写真③

夕飯を曽根の家で作る提案を聞いた父親の健司は、迷惑になる、申し訳ないと言って遠慮した。しかし曽根が心底残念そうな顔を見せた事で、甘えてもいいのかもしれないと考え直した。

「あいつが無理を言ってるのかと思ったのですが…… 本当に、ご迷惑でなければお願いしてもよろしいでしょうか?」

「いいのよ、遠慮しないで。来てくれたほうが楽しくなっていいわ。週に何回でも来てくれていいんだから」

「お世話になってばかりですみません。食材は必ずうちから持って行かせますので、よろしくお願いします」

玄関先で話している2人を廊下から遠巻きに見ていた拓人は頬を綻ばせて駆け寄った。

「ありがとう曽根さん」

「よかったね、たっくん」

「拓人、ちゃんと曽根さんの言う事聞くんだぞ」

「うん!お父さん、僕が作るご飯楽しみにしててね」

健司は眉を下げて笑った。

「拓人は成長してるなあ………」

その言葉を聞いて曽根は深く頷いた。母親が亡くなって6年、目まぐるしく過ぎてゆく日々の中でも健司は未だ、妻のめぐみが生きているという錯覚をどこか胸の中に抱いていており、毎朝目を覚ますとめぐみが見守るような眼差しで微笑みかけてくれる気がしてならない。拓人の最近の成長が唯一心の励みになっている。


夕飯を作る日は拓人が家にある食材をいくつか持っていくと曽根が2品ほどの献立を考えた。

「なんだか懐かしいねえ~、うちの娘に料理を教えてやってた事を思い出すよ。孫みたいでおばさん嬉しいわ」

曽根には1人娘がいる。8年前に結婚し家を出ると同時に結婚相手の転勤が決まり千葉から遠く離れた福岡へと引っ越してしまった。年に一度盆か正月に3人の子供を連れて帰って来るのだが、普段は60を過ぎた曽根夫婦2人だけで暮らしているため、拓人が家に来るようになるのは曽根にとって喜ばしい事だった。

3か月ほどすると拓人はいくつかの料理を説明しなくとも作れるようになっていた。

「拓人、友達と遊んでるか?家の手伝いばかりしなくていいんだぞ?」

健司がそう言うと拓人は明るい顔を見せた。

「大丈夫だよお父さん。昨日学校終わってから野球してきたんだ」

「そうか、ならいいんだ。お前はまだ子供なんだから無理しないでいいからな」

「うん」



ある日、拓人が学校から帰って曽根の家を訪ねると誰もいなかった。夕飯を作る約束をしていたはずだったが何度インターホンを鳴らしても反応はない。何か用事が出来たのかもしれない、そう思い拓人は自分の家に戻った。それから1時間後、インターホンが鳴った。出てみると曽根の主人だった。

「たっくんか?曽根だよ」

「おじさん?」

「ちょっと家内の事で知らせに来たんだけど、お父さんは帰ってるかい?」

「まだだよ」

拓人はインターホンの受話器を置くと玄関で靴を履いて扉を開けた。曽根の主人は少々疲れた顔で笑顔を作っていた。

「家内が昼間階段から転んでしまってね」

「えっ」

「腰を強く打ったみたいで、入院する事になったんだよ」

「入院?」

「そうなんだ」

「いつまで?」

「医者には全治2か月と言われた」

「2か月経ったら治るの?」

「さあ、どうだろうな。わしらも年取ってるからなあ。そういう訳で暫くうちで料理を教えてあげる事が出来なくなった」

「そうなんだ、しょうがないよ。おばさん早く治ったらいいね」

「ありがとう。お父さんにも言っといてくれるかな」

「うん、わかった」

曽根の主人は曲がった背中を慎重に伸ばすと、また俯き気味で帰って行った。



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