バニッシュアイと大魔王

総督琉

1話目『少女と魔王』

 ーーーーある日、大国が滅んだ。




 魔王は一人、さ迷っていた。

 行く宛もなく、ただ一人で歩いていた

 そんな彼がたどり着いた場所は、とあるひとつの王国。しかしその王国の入り口には門番などの姿はなく、それどころか街にも人の姿は全くなかった。

 違和感は感じていた。国から人が皆いなくなるなど、あり得ないことであったから。しかし今、それが現実に起きている。魔王は国を歩き回った。


 道端に転がっているかじられたりんごがある。魔王はそれを拾い上げる。


「食べかけか」


 服屋に行けば、様々な服が綺麗に並べられているが、試着室には半開きになったカーテンと、服が無造作に散らかっていた。

 住宅に入れば、作りたての温かいスープなどの食事が食卓に並べられていた。それでもそこに人の姿はない。

 王が暮らしているであろう城や王宮を見ても、一人の姿も見ることはできなかった。


 その明らかに異様さを感じさせるその国で、魔王は少女の泣いている声を聞いた。

 その声をたどってきて見ると、街の道の中心で、一人うずくまって泣いている少女を見つけた。


青い瞳をした少女だ。


「この国で何があった?」


「駄目。私に近づかないで」


 彼女は叫ぶ。

 それでも魔王は少女から離れようとはしなかった。


「何があったか教えてくれ」


 魔王の問いかけに、少女は相変わらずの沈黙を続けている。そして相変わらず少女は魔王の方を向こうとはしない。


「ねえ、どこか行ってよ。私なんかに構わないでどこかに行ってよ」


 そう叫ぶ少女はとても苦しそうにしていた。

 そんな少女を放っておけるはずもなく、


「一人で寂しくないのか?」


「寂しいよ。でも……私を見たら皆消えちゃうんだよ。だからお願い。私にこれ以上近づかないで。私をこのまま死なせて」


 弱りきった声で、魔王に言った。


「消える?」


 魔王は大体の予想がついていた。

 なぜこの国にたった一人しかいないのか、そしてこの国にいるたった一人の少女はなぜ泣いているのか。


「君がこの国の人々を……」


 それ以上先の言葉を、魔王は口にしなかった。そこから先を口にすれば、少女はさらに苦しんでしまうだろう、そう感じたからだ。


「私に近づいたら消えちゃうんだ。だから遠くに行って。私の目が届かないどこか遠くに」


「そうだな」


 魔王はそう一言残し、うずくまる少女を見てしばらく考えていた。

 考えた後、何を思ったのか、魔王は少女の前まで行ってしゃがみ、うずくまる少女の顔を見た。しかし瞳だけは少女自身が執拗に隠している。


「何してるの。話聞いてなかったの」


「聞いていた。その上で、俺はお前の眼を見たい」


「だから消えるって言ってるでしょ。私の眼を見たら皆消えちゃうんだよ。だからどこか遠くに行ってよ。私の眼が届かないどこかーー」


 叫ぶ少女の顎を掴み、くいっと顔を上に向けた。

 その時、少女の眼が魔王へと向けられた。少女は魔王の手を振り払って視線を逸らすが、遅かった。


「なんでこんなこと……。私の眼を見たら消えちゃうんだって」


「消えないさ。俺は」


「……え!?」


 少女の眼は確かに魔王へ向けられていた。

 しかし魔王は消えておらず、未だ少女の目の前に存在していた。


「どうして……どうして生きているの?」


「俺は魔王だ。俺をその眼で消せると思っていたのか?俺はその程度じゃ消えないんだよ」


 少女はまじまじと魔王を見ていた。

 その眼を宿してから今まで誰の眼も見ることができなかった少女は、ようやく孤独から解放された。その時の喜びは、涙だけでは表せないほどだった。


「魔王様……私、ずっと辛かった…………」


「もう大丈夫。俺がいる」


「魔王様……魔王様……魔王様……」


「俺がこれから君をそばで支えるよ。だからもう一人で泣くな」


「……魔王様」


 少女は抑えきれない涙を流していた。溢れる感情のままに少女は魔王に抱きついた。

 もう一人じゃなくて良い、それが傷ついた少女の心を優しく癒していく。


 それからしばらく、少女は魔王に抱きついたまま泣きやむことはなかった。

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