第2話 おいおい、俺の自由の邪魔すんじゃねぇよ

「あん? こんな低高度に空獣ルフトティーアだぁ? 何の冗談だよ、おい」


 シュタルヴィント改の寝ぼけたエンジンを叩き起こし、空獣ルフトティーアの群れを避けるように水平飛行しながら、俺はごちる。


 空獣ルフトティーア。いわゆる、この世界の“モンスター”ってやつだ。

 見た感じまんまなデケェ鳥とか明らかに飛行に適してない虎とか、まぁいろんなもんがいる。見た目の共通点は、「空を飛べるし飛んでいる」――それ以外は、一切ぇ。


 で、この空獣ルフトティーアだが、小さいやつでも5mメートルはある。人間なんかじゃ、とてもじゃねぇが太刀打ちなんて無理だ。

 だからこそ、俺の乗ってるシュタルヴィント改のようなアドシアが、“対空獣ルフトティーア”の切り札として作られてるんだが……それはまぁどうでもいい。


 重要なのは、なんでたかだか100mにまで降りてきたんだってワケだ。

 普通、一番低い高度でも1,000m以下にはねぇはずだろ、こいつら?


「うおっ!」


 なんて言ってるヒマもなく、俺は目の前に迫る鳥型空獣ルフトティーア剃刀鳥クリンゲスフォーゲルを避ける。

 俺以外ならぶつかってたぞ、これ。


「つーか、どれだけいやがる!?」


 たまに空獣ルフトティーアが100mまで降りてきたって話は聞くが、そういうときはだいたい1匹か2匹程度だ。

 今の数は、百は余裕でいる。どう考えても普通じゃなかった。


「おいおい……。せっかく風呂入ろうとしてんのに、邪魔すんじゃねーよ!」


 腹が立った俺は、憂さ晴らしもかねてこいつらを討伐することに決めた。元々人類の敵扱いされてんだ、何の躊躇ちゅうちょもありゃしねぇ。


 それに……俺の勘が、“放っておいたらここいら一帯が壊滅する”ってしつけぇんだ。


 どうにも、こういうのは見過ごせねぇんだよな。

 そう思ってると、俺のシュタルヴィント改に空獣ルフトティーアが殺到してくる。塗装が黒いから、あいつらにとっちゃよく目立つシロモノだ。


 だが。


「上等ッ! 全部たたっ斬る!」


 俺は双剣をシュタルヴィント改に抜かせ、空獣ルフトティーアの群れに突っ込む。

 鍛えに鍛えた双天一真流の剣技は、この程度の数などものともしなかった。あいつらの攻撃は全部外れ、逆にこっちはすれ違うたびに、空獣ルフトティーアの死体を生み出していく。


「ザコばかりだな……準備運動にもならねぇ」


 まとわりついてきた剃刀鳥クリンゲスフォーゲルやら空虎スカイティーガといった、脅威にもならねぇ奴らを次々と斬っていく。これなら学生時代、教官とタイマン張ったときが手ごたえあった。


 が、斬っても斬っても敵が湧きだす。俺に向かってくる個体は減ってきたが、総数はまるで減った気がしなかった。


「どれだけいるんだ? まったく……」


 機体に搭載されたエンジンの出力を上げ、さらに迫る空獣ルフトティーアに向かったところで、俺は向かってくる奴らの違和感に気づく。


 “おびえ”――そんな雰囲気を、今斬り伏せた空獣ルフトティーアどもは持ってやがった。

 それを知ると同時に、俺は一つの仮説を思い浮かべる。


「何か変な奴でも来たのか?」


 変な奴。

 ザコばかりの低高度にはいないような、場違いな強さを持つ空獣ルフトティーアだ。

 俺が学生時代に見てきた空獣ルフトティーアは、怯えなんて感情はまるで持ってなかったってのに。


 なぁんて考え事をしながら空獣ルフトティーアという空獣ルフトティーアを叩き潰していると、味方機を示す複数の青いシグナルがレーダーに映った。


「あん? アークィスか?」


 アークィス。俺がいるヴェルセア王国の、正規軍のアドシアだ。

 このシュタルヴィント改――のオリジナルなシュタルヴィントよりちょっとつえぇらしいが、正直俺なら勝てるくらいの差しかぇ。


 なんて考えてると、通信が繋がる。


『そこの黒いシュタルヴィント、無事か!?』

「こっちは平気だよ。それより、まだそこいらじゅうにいるぞ、空獣ルフトティーア。さっさと潰さねぇと被害広がんぞ」


 言いながら俺は、シュタルヴィント改が左手に持ってる剣をしまわせ、代わりにマシンガンを取り出す。バカみてぇな弾数を詰めたシロモノだが、空獣ルフトティーア相手にゃこれでも心もとねぇくらいだ。


