21日目 缶詰

 両親が交通事故で亡くなったとき、一人っ子で、もともと親戚付き合いもなく、友達もほとんどいない私はひとりぼっちになってしまった。

 両親が死んだことは悲しかったけれど、人は悲しいほど慣れてしまう生き物である。一人での暮らしにもだんだん慣れてきて、私は学校を卒業して社会人になった。

 現代社会は、一人でいることに寛容でサービスが行き届いている。人の目さえ気にしなければ、困ることも少なかったしたまに笑って生きることもできた。

 それでも、こんなふうになってしまった私には、もう誰かと遊んだり、付き合ったり、ご飯を食べたり笑い合ったり、そういう普通のことはできないんだろうな、と漠然と思っていた。

 両親と暮らした家にそのまま帰って、仕事に行って、また帰って眠って、ひとりきり。動物を飼ったら違ったかもしれないけどなんだか責任が怖かったし、缶詰の中のように変わらない毎日は過ごしやすかった。

 感染症で世界がぐるりと変わって、大変な騒ぎになって、また戻り始めて、そして出会ったおじいちゃん。もともとそばにいたことに気付かされた紙飛行機。

 人の目を気にしないように見せかけて、なんでも受け入れて順応性があるように見せかけて、本当は誰かに深く思われるのを避けていただけだった。

 先輩と話せて良かったなあ、と素直に思う。あの人の自由さを、うらやましさと妬ましさと同族嫌悪が混じり合った感情で見つめたこともあったけど、なんだかそれも薄れて、私は私として生きればいい、と思える。

 たぶん、紙飛行機に思いを残した父も、生活の知恵を私に残してくれた母もそう思っているだろう。

 缶詰の中は密で、熟され、おいしく満たされている。けれど外の世界にも、無限の可能性が広がっているのだ。

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