第19話

 異世界で私ができるようになった六つのこと。


1.魔物をペット化できる

2.魔物と契約できる

3.契約した魔物とお互いの位置がわかる

4.契約した魔物の力を受け取れる

5.契約した魔物の生命力を受け取れる

6.「あ、あ」しか言えなくなる


 オケ。ほぼ私が怪物化している。黒い布とお面がいる。

 そんな私にザイラードさんはすごく優しい。最初に出会った人がザイラードさんでよかった。出会ったのがザイラードさんではなく、あの派手な服の第一王子だったら、私は今頃、王宮で枕を殴って暮らしていただろう。

 一緒についていった女子高生は大丈夫かなぁ。


「大丈夫だろうなぁ……」


 思い浮かんだ瞬間、まずは心配した。でも、ぼんやりと思い出してみると、すぐに問題なさそうな気がしたよね。

 なんせメンタルが強そうだった。若さと気の強さで乗り切っている気がする。


「トール! イッパイトレタナ!」

「イッパイトレタネ!」


 一瞬考えごとをしていた私を引き戻すように、レジェドとシルフェの明るい声が響く。

 私は考えを中断し、二人に「そうだね」と頷いた。


「じゃあ、採ってきたキイチゴで料理を作ろうか」

「タノシミダナ!」

「タノシミダネ!」


 私の言葉にレジェドとシルフェが歓声を上げる。

 採取が終了した私たちは騎士団の駐屯地へと帰還。

 ザイラードさんは道が崩落していたことと、それを私が修復した(?)ことを報告しに行った。

 そして、私が立っているのは、騎士団の厨房。

 駐屯地に暮らす騎士たちの食事を作るため、かなり広く、いろいろな調理器具も揃っていた。

 トゲに気を付けながら、みんなでキイチゴを採取した結果、私の持ってきたカゴはキイチゴでいっぱいになっていた。

 さあ、レッツ、クッキング!


「では、よろしくおねがいします」


 大量にとれたキイチゴを調理台に置き、私は目の前にいる人に丁寧にお辞儀をした。


「いやぁ聖女様に畏まられたら困るよ。おいしいのを作ろうねぇ」


 私がお辞儀をした人物が、ほがらかににこにこと笑う。

 この方はマリーゴさん。ザイラードさんが料理を作りたいと言った私に紹介してくれた、近所の村に住む年配の女性である。


「マリーゴさんはお菓子作りの達人だと聞きました。私はあまり得意ではないのでご迷惑をおかけすると思います。今回は本当にありがとうございます」

「ほらまたぁ。困っちゃうよ」


 マリーゴさんは水色のワンピースに丸い眼鏡をかけて、すこしだけふくよかな体型をしている。白いエプロンが良く似合っていた。

 笑顔が優しくて、こっちまでほわほわとしてしまう。


「達人ってことはないんだよ。ただ食べるのが好きで、こうやって人に教えるのも好きだからね。村の料理をしたいのには教えちゃったから、こうしてまた出番が来てうれしいんだよ」


 そう言って、またほがらかに笑ってくれるから「キイチゴで料理を作りたいがよくわからない」という私のわがままでお願いしてしまった申し訳なさが薄れる。

 代わりに、こうやって素敵な人を紹介してくれたザイラードさんや、引き受けてくれたマリーゴさんへの感謝があふれてくるよね……。

 それに、こう……。初めて会った気がしない。お菓子作りの達人と言われたとき、「なるほど!」 と思ってしまったもんね……。クッキーを……クッキーを作っていそう……。


「それより、私で本当にいいのかい? 私はこのあたりの村から出たことがないし、聖女様に対しての礼儀とかわからないんだよ。今も失礼なことをしてるんじゃないかって思うんだよ」

「そんなことはありません。今は聖女と呼ばれていますが、こんなことになる前は一般人でした。……今も私としてはなにか変わったわけではないです」


 怪物化は進んでいるが。

 異世界に来て手をかざして魔物をペット化しているが、それ以外はレジェドやシルフェの力だし。

 元々で言うなら「あ、あ」しか言えなくなるぐらいである。ただの見つめ合うとおしゃべりできなくなるだけの存在なのだ。

 元来のものが酷すぎて、遠くを見てふっと笑う。

 すると、マリーゴさんはなにを思ったのか、一度息を呑んで……それから私をふわっと抱きしめた。


「そうか……そうだね……うん、そうなんだよね……。普通の女性がいきなり聖女だなんて言われて……こんな僻地に飛ばされて、魔物と戦わせられて……。そうだったんだね……」


 温かい体温と優しい言葉。マリーゴさんはずずっと鼻をすすった。

 ……ん? ……んん?? 泣いてる?


「こんな私より痩せてて若い女の子が……こんな僻地で……。聖女様なら、王都で華やかな暮らしができるはずなのにね……。それでも、こうやって私に丁寧に接して……。なんて健気なんだい……」

「あ、いえ、それは」


 まったく違うというか。

 まったく健気からは程遠い性格と言いましょうか。


「いいんだよ、いいんだよ。なにも言わなくていい。わかってるよ……っ」

「いえ、本当に」

「さっ!! 作ろうかね!!」


 なにかすごく悲劇的な物語が構築された匂いを感じ、慌てて否定しようとする。

 しかし、マリーゴさんはズッと勢いよく一回鼻をすすったあと、急いで私から体を離した。


「聖女様の穏やかな休日のためだからね。おいしいものは心を癒すはずさっ」

「そうですね」


 それはそう。


「それじゃあ、今日作るメニューを発表するよ」

「はい」


 悲劇的な物語を訂正する隙がない。まあいいか。おいしいキイチゴメニューのほうが気になるし。

 私はごはんに釣られた。たぶん、世界の人口の100%は釣られるだろう。

 なので、わくわくしてマリーゴさんの言葉を待つ。

 本日のメニューは!


「――キイチゴのカスタードパイだよ」

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