第30話
「聖女じゃなくて魔女……」
ザイラードさんの目を見返す。
そして、パチパチと二回、瞬きをした。
「違いある……?」
魔女とは。それって聖女とは違うの……?
ザイラードさんは真剣だが、私には聖女と魔女の違いがピンとこない。
「えっと、聖女は力のある女性でしたよね」
「ああ」
「それならば魔女というのは?」
私はザイラードさんに「聖女」と言われ、そんな人柄ではない、と答えた。
すると、ザイラードさんは人柄ではなく、力のある女性はみな聖女なのだ、と教えてくれたのだ。ならば、私がそう呼ばれるのも問題ないのかな? と思っていた。
「私のイメージでは、魔女というのは魔法が使える女性という感じなのですが……」
王宮軍の魔法騎士がいたよね。あれの女性であれば魔女ではないのだろうか?
はて? と首を傾げると、ザイラードさんは小さく息を吐き、私をじっと見上げた。
「俺はたしかにそう説明した。性格は関係ない。力のある女性が聖女と呼ばれる、と。……だが、その力を悪に使う者。それを魔女と呼ぶ」
「なるほど……」
狩られる感じのほうだね。あの中世のあの感じね。
「力がある女性を聖女。その力を悪に使えば魔女と呼ばれる。……で、やっぱりそうなると、排除される感じですか?」
「……ああ。良くて国外追放。普通ならば塔などへの幽閉。――悪くて死だ」
「ほほぅ……」
死かぁ。異世界でスローライフいえーいって生きたい私の希望と大幅なズレを感じる。
スローライフ、なんですぐ死んでしまうん……?
「第一王子の主張はこうだ。『異世界から来た二人。一人は聖女だったが、もう一人は魔女だった。正確に言えば二人とも聖女であったが、騎士団に残ったほうの聖女は王宮へと連れられた聖女を恨み、聖女を動物へと変えてしまった。力を悪へと使う魔女になったのだ』と」
「わぁ……そんな物語ありそうですね……」
ありそうな復讐劇……。童話にありそう……。
だが、惜しむらくは実際の登場人物。復讐されるほうがこの子で、復讐するのが私だった点だよね。
復讐されるのが狐なのはもちろんだが、なによりも、復讐するより寝ていたい私というのが一番合ってない。
人を恨むのはパワーがいる。そして私にはパワーがない。全然ない。疲れた。明るくハッピーに生きていく以外に無駄な力を使いたくないんだよなぁ……。
思わず、ふぅとため息を吐く。
すると、膝で丸まっていた黒い狐(元女子高生)がすくっと立ち上がった。
「私が行って、説明するわ!」
その目は必死でザイラードさんを見ている。
「私はそもそも狐で人間のフリをしていた。みんなを騙していたのは私で……この人は悪くないって! だから、大丈夫でしょ? ねぇっ!?」
「……そうだな」
黒い狐の悲痛な声にザイラードさんは落ち着いて返した。でも、その声音はいつもと違っていて……。
だから――わかってしまった。きっと、それを説明すると……。
「……ザイラードさん。もし、この子が説明したら、この子はどうなりますか?」
膝の上で立ち上がった狐をそっとが抱き寄せる。
ザイラードさんは私から目を逸らさず、静かに告げた。
「人に化け、第一王子を騙した魔物だと認識されるだろう。そうなれば国としては、その狐を倒すために軍を向けることになると考えられる」
「……っ」
狐の体がブルブルと震え始めたのがわかる。
それでも、琥珀色の瞳はキッとザイラードさんを睨んだ。
「別に国が敵になるぐらい怖くないわ! 私は消えるはずだったの。たまたまここに来ただけで、どこで消えようと関係ない! それに私なら逃げ切れる、きっと……。私ならっ! 私ならできるっ!!」
必死な瞳と必死な声。震える体で、黒い狐はそう言い切った。
……そうか。そうだったんだね。きっと、この子は日本でも……。
「……ずっとそうやって、『私なら大丈夫』って戦ってきたんだね」
狐のおばあちゃんは、この子を「思い込みが激しい」って言ってた。私もさっきまではそうなんだろうって思ってた。
でも……。
こんなに必死に。こんなに震える体で。
「ずっと……大変なことばっかりだったから。自分を鼓舞して、がんばるしかなかったんだね」
もうすぐ亡くなりそうなおばあちゃんのそばにずっといて、その死を見届けて。終わるってわかってる役目を引き受けて。
助けてって言える相手もいなくて……。
それでも、自分が諦めたら、それで終わりだから。終わりたくないなら、がんばるしかなかったんだよね。……自分を騙してでも。
「やるしかないときってあるよね」
しんどいし、疲れるし、逃げたいし、やめたいけど。
……自分が一番、大丈夫なんて思えなくても。
「……一人じゃないよ」
私はそう言って、そっと狐の頭を撫でた。
「がんばるしかないとき。がんばったあなたがとってもすごかったこと。私はわかるよ」
狐の震えていた体。
その震えがすこしずつ消えていき――
「……どれぐらいがんばったとか、どれぐらいしんどかったとか。そういう具体的なことはわからないんだけどね」
感じ方は人それぞれだから。それを全部わかるわけじゃない。
だから、わかるのは、ほんのちょっとだけ。
「すごかった。ここまで本当にすごかったよ」
よしよしとさっきよりは強く、乱暴に撫でる。
気づけば、体の震えは完全に止まっていた。
そして、フンッと鼻を鳴らす。
「なにその、バカみたいな褒め方!」
「あ、……あーえっと……」
怒られたようなので、思わず謝りそうになる。けれど、ついさっきのやりとりを思い出し、謝るのはやめた。
謝っちゃダメなんだよね?