 警戒されて近寄ってこなくなったのか。あいつらにもその程度の知恵はあるみてぇだが、だからって見逃すほど俺は甘くねぇ。


 連射モードにしてぶっぱなした、そのとき。


『うわああぁっ!?』


 アークィスから悲鳴が響いた。同時に、青いシグナルの一つが消滅する。


「おい、どうした!?」

『あ、あれを見ろ……!』


 何があったか、アークィスに乗った正規兵はアドシアで上を指さす。

 そこには――


「おいおい……!」


 あの姿を見て、俺は前世の神話を思い出していた。

 だが、あれは騎士学校で、幼馴染と一緒に見た覚えがある。初めて見たときは、ヤマタノオロチのパチモンかよとふざけて笑ってたな。


 だが、あれは。

 この辺の高度には出てこないはずの、空獣ルフトティーアだ。名を、三首竜サーベロイ・ドラッヒェと呼ぶ。


 俺の機体じゃ、勝てるかどうか怪しい強さを持つ空獣ルフトティーアだ。授業によると、アークィス16機がかりでも瞬殺されると説明された。もちろん、アークィスが、な。


 そんな黄土色の竜は、俺たちをひと目睨むと大口を開ける。


「ッ、まずい!」


 この角度だと、味方や市街地にまず間違いなく命中する。

 俺はシュタルヴィント改に載せられた、重素グラヴィタ――この世界の重力そのものだ――を調節し、機体が大地から離れるようにする。

 同時にブースターも限界まで吹かし、瞬く間に三首竜サーベロイ・ドラッヒェと同じ高度まで昇った。


「てめぇの敵は、こっちだ!」


 言いつつ、俺は手持ちのマシンガンの全弾をヤツの目に集中させる。

 まさかこの程度で仕留められるとは思えない――が、200m以上の距離を取っている以上、こっちもすぐには仕留められない。ヤツの伸びる首の範囲外だからな。


 必然、ヤツも遠距離攻撃に移る。

 だが、空獣ルフトティーアの一部が放ってくる重素グラヴィタのビームなら、気配や射線を読んである程度時間を稼げる。接近戦を挑んでもいいが、シュタルヴィント改で必勝のイメージを思い描けない今、ヤツを下手に刺激しすぎるのも考えものだった。


 予想通り、ヤツも重素グラヴィタを束ねたビームを撃ってきた。1条、2条、3条……だが俺には当たらない。


「これなら――ッ!」


 時間を稼げると思ったのもつかの間、別の空獣ルフトティーアが上から襲ってくる。

 怯えの気配がしたのですぐに斬り伏せたが、その分反応が遅れちまった。


「あ……まずいな、これ」


 俺の勘が、「撃墜される」と警鐘を鳴らしてやがった。

 だが、いくらなんでもシュタルヴィント改と運命をともにするつもりはねぇ。こいつは俺の相棒だが、死ぬには40という年齢は早すぎた。


 最後の悪あがきで、俺は全力で機体を左に進ませる。

 推力が俺たちを押すのを感じていると、三首竜サーベロイ・ドラッヒェは容赦なく、重素グラヴィタのビームを放ってきた。


 目を奪わんとする怨敵を押し潰す――だが、俺が一歩早かったな。


 シュタルヴィント改の右腕と両脚が奪われたのをモニターで見つつ、俺はコクピットに備え付けられた脱出ボタンを押す。

 今なら、俺は捨て置かれるだろう。それに、シュタルヴィント改の性能じゃ、剣一本あったところでヤツのエサになるだけだ。


『各機、三首竜サーベロイ・ドラッヒェの首を市街地に向けさせるな! あのシュタルヴィント改のパイロットがしたことが無駄になる!』


 俺はアークィスの兵士の声を聞く。まったく、俺の意図に気づいてくれて助かったぜ。ここはしばらく、あんたらに任せるかな。

 激烈な衝撃を、そして落下の重力をも受けながら、俺は遠ざかっていくシュタルヴィント改の背中を見ていた。


わりぃな、相棒。ここまでだ――けど、楽しかったぜ」

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