第9話

 扉の向こうから聞こえた言葉に、慌ててベッドから出て、身なりを整える。

 服はこっちの世界のもの。眠る前にシャワーを浴びたときに着替えたのだ。洋風のワンピースでなかなかかわいい。

 姿見の前でおかしなところがないか確認してから、扉を開いた。


「どうぞ」

「ああ。起きている気配がしたから声をかけてみたが、大丈夫か?」

「はい。むしろ、こんな時間まで寝てしまって……」


 金色の髪にエメラルドグリーンの瞳。寝て起きて、こうして再度確認しても、ザイラードさんはイケメンだった。

 落ち着いた優しい声に心で拝みながら、部屋の中にあるソファへと二人で移動する。

 私が三人掛けのソファの端へ。ザイラードさんはその正面の一人掛けのソファへと座った。


「では、状況確認と説明をしたいのだが、いいか?」

「お願いします」


 そうして、話したのは、この世界のことや、私のこと。あと、この国の状況について。

 まずは


 ・やはりここは異世界で間違いなさそう

 ・魔物がいる世界(地球に魔物はいない)

 ・異世界から移動してくるものは、正式な記録では確認されていない(もしかしたらいたかもしれないが、この国で公式に保護されたというようなことはない)

 ・だが、『救国の聖女』の伝説というか信仰のようなものがあり、有事には国を救う女性が現れるという話があった

 ・ザイラードさんは、私がその『救国の聖女』だと考えている


「いや、救国の聖女はちょっと……」


 まったくキャラじゃないというか……。そんなすごいオーラ、私からは微塵も出ていないと思うが。

 なのでスッと否定する。

 すると、ザイラードさんは私の右肩に視線を移して――


「あなたが従えたレジェンドドラゴン。最強クラスの魔物だ。過去の歴史では三度、国を滅ぼしている」

「え? 君、そんなことしてるの?」

「キオクニナイ」


 不穏な話に思わず右肩を見る。が、レジェンドドラゴンはきゅるんとした青い瞳で首を振った。


「あなたも見たと思うが、あのブレスで悉くなぎ倒し、過去、世界を席巻していた帝国を一週間で滅ぼした」

「わぁ……」


 もう、わぁしかない。


「レジェンドドラゴンにとっては国境も人間の暮らしも考えにないのだろう。移動したところにたまたまその国があって、たまたま虫の居所が悪いときに目についた。だからこそ記憶がないのではないか?」


 帝国一つを滅ぼして、記憶がないとか、このドラゴンこわい。


「オレハツヨイ。ニンゲンヨワイ。ソレダケ」

「……でも、私と一緒にいるときにそれをされたら困るかも」

「ッ! オレ、コマルコトシナイ!!」


 私がそっと右肩を引くと、ドラゴンは慌てたようにピィピィと鼻を鳴らした。


「オレ、ダメッテイワレタラ、ヤラナイ」

「本当?」

「ホントウ!! イイコ!!」


 そうか。


「……そして、そちらのシルバーフェンリル。そちらも最強クラスの魔物。過去、何度も地形が変わっている」

「地形が変わる……」


 なにをしたのか。


「砂漠地帯に突然現れ、地面を掘って、一帯を湖水地帯に変化させた」

「アナホリ、タノシカッタヨ!」

「大陸の中央にあった険しい山脈を切り開き、北と南の分断を解消した」

「アナホリ、タノシカッタヨ!」


 穴掘りすぎ事件。


「ボク、アソブノスキ!」

「……でも、私と一緒にいるときにそれをされたら困るかも」

「ッ! ボク、コマルコトシナイヨ!!」


 私がそっと膝の上からポメラニアンを下ろそうとすると、クーンクーンと鼻を鳴らした。


「本当?」

「ホントウ! イイコ!」


 そうか。


「……レジェンドドラゴンは人間の天敵として。シルバーフェンリルは奇跡の具現として信仰されていることが多い。それぞれが悪の象徴、善の象徴だ」


 ほほう。つまり私の右肩に悪の象徴。私の膝の上に善の象徴か。なるほど。


「二人はそもそも森で暮らしてたんだし、そこへ帰ったほうが……」


 かわいいけれど。でもちょっと私には荷が重い。

 私が出した結論に、ピィピィとクーンクーンはより強くなった。


「ズットイッショッテイッタ!」

「ズットイッショッテイッタヨ!」

「言ったかな?」


 記憶消えた。


「……オレヲミテ?」


 その言葉に右肩を見れば、きゅるんとした青い瞳がじっと私を見ていて――


「オレ、チイサクナッタ」

「……うん」

「オレ、イイコニスル」

「……うん」

「オレ、イッショニイタイ」

「……」


 ……。


「かわいい!!」


 私は右肩にいたドラゴンを胸に抱きしめた。


「かわいいね……かわいいね……。すべすべで気持ちいいね……」


 いようじゃないか。一緒に。


「ボクモ!! ボクモミテ!!」


 そうしていると、膝の上からも声がしたので、そちらを見る。

 そこにはうるうるの赤い瞳で私を見上げるポメラニアンがいて――


「ボク、チイサクナッタヨ」

「……うん」

「ボク、イイコニスルカラ」

「……うん」

「イッショニイタイヨ」

「……」


 ……。


「かわいい!!」


 ドラゴンを離し、今度はポメラニアンを胸に抱きしめた。


「かわいいね……かわいいね……ふわふわで気持ちいいね……」


 いようじゃないか。一緒に。


「オレモ、モウイッカイダッコ!」

「うん。そうだね」


 ポメラニアンを左手で持ち直し、空いた右手でドラゴンを抱きしめる。

 右手でドラゴン、左手でポメラニアンを抱きしめれば、ここはもう楽園。悪と善の象徴? いや、ここにいるのはかわいいとかわいいの象徴。


「……今、俺が見たままを率直に伝えるが」


 呟かれた言葉に、ハッとして正面を見る。

 そこには困ったように笑うザイラードさん。そう。一連の流れを目撃している人……。


「あなたは異世界からやってきて、まずは人間の天敵、悪の象徴である、レジェンドドラゴンをその手で従えた」

「あ、……あ……」

「次に、奇跡の具現、善の象徴である、シルバーフェンリルをその手で従えた」

「あ、あ……あ……」

「そして、今、その二体の魔物に、愛を捧げられ、それを受け入れたようにしか見えないが……」

「あ……あ、あ、あ……」


 私は「あ、あ」しか言えなかった。

 そう。あのアニメ映画に出てくる、黒い布を被り、白い仮面のあれ……。それなみに「あ、あ」しか出てこない。


「やはり、あなたは救国の聖女だ」


 そんな私にザイラードさんは言い切った。

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