第3話

 初めて虹を見たのは小学校の6年生の時だ。

 その日の放課後、クラスのみんなと野球をする約束をしていた。結局、午後からずっと雨が降っていて野球は中止となり、仕方なく、何人かで集まって、家の中で遊んでいた。


 しばらくテレビゲームでもしていただろうか。 ふいに窓から黄色い西日が射し込んできた。雨が止んだ。僕達は公園へ駆けだした。


 滑り台に登ったり飛び降りたり、濡れた遊具の上で、とにかく正規でない遊び方をしていた時、一緒に遊んでいた友達のヨシカツが「あっ」と声をあげた。


滑り台のてっぺんで空を見つめるヨシカツは、太陽を背に、まるで岡本太郎の作品のようにまっすぐ立っていた。ヨウジは滑り台の階段の上で、ユウキは逆から登りかけていたステンレスの坂の上で、全員が虹を見つめていた。虹は何分も出ていなかった。


 僕達はその虹が消えるまで、ずっと、空を見ていた。


 皆初めて見た虹に圧倒されていた。

 虹は7色ということを、やはり知識として知っていたので数えてみたが、何色あるのかよくわからなかった。僕達はまだ人を愛する喜びも、汚れっちまった悲しみも知らなかった。


 以来僕は虹の虜になった。虹が出る条件の揃った時はじっとしていられなくなった。

 目的もなく高校、大学へと進み、毎日を無為に過ごしていたけれど、虹の出るチャンスと見れば授業中でも平気で教室を出ていった。

 虹を見るたびに、虹の事を考えるたびに、兄ちゃんの事と、初めて虹を見た時の事を思い出した。


 思い出達は年を追うごとに美化されていくように感じたが、悪い気はしなかった。どこまでも美化されていけばいいと思った。

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