思わず手が止まる。
すると、その手にグイグイとおでこを擦り付けてきて……。
「撫でて!」
「え?」
「撫でて!!」
「あ。はい」
慌てて、撫でるのを再開する。狐は気持ちよさそうだ。
すると、それを見ていたザイラードさんがぼそりと呟いた。
「……あなたのことがより深くわかった」
「え?」
「いや、こちらの話だ」
そう言うとザイラードさんは私を見上げて、ふっと笑う。
金色の髪が揺れ、エメラルドグリーンの瞳が細くなって……。その笑顔はどこか眩しそう。でも、窓際でもないし、とくに強い光もないんだけどな?
はて、と首を傾げながらも、狐を撫でる。
一しきり撫でると、狐はぽそりと呟いた。
「……私が行くから」
小さい声。でも、もう体は震えていない。
「あなたがひどい目にあうぐらいなら、私が行くから」
それは落ち着いた声だった。
あー……もう!
ふかふかの体をぎゅっと抱きしめる。
「かわいいね……かわいいね……」
心がむぎゅぅっとなるんだよ……。
「一人じゃないって言ったよ? なにかいい方法がないか、一緒に考えよう」
私も、この子も。両方が楽しく生きていける方法。
で、こんなとき、どうしても頼ってしまう人がいるんだけども。私一人ではなんにも考え付かないからね!
「ザイラードさん。一緒に考えてもらってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
お願いしますと頭を下げると、ザイラードさんが「任せろ」と頷いてくれる。
ううっ……いつも、頼りがいNo1。拝みたくなる人No1!
「とにかく、この子が一人で説明に行くのはなしでお願いします。でも、第一王子を放っておけばいいってわけではないんですよね?」
「ああ。第一王子が周りをかき回して、問題を大きくするのは常だ。王宮でも第一王子の言をすべて信じている者はいないし、俺がきちんと報告すれば問題はないだろうとは思う。だが、一つだけ懸念があってな」
「それは?」
「その狐だ。王宮にいたあいだ、聖女として成果をあげたわけではないし、派閥が大きくなった様子もない。だが、聖女なのではないか? と信じた者がいたのも事実なんだ」
「ああー……。たしか、容姿がいいからですっけ」
そのことは最初にザイラードさんが説明してくれていた。
第一王子と第二王子が王太子争いをしていたこと。そのために第一王子は聖女を自分の手元に置きたかったこと。
普通なら第一王子が王太子候補として力を得ることは難しいが、第一王子と女子高生の見目がいいため、二人揃っていると違う風が吹いたんだっけ。
「どうしてもな。聖女であれば見目がいいという話はないはずなのだが、信奉のようなものがあるのだろう」
「まあ、そうですよね」
「見目のいい聖女が王宮へ帰ってこない。それはやはり、魔女のせいか? とな」
狐が化けた女子高生は本当にかわいかった。絶対に聖女だって思ったもんな。祈る姿も宗教画みたいだったし。
「第一王子はついでにこうも言っている。『魔女は地味で平凡な女だったから、自分たちをそういう面でも羨んだのだ』と」
「なるほどー……」
見目がいいから、王太子にすこしだけ近づいた、第一王子と女子高生。それを羨む地味で平凡な魔女の私。
そういう対立があったんだねぇ……。ないけど。
「まあ、実際に地味で平凡だからそれに関しては、払拭が難しいってことですね」
私の姿を見てさ「あーこいつなら美人に嫉妬しそう」と思ったら、第一王子の言うことを信じる人が出ちゃうもんね。
うんうん、と頷くと、ザイラードさんがなぜか驚いた顔をして――
「俺はあなたを地味で平凡などと、一度も思ったことがない」
「え?」
驚いたザイラードさんに私が驚く。
すると、ザイラードさんは悪い顔で笑った。
「俺は第一王子がその話をしていると聞き、急いでここへ来たんだ。その言葉が自分の首を絞めるとわかっていないな、と」
「ほう……?」
ちょっとよくわからない。
ので、首を傾げると、ザイラードさんは私に向かって、手を差し出した。
「全員で王宮へ乗り込もう」
「王宮。つまり本拠地ですね」
「ああ。相手の陣地でな。そして、相手が優っていると思っている分野で、正々堂々、殴ってやるんだ」
「相手が優っている分野……」
どの分野だ? 容姿ってこと?
わからない。わからないけれど、勝ちを確信しているらしいザイラードさんは悪い笑顔のまま私を誘う。
「お手をどうぞ、レディ」
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