第14話 クソ生意気そうな王女様だこって。ま、悪かねぇや

 機体のモニターからでもカラーリングが見えるほどまで、ヴァーチアに搭載されたリヒティアが近づいてきた。白と金に水色ってのは、むしろアドレーアに似合いそうなもんだぜ。


『ゼルシオス様、ライラ。礼を』

『かしこまりました』

「あいよ」


 俺は学校の授業とアルヴァリア家で叩きこまれた礼儀作法の通り、ヴェルリート・グレーセアに姿勢を取らせる。

 アドシアの全高を軽く上回ってやがる大剣を、切っ先を上に向けて眼前に掲げるんだ。二振りあるうちの、陽影はるかげ――右手用の大剣が、モニターの半分近くを覆ってくる。こうして見るとでけぇなやっぱ。


 と、こうしてガラにもなく姿勢正しく待ってると、別の通信が響く。これは間違いなくアドレーアじゃねぇ。


『こちらは戦艦ヴァーチア艦長にしてヴェルセア王国第5王女、アドライア・ルフテ・ヴェルセアです。戦艦ドミニアの皆様におかれましては、突然の合流を受け入れてくださり、ありがとうございます……』


 ふあぁ……なげぇ。比喩ひゆじゃなくて、ホントにあくびが出ちまった長さだぜ。あ、無線切ってるよな今。

 おっさんエーレンフリートに呼びつけられた叙勲式のときもそうだったが、こういうのは俺にゃあ合わねぇし、耐えられねぇや。


 アドライアが挨拶してる間、ドミニアからヴァーチアに受け入れ用の連絡通路を渡してるのが、サブカメラで見える。


 ぶっちゃけ変に操縦桿いじんなきゃオートモードで姿勢維持するし、つーか礼儀作法的にそもそもしばらくアドシアのポーズはこのまんまだろうから、暇つぶしに見とくか。

 くそだりぃけどクソ真面目に受けてて良かったぜ、礼儀作法。手の抜き方が分かるし。


「おー、慌ただしく動く動く。アリンコ見てるみてぇだわ」


 働きアリよろしく、互いの艦のクルーがせわしなく動き回る。

 トップっつーか艦長――アドレーアとアドライアが優雅に言葉を交わすであろうシーンの舞台裏が、しっかりと見て取れるぜ。


 前世もそんな感じだったな。

 一部の金持ちがのんびり暮らす中、社会の歯車はせわしなく動き回ってやがる。そこから武芸というスキルで独立出来た俺たちは、その中に組み込まれなかったが……。


 このヴェルセア王国でも、前世と大して変わんねぇ社会の縮図を見ちまった。人間って種族は、多少寿命が伸びたからって考え方まで大きく変わるとは限らねぇのな。

 ま、騎士学校に自ら入った俺も俺だ。歯車に組み込まれようとして、でも嚙みあわねぇで一人で……ってとこか。自由自由って叫んでたけど、結局それって何だろうな。俺にゃあ“自分自身で選択肢を選ぶ”ってあるが……。


 受け渡しが終わると、赤いカーペットが敷かれるのが見える。

 割と大きめな連絡通路だが、ここまではっきり見えるなんていい性能してるぜ、ヴェルリート・グレーセア。


 で……手前から来たのがアドレーアだ。背中側からしか見えねぇが、その背中側である手前がドミニアだからすぐ分かるぜ。カラーリングが白・金・赤だしな。

 反対側のヴァーチア。カラーリングは搭載してるリヒティアと同じ、白・金・水色。そっから出てくる相手は……おっ、顔見えるな。ズームしろズーム。


「おぉ……」


 思わず声が漏れ出ちまった。

 見た感じ、顔はアドレーアに似てるな。ちょっと険がある……っつーかとげとげしい印象だけど。

 胸は……まぁ、悲しいな。うっすいことこの上ねぇ。まぁぶっちゃけあっても無くても俺ぁどっちだっていいんだが、それにしてもアドレーアのを見慣れてっと、ありゃあ相当に薄すぎてなぁ……。

 背丈に関しちゃ、目で見る分にはわかんねぇな。直接目の前で見るか。


 おっと、そろそろドミニアに入ってくる感じだな。

 これ以上はクソめんどくせぇ挨拶が続きそうだし、やめとくか。余計なモニターはオフっとくぜ。


 コクピット内でこっそりダラけながら、俺は一応の挨拶をライラと共に済ませた。


     ***


「この疲れ切ったタイミングで挨拶かよ」

「はい。まだ途中ですので」

「だりぃ……」


 ヴェルリート・グレーセアに引きこもってても良かったが、ライラのことなので首根っこを引っ掴んで引きずってでも俺を挨拶に向かわせようとするだろう。


 挨拶なんて、「ちーっす」「うっす」くらいの気楽さでいいんじゃないかねぇ……?

 なぁんて思ってると、あのまな板王女アドライアが見えてきた。


うっす薄い……」


 相変わらず、そうつぶやきたくもなろう胸だ。

 アドレーアより背丈でけぇくせに、つり合わねぇ。分けてやれと言いたくもなるわ。


 と、アドライアが駆け寄ってくるのが見えた。

 律儀だな、と思うのもつかの間、俺は怒りの気配を察知する。


「地獄耳か、お前……?」

「はぁっ!」


 俺がライラを押しとどめてぼやくと同時に、アドライアが俺の側頭部目掛けて蹴りを入れてくる。

 悪かねぇ蹴りだが、俺は左手だけで受け止めた。


「それなりにゃあ鍛えてんな。並の男だったら今のでノックアウトだ。あ、あとパンツ見えてんぜ。しまパンとはいい趣味してんじゃねぇか」

「~~~~~ッ!」


 怒りか恥辱か。アドライアの顔は真っ赤になってやがる。

 俺は構わず、ダメ押しの一言を言ってやる。


「で、今のはお前の胸への怒りか、縞パンを見られたことへの怒りか?」

「両方……ですわよっ!」


 言うが早いか、こんどはカカトを使った蹴りを繰り出してくる。

 頭を潰そうとする動きはいいものだが、もうちょっと早くしねぇと縞パン見えてっぞ。


 俺は軽く揉んでやろうと、上半身をのけぞらして蹴りを避ける。あ、揉むっつっても、胸じゃねぇから。つーか揉む胸ねぇから、こいつアドライアに。


 軽く避けた後に、素早く側頭部への蹴りを入れる。

 ま、寸止めってヤツだ。


 風すら巻き起こり、遅れてアドライアが驚愕に目を見開く。


「蹴りっつーのはな、こうやるんだよ。あと、パンツ見られんのヤならスパッツ着けとけ。はぁ、これであのアドレーアとたった2歳差なんだから信じらんねぇ」


 前世の感覚なら、1歳の差もねぇワケだ。

 まったく、何がどうしてあの姉アドレーアとつり合わねぇのかね……。


「で? 今のが挨拶だよな?」


 俺は足を降ろしつつ、アドライアに向けて話を振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る