私の手の甲にリップ音を響かせた。
「きゃあ!」
「まぁ!」
「あらあらあらあらあら!」
起動停止。ブルスク。シャットダウン。
もはや事態を呑み込めない私の耳に女性方の黄色い歓声が入ってくる。
ザイラードさんはその歓声に呑まれることなく、悠然と立ち上がり、そのまま第一王子へと目線を向けた。
その圧に負けたように第一王子はたじたじと後ろへ下がる。が、ザイラードさんはそれを逃がさないとばかりに大股で近づくと、私よりぐいっと前へと進んだ。
そして、周囲の人に聞こえないぐらいの小さな声で囁いて――
「彼女が魔女だなどと妄言を。容姿に自信があるのはいいが、容姿を使った人心の掌握ならば俺のほうが上手いな」
くくっと悪い顔で笑う。
この言葉に、第一王子の顔が怒りでカッと真っ赤に染まった。
「ざ、ザイラード……! みな、騙されるな!! 私が真実を伝えているんだ!! この女は魔女なんだ!! 放っておくとなにをするか……!」
第一王子はザイラードさんのそばから逃げるように離れると、懲りずにまた演説を始めようとする。
しかし、それを遮るように、厳かな金管楽器の音が響いた。
その音で、ようやく私の意識も浮上。再起動。
なにごとかとザイラードさんを見上げる。すると、ザイラードさんは安心させるように頷いた。
「国王陛下の入場の合図だ」
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